【旧版】諦めていた人生の続きで私は幸せを掴む
78話:過去の話
まぶたがゆっくり落ちて行く。
視界が暗くなってきたことに気付いてパッと目を開けるが、再びまぶたが落ちる。
「……眠そうだね、アイカ」
『う、うん』
暖かい体温が背中から伝わってきて、それが余計に睡魔を誘う。
「寝てもいいよ」
『うん……。いや、寝ない、から』
「眠そうだけどね」
『寝ない、よ……。精霊は、寝なくても、大丈夫、だから……』
「アイカを甘やかすな、兄さん」
うん、と言ったはずだが、声がちゃんと出ない。
ふわふわとする気分の中、こめかみに冷たい氷がぶつかった気がして思わず立ち上がった。
冷えた空気が一気に身体を包み、目が覚める。
精霊はそもそも睡眠を必要としない。しかし、最近━━━二日前の風の精霊王との取り引きの後から、どうも眠くなることが多かった。
グーっと背伸びしている私に、リリエルが溜め息をつく。
『そんなに眠いなら、夜に寝なさいよ。昨晩ずっと起きてたでしょ、アイカ』
『……ちょっと考え事してて』
『言い訳はいいから、黙って寝なさい』
『いや、だから大丈夫だって』
実は昨日の夜も眠たかったが、色々考え事をしてどうにか目を覚ましていた。
とても久しぶりのまぶたが重くなる感覚が、ちょっとだけ懐かしい。
が、今はそれに浸る前に、この仕事の山をどうにかしなくては。
『本当に意味わかんないくらい多くない、これ?』
「元第三王子派の連中が当て付けに色々押し付けてきたのと、俺達のことを気に入ってないジジ連中が流してきたやつっすよ」
少し苛立ってる風に見えるヴィンセントは、私に一つの剣を手渡す。
「アイカさんはこれの解析。ジークス子爵が大切に仕舞い込んでたやつなんで、多分なんかあると思うんす」
『うん、わかった』
まだうつらうつらするというか、完全に目が覚めているという状況ではないけれど、ぼんやりとした感覚の中で剣に魔力を通した。
特に抵抗もなく一巡りして、帰ってきた魔力を自分の中で確かめる。
『これは良い素材……ん?』
嫌な感じがして、思わず声が漏れた。
わずかに濁った何かが、その剣には染み付いている。一日二日じゃない、長い期間で深くまで染み込んだ何かが。
「どうしたんすか?」
『……色情、いや違う。悪魔の魔力…?』
明らかに人間以外の痕跡がある。それだけは明らかだった。
でもこれが悪魔のものとも思えなかった。考えられるとすれば、人間が作ったこれに何かしらの形で悪魔が接触したというパターンか。
『意匠……』
柄のところにある、今にも羽ばたこうとする鳥。
ウィンドール王国で一般的なレリーフは丸みを全体に丸みを帯びさせ凸になることが多いが、これは平らというか凹んでいる。
鳥自体のデザインも、普通は太めのラインで羽の質感を出す感じのものが多いが、どちらかというと細くシュッとしたシルエットだ。
この国は元々いくつかの少数民族から成り立っているらしい。
だから国内で違った彫刻の仕方をするのはおかしくないが、それにしてもあまりに違いすぎる。
『……』
素材も少し異なっている感じだ。
若干重いというか、密度が高いというか。金属の調合の割合が違うんだろう。
『これ、何?』
「いや何って、剣っすよ」
『じゃなくて。なんか違うよねこれ?金属とか』
「んー」
ヴィンセントは腕を組みながら首を捻った。この様子だと知らなそうだ。
「ジークス子爵家はブレデル伯爵家の分家だ。そのブレデル伯爵家は昔からの反中央派で、文化もウィンドール王国の主流のものからわざと外している傾向にある……と書物で読んだことがある」
「そうだね。社交界では中央派のパーティーや茶会にほとんど出席しないし、政治でも中央の打ち出した政策に必ず一回は噛み付いてくる。魔法学校の頃、ブレデル伯爵の親戚にやけに敵対視されていたのが懐かしいよ。……そういえば、今の子爵の母親がブレデル伯爵家の出身だったはずだけど」
「すまない、それは知らなかった。とりあえず僕が言えるのは、ブレデル伯爵家出身の研究者は貪欲であるということだ。特に王家の研究に対してかなり意欲をみせる。おそらく、反王家の思想が根強い中で育ったのだろう。その抑圧された知識欲が爆発して、逆に素直に王家の研究成果を吸収している」
押収したのであろう書類の内容を書き写していた手を止め、ラインハルトが立ち上がる。
「貸してくれないか」
頷いて剣を手渡す。
彼は手慣れた様子で、魔法で生み出した光をかざした。
「……いい剣だ。金属の純度が高いし、打った職人の腕もいいんだろう。ただ、金属の調合が国で一般的な割合と違っている。これだとより高温にしなくてはいけないはずだ。これは……打つ時に……そうだな、これは火魔法だけでなく風魔法を用いている。それで刃のところに触れる空気の純度も保っているんだろう。いい発想だ」
『批評はいいから。……これに悪魔の魔力があるのは、なんでだと思う?』
「そうだな」
ラインハルトは目を細めて魔力を剣に通し、それを軽く振る。
華奢な彼が装飾のあるその剣を振っているのを見ると、どこか儀礼のような雰囲気を感じさせた。
「数ヶ月単位ではない。もっと長い期間……それこそ年単位、それも数十年で染み付いたものだ」
『他は?』
「…………中級、ではない。上級だ。複数の……三種類の魔力。全部、呪の悪魔のものだ。期間が微妙に異なっている。最も長いのが五百年、いや違うな。四百七十年。次が……二百八十年か。最後がかなり最近だ。十四か十三年ほど。最後の痕跡が一ヶ月くらい前。この一ヶ月前のものが、四百七十年前のものと同一だ。おそらく、四百七十年前からブレデル子爵家と悪魔は接触があったのだろうな。長い付き合いの中、二百八十年前の時点で担当の悪魔が一名増えて、最近もう一名増やしたというところか」
そこで言葉を切って、ラインハルトは私に剣を返した。
「あまり細かい数字が出なくてすまん」
『いやいや、十分すぎるほど細かいよ。ありがと』
人間という身でありながら、有り得ないくらいの精度の魔力探知。
残留している魔力は本当に微量だというのに、それが何種類でそれぞれがどれくらいの期間のものかさえをも言ってのけるのが恐ろしい。
天賦の才能。
いや、天からの授かりものだけではない。膨大な時間をかけて培われたセンス、そして技術。
「なんだ」
『すごいな、って思っただけだよ』
そこら辺の精霊……正直に言えば、私よりも魔力の扱いが上手い。
この国では一番の魔法師だろう。ともすれば、近隣諸国も含めた中でもずば抜けている。しかも元々それほどの実力があった彼が、精霊であった記憶を取り戻して、膨大な知識と経験も得たのだ。
なんというか、敵に回したくない。
が、そんな彼でも書類仕事を魔法でまとめて処理することはできないようだ。
肩をぐるぐると回して椅子に腰を下ろすと、無表情でペンを取った。
それを合図に、みんな自分の手元に視線を下ろした。
部屋には静寂が降り、しばらくは紙をめくるのとペンを走らせる音だけが響いた。
処理済みの紙の山が未処理のものを超えた時、ふぅと息を吐いてユークライが立ち上がる。
「一旦休憩を挟んだ方がいいと思うけど、どうする?」
「賛成。飯食うついでに決済終わったやつ一回出しに行こうぜ」
「僕は一度、アマリリスの様子を見に行きたい」
「わたしもアマリリスを見に行くの」
「じゃあ五人で行こうか。アイカ、いい?」
『……私はちょっと精霊界と情報共有しとかないと。ごめん』
「気にしないで。何か食べるものを持ってくるから。……それじゃあ行ってくるね」
書類整理のためのバインダーもどきを持って四人が部屋を出る。
パタンと扉が閉じた。
『……ふぅ』
さっきの剣をもう一度手に取る。
他に何個か押収したものを調べたが、その中でも一番悪魔の魔力が濃かったのがこれだった。
『ターフ、聞こえる?』
声に魔力を込め、かつ安定させるために小さな簡易的な魔法陣を描く。
『聞こえていますぞ。何かありましたかな?』
定期連絡以外のタイミングでの呼びかけだったから応えてくれるか心配だったが良かった。
察しのいいターフに、手短に何が起きたかを伝える。
『……ふむ。悪魔と関わりのある子爵家。なんとも不可解ですな』
『本当にね』
『そういえばララティーナ・ゼンリル……でしたかな。彼女と悪魔の接触の痕跡などは?』
『一番それを重点的に探したけど、今んとこ見つかってない。私物とかあれば良かったんだけど、全部綺麗さっぱり片付けられてたんだよね。本人も、ラインハルトでさえ感知できないくらい遠いところに逃げたみたいだし』
『その場所の見当などはありますかな?』
『……考えられるのはメイスト王国。というかそこ以外に思いつかない。ただあそこに行くのはちょっと厳しいんだよね』
はぁ、と溜め息をつく。
『第四次対悪魔戦で、悪魔が派手に暴れたから魔力の波長が安定しないんだよ、あの国。転移魔法とかしたら、何が起こるか予想できない。危なすぎる』
『ですな。アイカ様であればまだしも、他の精霊にはきついでしょう』
ターフの言う通りで、私も悪魔戦後に一回だけあの国を訪れたが、戦いの中心地に近付けば近付くほど魔法が安定して発動できなくなった。
もうあれから千年以上経つというのに、あそこで発動された魔法の影響が今なお強く残っているという事実が、重くのしかかる。
『……』
『子爵領から逃げるのに、もし転移魔法を使ったのであれば、何かしらの痕跡があるはずですが』
『ん、そうだね。それを重点的に探すように言おうかな、じゃあ』
『えぇ』
魔法の向こうで、ターフが黙り込む。
何かあったのかと聞こうとした時、彼が心配げな声で切り出した。
『失礼ですが、アイカ様。何かお悩みがおありのようですが』
そんな声に表れてたのか。
動揺を気取られないように、笑い声を上げた。
これは絶対に誰にも言えない。絶対に隠し通さなくてはいけない。
それが風の精霊王との取り引きの一部だから。
『わかっちゃうのか、ターフは。……実は風の王に取り引きを持ちかけられてさ』
嘘をつくのは難しい。しかし、真実を切り取って伝えるのは容易だ。
自然に穏やかに、ありのままを伝える。
『アマリリスやユークライを精霊王に守ってもらう代わりに、私が対悪魔戦で前線に立つ。そういう取り引きをしたの』
『……それは』
『もちろん、彼も私たちの間のいざこざを知ってる。天災の一派が他と連携しなくても構わないって。多少の情報共有はするように言われたけど。まぁ、独立した動きをすれば相手の混乱も招きやすいよねって』
『仰る通り、我々精霊は綿密な情報共有をした上での動きを得意としておりますゆえ、悪魔は十中八九それを踏まえた戦略を選ぶでしょう。……しかし、彼らは』
わずかに怒りを滲ませた彼の声に、私自身も押さえ込んだドロドロした感情が溢れそうになる。
しかし、それを飲み下して明るい声を出した。
『いいの、ターフ。ユークライ自身も、仲良しを演じろって装えって言ってたし』
『左様ですな……。この老骨の差し出がましい言葉、失礼致しました』
『気にしてないよ。とりあえず、みんなにこの決定を伝えて。詳しいことはナツミとアスクに一任してるから。あ、でもナツミに無理はさせないで』
あの後、無事に転移魔法を使って王城まで帰ってこれていたナツミは、精霊界に戻っていた。呪公との戦いで負った傷を癒しながら、人間界で主に動くのがアスクと連携することになっている。その二名が私たち天災の一派の中心だ。
『引き続き、私は人間界主軸で動く。精霊界のことは全部任せるから』
『承知致しました』
『じゃあ、また定期連絡で』
魔法陣を閉じ、魔力の流れを切った。
誰もいない部屋で、グーっと腕を伸ばす。
『まさかターフに気取られちゃうとはねぇ……』
多分彼は、私がメイスト王国での出来事で暗い気分になっていると思ったのだろう。だから深く追及しなかった。その勘違いが有り難い。
とりあえず用事も終わったし、ユークライ達に合流しようかと立ち上がった時、ふわりと花の香りが広がった。
見ると、いつの間にか窓が開いていて、そこの枠に精霊が腰掛けている。
『……あら、独りなの、アイカお姉様?』
『その呼び方はやめてって言ってるでしょ、カイル。ちょうどみんな休憩行ってるだけだよ』
そう、と淡緑の髪を振り払いながらカイルが溜め息をついた。
『ラインハルトにもまとめて伝えておきたかったんだけど、仕方ないわねぇ』
『何かあったの?』
『アマリリスの肉体がほとんど回復したわ。あとは霊体が戻ってくるのを待つだけよ』
『……そっか』
嬉しさと無力感と、歓喜と怖さと、色々な感情がごちゃ混ぜになって、どうにか出てきた言葉はそれだった。
身体から力が抜けて、さっき立ち上がったんばかりなのに再び椅子に座り込む。
カイルはそんな私を見て、私の方に歩いてきながらふっと微笑んだ。
『良かったわ、ここで無邪気に喜ぶようなヒトじゃなくて』
『どういう意味、それ』
私の問いかけに答えず、彼女はどこからか花を取り出すと私に渡した。
白の花弁の先が細く尖っている。その付け根は黒。
ほっそりとしたモノクロのその花は、逆に色彩の無さが美しさと可憐さを際立たせていた。
『ラインハルトは、それを見てアマリリスみたいだと言っていたわ』
『……』
『流石あたしの愛し子だと思ったわ。あたしがこの花を創った時に思い描いていたのは、あの子の苦しみなのだもの』
思わず顔を顰める。
どこか感性がズレている精霊の中でも、一際浮いている森の精霊、カイル。
人間界に住み着き、人間の感情から植物を創り出す彼女と私は、千年ほど前からの付き合いだ。
彼女の趣味が少々歪んでいることは知っていたが、ここまでだとは思っていなかった。
『あら、そんな顔しないで頂戴。あたしはあの子の生き方を、とても綺麗だと思ったのよ?』
『……色情の精霊に操られて、自分の本当の感情を知らないまま苦しんできたのを、綺麗って?』
『えぇ。言っておくけれど、あたしは気付いていたわよ。どうしてアイカが気付かなかったのか不思議だったくらい』
『っ!!』
頭が冷静にその言葉を噛み砕く前に、私は椅子を蹴り飛ばしてカイルの胸ぐらを掴んでいた。
顔をグッと近付けるが、彼女は涼しい顔のまま。
『知っていたのに、何も、言わなかったって…?』
『そうよ。第一わかるはずないでしょう。部外者のあたしには、アイカがあの子にかけた記憶の封じ込めと、感情の操作のどっちが悪か、だなんて』
『っ……』
『魔力感知が苦手なあたしでも気付けたのに、アイカが気付けなかったのはそのせいよ。自分のかけた魔法を直視したくなかったから、アイカはあの子にかけられている魔法をしっかり探知しようとしていなかった。だからこんなに発見が遅れたのよ』
『……知ったような、口を』
『きくなって?忘れたの、アイカ。あたしの権威から派生した能力。……アマリリス・クリストという少女の一生は、大体わかってるわ。加護も授けてるしね』
スッとカイルの目が細められる。
『あの子に一番染み付いてるのはあなたの魔力よ、アイカ。べっとりと匂うのよ、あの子。あなたの魔力が。それなのに悪魔に目をつけられないはずがないじゃない』
『っ、わざとじゃ』
『アイカの意思の有無なんて関係ないのよ。……そろそろ離してくれないかしら』
あ、と力が抜けて、腕がパタンと落ちた。
襟元を直したカイルは、首を傾げて私に微笑む。
『あたしはそろそろ帰るわ。ついでにラインハルトに、アマリリスの肉体が回復したことも伝えておくわね。……対悪魔戦なんて不毛なもの、やめてしまえばいいのよ』
扉から出て行ったカイルに何も言えないまま、私はずるずると床にへたり込んだ。
リリエルの生まれ変わりであるアマリリスが生まれた時、私は彼女を絶対に守らなくてはいけないと思った。
だから前世の記憶を絶対に取り戻さないように封印し、保険をかけ、私自身彼女の側にいるようにした。加護も与えて、絶対に傷つかないようにした。
しかし彼女が三歳の時に、事態は変わった。
天界と人間界の間に突如生まれた大きな亀裂。それを塞ぐのに、彼女の魔力がどうしても必要になったのだ。
まだ幼い彼女では、魔法を扱うことはできない。だから眠っている間に私が身体に入り、魔法を使った。そのせいで、元々素質も魔力量もあったのに、大規模な障壁を維持するためにその大半が使われ、彼女自身が使える魔法は本当に微々たるものになってしまっていた。
そのことへの罪悪感から、私はさらに彼女に加護を与えた。最上級のものを与えて愛し子にすると、下位精霊などが私の魔力につられて彼女に加護を与えるようになった。が、彼女自身の使える魔法は限られている。それが普通ならば有り得ない状況を作り出してしまい、彼女の両親であるウェッズルとフローレスには迷惑をかけてしまった。けれど、それを止めることはできなかった。
やがて彼女は、第三王子を好きになり、それによって心に深い傷を負った。さすがに私でも、人の恋愛感情を誘導することはできない。最悪の事態にならないようにだけ気を付けて、彼女のことを見守っていた。
そしてあの日。
魔法学校の卒業パーティーで彼女は婚約破棄され、保険が発動した。
元々その保険は、天界と人間界の間の障壁魔法の必要がなくなり彼女が全ての魔力を取り戻した時のためだった。その時に私のかけた封印を解いてしまう可能性があったため、本当の彼女のリリエルとしての記憶ではなく、私の日本の知識を代わりに得させ、リリエルの記憶は奥深くに封印して気付かないようにする、というものだ。
それが、極度の緊張とプレッシャーによる精神状態の急変により、彼女の魔力が暴走したことで発動したのだった。
あの時に同時に天界と人間界の間の障壁も消えてしまったが、幸い人員を配置していたため大ごとにはならなかった。
混乱するアマリリスに、偽りの真実を教え、私はどうにか凌いだ気でいた。
あとは対悪魔戦さえ乗り切ってしまえば大丈夫だと、本気で信じていた。
だというのに、そんな簡単にはことは運ばないようだ。
私がアマリリスから切り離したリリエルとしての記憶が、アマリリスの持て余した魔力と結びつき、リリエルと同じ記憶を持つ存在を生み出した。そして、私自身が己から切り離していた記憶の精霊としての存在が意思を持ち、リコと名乗って人間界にまでやってきた。
この分では、おそらくアマリリスは全てを知ったのだろう。精霊のこと、悪魔のこと、自分のこと、そして、私がしてきたこと。
だから私は恐れている。彼女が目を覚ますこと……目を覚まし、私を糾弾することを。
『……っ』
こんな醜い自分が憎い。
私は、どうしようもない気持ちを抱えながら、瞳を閉じた。
視界が暗くなってきたことに気付いてパッと目を開けるが、再びまぶたが落ちる。
「……眠そうだね、アイカ」
『う、うん』
暖かい体温が背中から伝わってきて、それが余計に睡魔を誘う。
「寝てもいいよ」
『うん……。いや、寝ない、から』
「眠そうだけどね」
『寝ない、よ……。精霊は、寝なくても、大丈夫、だから……』
「アイカを甘やかすな、兄さん」
うん、と言ったはずだが、声がちゃんと出ない。
ふわふわとする気分の中、こめかみに冷たい氷がぶつかった気がして思わず立ち上がった。
冷えた空気が一気に身体を包み、目が覚める。
精霊はそもそも睡眠を必要としない。しかし、最近━━━二日前の風の精霊王との取り引きの後から、どうも眠くなることが多かった。
グーっと背伸びしている私に、リリエルが溜め息をつく。
『そんなに眠いなら、夜に寝なさいよ。昨晩ずっと起きてたでしょ、アイカ』
『……ちょっと考え事してて』
『言い訳はいいから、黙って寝なさい』
『いや、だから大丈夫だって』
実は昨日の夜も眠たかったが、色々考え事をしてどうにか目を覚ましていた。
とても久しぶりのまぶたが重くなる感覚が、ちょっとだけ懐かしい。
が、今はそれに浸る前に、この仕事の山をどうにかしなくては。
『本当に意味わかんないくらい多くない、これ?』
「元第三王子派の連中が当て付けに色々押し付けてきたのと、俺達のことを気に入ってないジジ連中が流してきたやつっすよ」
少し苛立ってる風に見えるヴィンセントは、私に一つの剣を手渡す。
「アイカさんはこれの解析。ジークス子爵が大切に仕舞い込んでたやつなんで、多分なんかあると思うんす」
『うん、わかった』
まだうつらうつらするというか、完全に目が覚めているという状況ではないけれど、ぼんやりとした感覚の中で剣に魔力を通した。
特に抵抗もなく一巡りして、帰ってきた魔力を自分の中で確かめる。
『これは良い素材……ん?』
嫌な感じがして、思わず声が漏れた。
わずかに濁った何かが、その剣には染み付いている。一日二日じゃない、長い期間で深くまで染み込んだ何かが。
「どうしたんすか?」
『……色情、いや違う。悪魔の魔力…?』
明らかに人間以外の痕跡がある。それだけは明らかだった。
でもこれが悪魔のものとも思えなかった。考えられるとすれば、人間が作ったこれに何かしらの形で悪魔が接触したというパターンか。
『意匠……』
柄のところにある、今にも羽ばたこうとする鳥。
ウィンドール王国で一般的なレリーフは丸みを全体に丸みを帯びさせ凸になることが多いが、これは平らというか凹んでいる。
鳥自体のデザインも、普通は太めのラインで羽の質感を出す感じのものが多いが、どちらかというと細くシュッとしたシルエットだ。
この国は元々いくつかの少数民族から成り立っているらしい。
だから国内で違った彫刻の仕方をするのはおかしくないが、それにしてもあまりに違いすぎる。
『……』
素材も少し異なっている感じだ。
若干重いというか、密度が高いというか。金属の調合の割合が違うんだろう。
『これ、何?』
「いや何って、剣っすよ」
『じゃなくて。なんか違うよねこれ?金属とか』
「んー」
ヴィンセントは腕を組みながら首を捻った。この様子だと知らなそうだ。
「ジークス子爵家はブレデル伯爵家の分家だ。そのブレデル伯爵家は昔からの反中央派で、文化もウィンドール王国の主流のものからわざと外している傾向にある……と書物で読んだことがある」
「そうだね。社交界では中央派のパーティーや茶会にほとんど出席しないし、政治でも中央の打ち出した政策に必ず一回は噛み付いてくる。魔法学校の頃、ブレデル伯爵の親戚にやけに敵対視されていたのが懐かしいよ。……そういえば、今の子爵の母親がブレデル伯爵家の出身だったはずだけど」
「すまない、それは知らなかった。とりあえず僕が言えるのは、ブレデル伯爵家出身の研究者は貪欲であるということだ。特に王家の研究に対してかなり意欲をみせる。おそらく、反王家の思想が根強い中で育ったのだろう。その抑圧された知識欲が爆発して、逆に素直に王家の研究成果を吸収している」
押収したのであろう書類の内容を書き写していた手を止め、ラインハルトが立ち上がる。
「貸してくれないか」
頷いて剣を手渡す。
彼は手慣れた様子で、魔法で生み出した光をかざした。
「……いい剣だ。金属の純度が高いし、打った職人の腕もいいんだろう。ただ、金属の調合が国で一般的な割合と違っている。これだとより高温にしなくてはいけないはずだ。これは……打つ時に……そうだな、これは火魔法だけでなく風魔法を用いている。それで刃のところに触れる空気の純度も保っているんだろう。いい発想だ」
『批評はいいから。……これに悪魔の魔力があるのは、なんでだと思う?』
「そうだな」
ラインハルトは目を細めて魔力を剣に通し、それを軽く振る。
華奢な彼が装飾のあるその剣を振っているのを見ると、どこか儀礼のような雰囲気を感じさせた。
「数ヶ月単位ではない。もっと長い期間……それこそ年単位、それも数十年で染み付いたものだ」
『他は?』
「…………中級、ではない。上級だ。複数の……三種類の魔力。全部、呪の悪魔のものだ。期間が微妙に異なっている。最も長いのが五百年、いや違うな。四百七十年。次が……二百八十年か。最後がかなり最近だ。十四か十三年ほど。最後の痕跡が一ヶ月くらい前。この一ヶ月前のものが、四百七十年前のものと同一だ。おそらく、四百七十年前からブレデル子爵家と悪魔は接触があったのだろうな。長い付き合いの中、二百八十年前の時点で担当の悪魔が一名増えて、最近もう一名増やしたというところか」
そこで言葉を切って、ラインハルトは私に剣を返した。
「あまり細かい数字が出なくてすまん」
『いやいや、十分すぎるほど細かいよ。ありがと』
人間という身でありながら、有り得ないくらいの精度の魔力探知。
残留している魔力は本当に微量だというのに、それが何種類でそれぞれがどれくらいの期間のものかさえをも言ってのけるのが恐ろしい。
天賦の才能。
いや、天からの授かりものだけではない。膨大な時間をかけて培われたセンス、そして技術。
「なんだ」
『すごいな、って思っただけだよ』
そこら辺の精霊……正直に言えば、私よりも魔力の扱いが上手い。
この国では一番の魔法師だろう。ともすれば、近隣諸国も含めた中でもずば抜けている。しかも元々それほどの実力があった彼が、精霊であった記憶を取り戻して、膨大な知識と経験も得たのだ。
なんというか、敵に回したくない。
が、そんな彼でも書類仕事を魔法でまとめて処理することはできないようだ。
肩をぐるぐると回して椅子に腰を下ろすと、無表情でペンを取った。
それを合図に、みんな自分の手元に視線を下ろした。
部屋には静寂が降り、しばらくは紙をめくるのとペンを走らせる音だけが響いた。
処理済みの紙の山が未処理のものを超えた時、ふぅと息を吐いてユークライが立ち上がる。
「一旦休憩を挟んだ方がいいと思うけど、どうする?」
「賛成。飯食うついでに決済終わったやつ一回出しに行こうぜ」
「僕は一度、アマリリスの様子を見に行きたい」
「わたしもアマリリスを見に行くの」
「じゃあ五人で行こうか。アイカ、いい?」
『……私はちょっと精霊界と情報共有しとかないと。ごめん』
「気にしないで。何か食べるものを持ってくるから。……それじゃあ行ってくるね」
書類整理のためのバインダーもどきを持って四人が部屋を出る。
パタンと扉が閉じた。
『……ふぅ』
さっきの剣をもう一度手に取る。
他に何個か押収したものを調べたが、その中でも一番悪魔の魔力が濃かったのがこれだった。
『ターフ、聞こえる?』
声に魔力を込め、かつ安定させるために小さな簡易的な魔法陣を描く。
『聞こえていますぞ。何かありましたかな?』
定期連絡以外のタイミングでの呼びかけだったから応えてくれるか心配だったが良かった。
察しのいいターフに、手短に何が起きたかを伝える。
『……ふむ。悪魔と関わりのある子爵家。なんとも不可解ですな』
『本当にね』
『そういえばララティーナ・ゼンリル……でしたかな。彼女と悪魔の接触の痕跡などは?』
『一番それを重点的に探したけど、今んとこ見つかってない。私物とかあれば良かったんだけど、全部綺麗さっぱり片付けられてたんだよね。本人も、ラインハルトでさえ感知できないくらい遠いところに逃げたみたいだし』
『その場所の見当などはありますかな?』
『……考えられるのはメイスト王国。というかそこ以外に思いつかない。ただあそこに行くのはちょっと厳しいんだよね』
はぁ、と溜め息をつく。
『第四次対悪魔戦で、悪魔が派手に暴れたから魔力の波長が安定しないんだよ、あの国。転移魔法とかしたら、何が起こるか予想できない。危なすぎる』
『ですな。アイカ様であればまだしも、他の精霊にはきついでしょう』
ターフの言う通りで、私も悪魔戦後に一回だけあの国を訪れたが、戦いの中心地に近付けば近付くほど魔法が安定して発動できなくなった。
もうあれから千年以上経つというのに、あそこで発動された魔法の影響が今なお強く残っているという事実が、重くのしかかる。
『……』
『子爵領から逃げるのに、もし転移魔法を使ったのであれば、何かしらの痕跡があるはずですが』
『ん、そうだね。それを重点的に探すように言おうかな、じゃあ』
『えぇ』
魔法の向こうで、ターフが黙り込む。
何かあったのかと聞こうとした時、彼が心配げな声で切り出した。
『失礼ですが、アイカ様。何かお悩みがおありのようですが』
そんな声に表れてたのか。
動揺を気取られないように、笑い声を上げた。
これは絶対に誰にも言えない。絶対に隠し通さなくてはいけない。
それが風の精霊王との取り引きの一部だから。
『わかっちゃうのか、ターフは。……実は風の王に取り引きを持ちかけられてさ』
嘘をつくのは難しい。しかし、真実を切り取って伝えるのは容易だ。
自然に穏やかに、ありのままを伝える。
『アマリリスやユークライを精霊王に守ってもらう代わりに、私が対悪魔戦で前線に立つ。そういう取り引きをしたの』
『……それは』
『もちろん、彼も私たちの間のいざこざを知ってる。天災の一派が他と連携しなくても構わないって。多少の情報共有はするように言われたけど。まぁ、独立した動きをすれば相手の混乱も招きやすいよねって』
『仰る通り、我々精霊は綿密な情報共有をした上での動きを得意としておりますゆえ、悪魔は十中八九それを踏まえた戦略を選ぶでしょう。……しかし、彼らは』
わずかに怒りを滲ませた彼の声に、私自身も押さえ込んだドロドロした感情が溢れそうになる。
しかし、それを飲み下して明るい声を出した。
『いいの、ターフ。ユークライ自身も、仲良しを演じろって装えって言ってたし』
『左様ですな……。この老骨の差し出がましい言葉、失礼致しました』
『気にしてないよ。とりあえず、みんなにこの決定を伝えて。詳しいことはナツミとアスクに一任してるから。あ、でもナツミに無理はさせないで』
あの後、無事に転移魔法を使って王城まで帰ってこれていたナツミは、精霊界に戻っていた。呪公との戦いで負った傷を癒しながら、人間界で主に動くのがアスクと連携することになっている。その二名が私たち天災の一派の中心だ。
『引き続き、私は人間界主軸で動く。精霊界のことは全部任せるから』
『承知致しました』
『じゃあ、また定期連絡で』
魔法陣を閉じ、魔力の流れを切った。
誰もいない部屋で、グーっと腕を伸ばす。
『まさかターフに気取られちゃうとはねぇ……』
多分彼は、私がメイスト王国での出来事で暗い気分になっていると思ったのだろう。だから深く追及しなかった。その勘違いが有り難い。
とりあえず用事も終わったし、ユークライ達に合流しようかと立ち上がった時、ふわりと花の香りが広がった。
見ると、いつの間にか窓が開いていて、そこの枠に精霊が腰掛けている。
『……あら、独りなの、アイカお姉様?』
『その呼び方はやめてって言ってるでしょ、カイル。ちょうどみんな休憩行ってるだけだよ』
そう、と淡緑の髪を振り払いながらカイルが溜め息をついた。
『ラインハルトにもまとめて伝えておきたかったんだけど、仕方ないわねぇ』
『何かあったの?』
『アマリリスの肉体がほとんど回復したわ。あとは霊体が戻ってくるのを待つだけよ』
『……そっか』
嬉しさと無力感と、歓喜と怖さと、色々な感情がごちゃ混ぜになって、どうにか出てきた言葉はそれだった。
身体から力が抜けて、さっき立ち上がったんばかりなのに再び椅子に座り込む。
カイルはそんな私を見て、私の方に歩いてきながらふっと微笑んだ。
『良かったわ、ここで無邪気に喜ぶようなヒトじゃなくて』
『どういう意味、それ』
私の問いかけに答えず、彼女はどこからか花を取り出すと私に渡した。
白の花弁の先が細く尖っている。その付け根は黒。
ほっそりとしたモノクロのその花は、逆に色彩の無さが美しさと可憐さを際立たせていた。
『ラインハルトは、それを見てアマリリスみたいだと言っていたわ』
『……』
『流石あたしの愛し子だと思ったわ。あたしがこの花を創った時に思い描いていたのは、あの子の苦しみなのだもの』
思わず顔を顰める。
どこか感性がズレている精霊の中でも、一際浮いている森の精霊、カイル。
人間界に住み着き、人間の感情から植物を創り出す彼女と私は、千年ほど前からの付き合いだ。
彼女の趣味が少々歪んでいることは知っていたが、ここまでだとは思っていなかった。
『あら、そんな顔しないで頂戴。あたしはあの子の生き方を、とても綺麗だと思ったのよ?』
『……色情の精霊に操られて、自分の本当の感情を知らないまま苦しんできたのを、綺麗って?』
『えぇ。言っておくけれど、あたしは気付いていたわよ。どうしてアイカが気付かなかったのか不思議だったくらい』
『っ!!』
頭が冷静にその言葉を噛み砕く前に、私は椅子を蹴り飛ばしてカイルの胸ぐらを掴んでいた。
顔をグッと近付けるが、彼女は涼しい顔のまま。
『知っていたのに、何も、言わなかったって…?』
『そうよ。第一わかるはずないでしょう。部外者のあたしには、アイカがあの子にかけた記憶の封じ込めと、感情の操作のどっちが悪か、だなんて』
『っ……』
『魔力感知が苦手なあたしでも気付けたのに、アイカが気付けなかったのはそのせいよ。自分のかけた魔法を直視したくなかったから、アイカはあの子にかけられている魔法をしっかり探知しようとしていなかった。だからこんなに発見が遅れたのよ』
『……知ったような、口を』
『きくなって?忘れたの、アイカ。あたしの権威から派生した能力。……アマリリス・クリストという少女の一生は、大体わかってるわ。加護も授けてるしね』
スッとカイルの目が細められる。
『あの子に一番染み付いてるのはあなたの魔力よ、アイカ。べっとりと匂うのよ、あの子。あなたの魔力が。それなのに悪魔に目をつけられないはずがないじゃない』
『っ、わざとじゃ』
『アイカの意思の有無なんて関係ないのよ。……そろそろ離してくれないかしら』
あ、と力が抜けて、腕がパタンと落ちた。
襟元を直したカイルは、首を傾げて私に微笑む。
『あたしはそろそろ帰るわ。ついでにラインハルトに、アマリリスの肉体が回復したことも伝えておくわね。……対悪魔戦なんて不毛なもの、やめてしまえばいいのよ』
扉から出て行ったカイルに何も言えないまま、私はずるずると床にへたり込んだ。
リリエルの生まれ変わりであるアマリリスが生まれた時、私は彼女を絶対に守らなくてはいけないと思った。
だから前世の記憶を絶対に取り戻さないように封印し、保険をかけ、私自身彼女の側にいるようにした。加護も与えて、絶対に傷つかないようにした。
しかし彼女が三歳の時に、事態は変わった。
天界と人間界の間に突如生まれた大きな亀裂。それを塞ぐのに、彼女の魔力がどうしても必要になったのだ。
まだ幼い彼女では、魔法を扱うことはできない。だから眠っている間に私が身体に入り、魔法を使った。そのせいで、元々素質も魔力量もあったのに、大規模な障壁を維持するためにその大半が使われ、彼女自身が使える魔法は本当に微々たるものになってしまっていた。
そのことへの罪悪感から、私はさらに彼女に加護を与えた。最上級のものを与えて愛し子にすると、下位精霊などが私の魔力につられて彼女に加護を与えるようになった。が、彼女自身の使える魔法は限られている。それが普通ならば有り得ない状況を作り出してしまい、彼女の両親であるウェッズルとフローレスには迷惑をかけてしまった。けれど、それを止めることはできなかった。
やがて彼女は、第三王子を好きになり、それによって心に深い傷を負った。さすがに私でも、人の恋愛感情を誘導することはできない。最悪の事態にならないようにだけ気を付けて、彼女のことを見守っていた。
そしてあの日。
魔法学校の卒業パーティーで彼女は婚約破棄され、保険が発動した。
元々その保険は、天界と人間界の間の障壁魔法の必要がなくなり彼女が全ての魔力を取り戻した時のためだった。その時に私のかけた封印を解いてしまう可能性があったため、本当の彼女のリリエルとしての記憶ではなく、私の日本の知識を代わりに得させ、リリエルの記憶は奥深くに封印して気付かないようにする、というものだ。
それが、極度の緊張とプレッシャーによる精神状態の急変により、彼女の魔力が暴走したことで発動したのだった。
あの時に同時に天界と人間界の間の障壁も消えてしまったが、幸い人員を配置していたため大ごとにはならなかった。
混乱するアマリリスに、偽りの真実を教え、私はどうにか凌いだ気でいた。
あとは対悪魔戦さえ乗り切ってしまえば大丈夫だと、本気で信じていた。
だというのに、そんな簡単にはことは運ばないようだ。
私がアマリリスから切り離したリリエルとしての記憶が、アマリリスの持て余した魔力と結びつき、リリエルと同じ記憶を持つ存在を生み出した。そして、私自身が己から切り離していた記憶の精霊としての存在が意思を持ち、リコと名乗って人間界にまでやってきた。
この分では、おそらくアマリリスは全てを知ったのだろう。精霊のこと、悪魔のこと、自分のこと、そして、私がしてきたこと。
だから私は恐れている。彼女が目を覚ますこと……目を覚まし、私を糾弾することを。
『……っ』
こんな醜い自分が憎い。
私は、どうしようもない気持ちを抱えながら、瞳を閉じた。
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