【旧版】諦めていた人生の続きで私は幸せを掴む

弓削鈴音

56話: 決意

 近くで見れば見るほど、この"ハルトナイツ"という精霊は私に既視感を与えた。
 元大地の精霊ということで、そもそも今の大地の精霊にも会ったことのない私が、彼と会う機会なんてなかったはずなのだが。

 この奇妙な感覚に内心首を傾げながら、私はハルトナイツさんが口を開くのを待つ。

『……さて、どこから話そうか。まずはやっぱり、現状把握かな?』

 この人は何か知っている、という確信があった。それはさっき彼が『ある程度のことなら知っている』と言ったのもあるけれど、彼の態度の端々から、裏にある物事を知っているからこその余裕が感じられたからだ。
 多分ハルトナイツさんは、私の事情も知っている。これは何の根拠もない、ただの勘だ。でも、きっと知っているはずで、あの記憶について聞きたい気持ちもあったが、それを抑えて頷く。

『じゃあ最初は、どうしてここが不安定なのか、ってことから話すね。アイカもそれでいい?』

「えぇ。構いません」

『……随分変わったね』

「何がです?」

『まぁいっか。……えっと、ここが不安定な理由だね。さっき言った通り、今、あちらの世界ではラインハルトとアマリリスさんの魂の回廊を繋いでいる。魂の回廊は、その名の通り、魂をぐるっと取り囲んでいる長い長い道なんだ。それを繋げる光属性と闇属性の複合魔法で、難易度は恐ろしいほど高い。多分、僕でも一人で発動することは不可能だ。……じゃなくて、状況の説明だったね。魂の回廊は、その魂を保護する役割も担っているから、長いだけでなくひどく複雑なんだ。だから、ここまで来るのにかなり手間取ってしまった。最初の揺れが来るより前に、魂の回廊は繋がれていたんだよ。もっと言えば、最初の揺れは、魂の回廊が繋がれた少し後に来たんだ。流石アイカだよね。魔法で一番不安定だと言われている発動した直後の数秒、完璧に制御してみせたなんて……って、ごめん。状況の説明だよね?』

 ちょくちょく話が逸れるハルトナイツさん。

『多分アイカは、ラインハルトとアマリリスさんの魂の回廊を繋げることで、アマリリスさんの魂の回廊にある過剰に作られた魔力を、ラインハルトにかけられている呪いの消すのに使おうとしているんだろうね。魂の回廊を見ただけだから何とも言えないけど、アマリリスさんは一時的に魔力を作りすぎてしまったらしい。それが肉体に負荷をかけていたから、ちょうど良かったんだろう』

「そうだったんですか……。では、これが上手く行けば、私は目を覚ますのですか?」

 私の問いかけに、『うーん』とハルトナイツさんは唸る。

『アマリリスさんは、確かに肉体にすごい負荷がかかっていたんだけど、それ以上に精神に対するダメージが強すぎたみたいなんだよね。それが回復しないことには、アマリリスさんが目覚めるのは難しい…かな?』

「かな、ですか」

『かな、だね。昔はもっと"眼"が良かったからいいんだけど、最近は悪くなっちゃったから、見ただけでは断定できないんだよ』

「め…?」

 小さく呟いたからか、ハルトナイツさんもアイカさんも気付かなかったみたいだ。
 目が悪い、というのはよく聞くけど、彼の言い方は普通の視力の話ではなさそうだった。それについて知りたいとは思ったが、話の腰を折るわけにもいかず、私は黙って耳を傾ける。

『さっきの黒い蛇は、ラインハルトにかけられた呪いの、防衛機能みたいなものだ。呪いが何者かによって解かれそうになると、それを防ぐために近くにいる人に手当たり次第に攻撃する仕組みだったみたいだね。幸い、あっちで蛇が退治されたから、こっちでもすぐに消えてくれたけど。……っと、また揺れたね。呪いは半分くらいが浄化されたかな? 順調に行けば、ラインハルトは回復できるはずだ』

「っ!! ラインハルトは、無事なんですね?」

 勢い込んでそう聞くと、ハルトナイツさんは笑って頷いてくれる。
 それに安心して、身体から力が抜けた。ラインハルトが助かるのであれば、他に心配することはない。急いで戻る必要もないだろう。

 ホッとして気持ちが緩んだ私に、『でも』とハルトナイツさんが続ける。

『ラインハルトは大丈夫だけど、君は危ないよ? 記憶を封印されていることの副作用、長い間使っていた魔法を解除したことによる反動、明らかに肉体に合っていない難易度の魔法の使用、八柱の精霊王からの祝福、他にも、急激な魔力の増加による負荷とかで、肉体と精神、魂全部がボロボロだ。こうやって列挙してみると、その異常さが際立つね。いくら前世が精霊だからって、今世の君はか弱い人間だ。死に急いでるの?』

「……え?」

『え、って……え? まさか、自覚ないの?』

「自覚がないというか、さっき挙げられてたことに、ほとんど心当たりがない、というか……」

 正直、この人何言っているんだ、というのが本音だ。

 "記憶を封印"なんて、そんな物騒なことをされた覚えがないし、私にそんなことをする理由を持っている人もいないだろう。
 "長い間使っていた魔法を解除"と言われても、そもそも私はろくに魔法が使えなかった。長い間魔法を使い続けるなんて芸当、できるはずがない。
  "肉体に合っていない難易度の魔法の使用"は、多分あの対悪魔用の魔法のことなんだろう。十三年前に使っていたから大丈夫だと思っていたが、そうではなかったらしい。
 ただ、"八柱の精霊王からの祝福"は、事実だ。いまいち実感こそないけれど。
 "急激な魔力の増加"も、まぁ納得はできる。アイカと出会ってから不思議と魔力が増えたように感じるし、私がここにいるのも、自分で制御できていない魔力から自分を守るためだ。

 ……ふと、自分の思考に違和感を感じた。
 自分のものだと思っていたのに、それが借り物だったような気持ち悪さ。
 その借り物は、どこかで見たことがあったような不気味さ。

「……アイカさん」

「はい」

 私の突然の呼びかけにも平然としているアイカさんは、相変わらず涼しい顔だ。
 それにも違和感がある。彼女がアイカと全く同じ見た目だからだろうか。それとも、もっと違うところにある理由のせいか。

 今まで漠然としていた違和感が集まり、形を作り、"疑念"という名の薄暗い感情に変わる。

「さっきハルトナイツさんが言っていたのは、事実ですか?」

『アマリリスさん。僕は、不必要に嘘はつかない主義だよ?』

「申し訳ないですが、私にはその言葉が正しいかさえわからないのです。それを判断するために、アイカさんに聞いています。しばらく、口を挟まないで頂いてもよろしいですか?」

『いいよ』

 失礼だとは思ったが、ハルトナイツさんに軽く断りを入れる。幸い快く承諾してもらえたので、良かった。彼が断る気は、なぜかしなかったのだが。

「ありがとうございます。───アイカさん、答えて」

 アイカさんに返答を促す。

「……」

「アイカさん。黙っていても事態は変わらないよ」

 表情を一切変えずに黙りこくっている彼女に、私は再び言葉を重ねる。

「私はあなたのことを友人だと思っているわ。だから、あなたのことを信じたい。どんな事実でもちゃんと受け止めるから」

 真実を告げてもらうためではあったが、紛れもない本心でもあった。
 それがちゃんと伝わったかどうかは、あまり自信がない。長い間受けてきた貴族として教育のせいで、本音を言うのが苦手なのだ。社交界では建前と社交辞令ばかりで、魔法学校でも心は押し殺してきた。
 初めてできた友人。今までの反動か、嘘は絶対につきたくないしついて欲しくない。そう願ってしまう。

「アイカさん、教えて」

「……言いたく、ありません」

「なんで? 言えないことなの?」

「言えない……。そう、ですね。言えません」

「どうしてかも、言えないの?」

「…………もし言ったら、私もアマリリスさんも後悔します。絶対に」

 アイカさんの様子は本気そのもので、きっと聞いたら本当に後悔するのだろう。
 でも、それ以上に。

「私は絶対に、聞かない方が後悔するわ。アイカさんの気遣いは嬉しいけれど、私は誓ったの。ラインハルトを傷つけた者達に、必ず復讐するって。そのためには、自分自身のことを知る必要があると思うの。あの記憶のことも、あの魔法のことも、他のことも全部」

 全て知って、その上で復讐をする。
 あの時決意したことだ。

「アイカさん、教えてください」

「……っ、わかりましたよ」

 畳み掛けると、嫌々だがやっと折れてくれた。

『アイカ、思ったよりも変わってないみたいだね』

「どういう意味ですか」

『ちょろいな、って意味だよ』

 ハルトナイツさんの冷やかしに思わず笑ってしまう。アイカさんも、少し顔を和らげてくれた。

『僕は横で、補足とかをさせてもらうけどいい?』

「……別に構いませんよ。どうせ何か隠したり嘘をついたら、すぐにそれを指摘するんでしょう?」

『よくわかってらっしゃる』

 カラカラと楽しそうに笑うハルトナイツさんに、肩の力が抜ける。よく見ると、アイカさんも同じように毒気を抜かれたようだった。

「はぁ。……さて、どこから話しましょうか」

 どこかスッキリしたような顔をしているアイカさんは、きっとハルトナイツさんのお陰で"言い訳"をできるようになったらからなんだろう。
 自分に対する"言い訳"というものは重要らしく、時に非情な選択を迫られる貴族としては、必須の能力らしい。ただ、それに溺れてしまうのは厳禁だ。権力と大義名分を傘に、私利私欲を満たすだけのケダモノとなってしまう。

 アイカさんでは、おおよそそんな姿を予想できない。彼女は清廉潔白な官僚のような雰囲気だ。
 そう思うのは、彼女が少し難しい顔をしているからだろうか。

 真実を話すというのは、時に多大な勇気を必要とする。人は自分に都合の良いことを好み、本当のことが必ずそうとは限らないからだ。
 私が知りたいことが、私に都合が良い保証はないし、何よりアイカさんにとって不都合な可能性も高い。

 それでも、もうすでに覚悟を決めた私は、絶対にここで止まったりしない。多分、人生で一番最初に自分が強くやりたいと、どんな障害でも超えてやると思ったことだ。それを途中で諦めることは、絶対に有り得ない。

「全部を知りたい、ということでしたら……」

 少し言葉を切ると、彼女は決意したように背を伸ばす。

「初めから、全てお話いたします。北川藍佳という少女を巡る物語の全てを───」

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