【旧版】諦めていた人生の続きで私は幸せを掴む
41話: 暗闇の中の女子会 4
「アイカは、あの子は、天災の精霊です。ですが、もともとは記憶の精霊でもありました。いえ、もともと記憶の精霊で、天災の精霊になったのが後なんです」
「……ご自分のことを記憶の精霊と仰っていましたが」
「分裂したのです。私と、アイカは。藍佳とアイカとして、それぞれ別のものを司ることで」
 にわかには信じ難い話だ。しかし、だからこそ真実味を帯びている。こんな突拍子も無い話で私を煙に巻くなんてことは不可能だとアイカさんもわかっているはずだもの。
「やっぱり、アイカは私に隠し事をしていたんですね……」
「どうか、アイカのことを恨まないで下さい。あの子が天災の精霊であることは、悪魔に対する牽制という意味でも重要だったのです」
「……詳しく」
「天災の権威は、とても強力です。第二位精霊の中でも抜きん出ていて、特に地形を改変する力などは、大地の精霊でもないと対抗できません」
 話していて段々落ち着きを取り戻してきたのか、喋り口が滑らかになってくる。
「精霊界の中でも、天災の精霊は扱い難く、慎重にならざるを得ない存在です。天災の精霊は、人間に直接的に危害を加えられるので。それに、人間から恐れられているわけですし」
「確かに、そうですね」
 精霊達は恩恵を与えてくれる存在として崇められているが、勿論畏怖の対象でもある。特に、過去に行った残虐な行いが今も言い伝えられている記憶の精霊や、人間では絶対に敵わない天地変異を司る天災の精霊などは───
 あれ?これ、両方ともアイカ(アイカさん)じゃない?
 自分の半身が思っていたよりも恐れられている存在で、ちょっと頭痛がぶり返してくる。
 もともと言うつもりもなかったが、自分とアイカの関係はできれば公表したくないと改めて思った。
「悪魔にとっても、強大な力を持つ天災の精霊は無視できない敵です。そこにいるだけでも敵に一定の恐怖を与えられるのが、天災の精霊というわけです。もっとも、いつもふざけているアイカはあまり威圧などは向いていないのですがね」
「えぇ。そうですよね」
「アイカは…というか、私達はかなり特殊なケースなのですが、一人で二つの権威を司っていたのです。ただ、負荷に耐えられずにそれぞれの権威を持って分裂しましたが」
「そういうことだったんですね……では、どうしてあそこまで動揺したんですか?」
「動揺?あぁ、少し驚いただけですよ。アマリリスさんは、人を疑われるような方ではなさそうなので」
 軽く踏み込んで訊いてみるが、もう平静を取り戻しているアイカさんは、のらりくらりと躱すだけだ。
 本当にやりにくいな、と思わず空を仰ぎたくなる。ここから空は見えないけれど。
「まぁ、アイカは天災の精霊です。これは確かですし、疑いは持たなくて構いませんよ」
「……えぇ。わかりました」
 おそらく時間を計っていたのだろう。最後の砂の一粒が落ちると同時に、アイカさんが締め括る。
 アイカがもともと記憶の権威も司っていたことがわかったし、途中でペースを崩せたものの、決定的な情報は引き出せなかった。アイカが信用するに足る存在か判断する材料も、十分には得られていない。
 たった二回、それも大体一分ずつという短い時間だったが、それでももっと良くできたはずだ。上手く立ち回れなかった自分に腹が立つ。
「口惜しいですね。もっと聞き出したかったです」
「そんなこと。アマリリスさんは、とても交渉慣れしているようでしたよ」
「ありがとうございます。ですが、これではまだ不十分ですよ。社交界では、もっと醜くて暴きにくい腹の探り合いが行われていますからね」
「まさに魑魅魍魎、ですか。今のアマリリスさんでも通用しないんですか?」
「えぇ。私は本当にまだまだです」
「ご謙遜を」
 にこやかに言いながらも、アイカさんの鋭い視線はこちらを見透かさんとしている。
「では、最後は私からの質問ですね」
 砂時計を机の上に置くと同時に、彼女は言葉を発した。
「アマリリスさんは、アイカについてどこまで知っていますか?」
「えっ…?」
 思わず、感情を表に出さないようにしていたにも関わらず、驚いて声を漏らしてしまう。
 てっきり、一つ目の問いと似たような、クリスト公爵家の動向に関することを聞いてくるとばかり思っていた。そうでなくとも、ウィンドール王国の社交界に関することだろう、と。
 なぜ、アイカさんがこんな質問をするのか、検討もつかない。
 もしこちらの動揺を誘うためだとしても、それにわざわざ貴重なこの質問の権利を使う意味が無い。おそらく本気で、私がアイカについてどれくらい知っているのかを、聞き出そうとしている。
「アイカについて、ですか……まず一つは、先程教えて頂いた、天災の権威をリリエルさんから引き継いだ第二位精霊であるということ。そして、元々は記憶の権威も司っていたこと」
 自分に不利益な発言にならないよう、言葉を慎重に選びながら回答する。
「次に、最低でも二十五年前からウィンドール王国にいたこと。ひょっとしたら、別の国にも行っていたかもしれませんが」
「……なるほど」
 あら、予想よりも反応が薄い。あくまでこれは私の推測だから、否定されるかもしれないと思っていたのだけれど。それに、合っていたとしても何かしらの反応が返ってきてもおかしくないはずだが。
「アイカが使える魔法に関しては?」
「そうですね…風魔法、水魔法、雷魔法、無魔法、それと闇魔法くらいしか見たことがありませんね。私の記憶違いの可能性もありますが」
 記憶力にはあまり自信がない。つい昨日―――この"大書庫"に来る前にアイカが戦っているのを見ていたはずだが、何分起きた出来事が多すぎて把握しきれていなかった。
「では最後に」
 アイカさんが砂時計を一瞥する。
「アマリリスさんは、アイカの過去について何か知っていますか?」
「えぇ。元々はニホンの高校生ですよね?」
「……終わりです」
 私の問いに答えは返さず、アイカさんは終了を告げた。それと同時に、砂時計が小さな光の粒子に変わり弾ける。
 触った時には本物と同じような質感だったが、おそらく魔法で創り出したものだったのだろう。
「どうでした?」
 ふわりとアイカさんが微笑みながら問う。
「上々、でしょうか。まだお話はできるのでしょう?」
 予想外のことがかなりあったが、それを隠して適当に返す。
「はい。勿論ですよ。お茶でも飲みながら、どうです?」
「それはいいですね」
 相槌を打つと、アイカさんは「では」と言って今度はティーセットを取り出した。
 白磁に銀で唐草模様が揃いで入っているカップは、私達三人の前にちょこんと置いてある。
『私が淹れるわね』
 リリエルさんが、私達の返答を待たずにお茶を淹れ始める。
 どこか現実味のないこの"大書庫"に、優しくて清々しい紅茶の匂いが溢れた。
『それにしても、なんで二人はもっと普通にお喋りできないのか、本当にわからないわ。そんなに隠し事をする必要、ある?』
「必要云々じゃなくて、それが当然の構えというか…それに、たとえアマリリスさん自身にそうする気がなくても、彼女の持っている情報が悪用される可能性というのは存在するから」
『変なの。私にはわからないわね』
 コトっと軽い音を立てて、ティーカップが目の前に置かれる。
『どうぞ。口に合うかしら?』
「……えぇ。とても、美味しいお茶ね」
『ふふっ、でしょ?これは、私の大切な人が育てた茶葉なの。そこら辺のものとは質が違うわ!』
 誇らしげに胸を張るリリエルさんは、けれどすぐに顔を曇らせた。
『これはあくまで再現だから、本物ではないのが残念なのだけど…』
「再現…?」
『そう。この空間では、魔力を使って色々なものを再現できるの。だから本物ではないのだけど、まぁここから出ない限りは別に気にならないわ。私達も霊体…精神体のようなものだから、ちゃんと五感もあるし』
 そういうことだったのか。
 何もないところからポンポン物が出てきて、おかしいとは思っていた。一応空間魔法というものは存在するが、それは精霊魔法の一種。精霊魔法を使った兆候がなかったから、何か裏に仕掛けがあるということは予想できていたが、全部魔力でできていたというのは驚きだ。
「リリエル、なんでもかんでも教えるものじゃないって、何度言ったらわかるの?」
『ケチな藍佳に代わって、私がアマリリスに色々伝えちゃダメなの?』
「ダメってわけではなくて…………あぁ、もういい。好きにして、リリエル」
『ありがと、藍佳!』
 そこまで計算したとは思えないが、リリエルさんはアイカさんから許可をもぎ取ると、嬉しそうに笑顔を浮かべた。それとは反対に、アイカさんは少し疲れたような顔を浮かべる。
 アイカさんには悪いけれど、この機会にいくつか訊いてみたいことを。
「リリエルさん、私の魔力を見てもらってもいい?」
 淹れてもらったお茶に口をつける。さっきと変わらない温度なのは、魔力でできているからなのだろう。
 さて、私の魔力を見てリリエルさんはどんな反応を返してくれるのか。
『いいけど………って、八色…全属性!?精霊王からの祝福もあるって、え!?アマリリス、ちょっと、え、えぇ!?』
「リリエル、いきなり叫んで……あぁ、これは、叫ぶやつね…」
 何を見たか、リリエルさんはいきなり大声を上げて、アイカさんも私に呆れたような目を向けた───なんて、"何"を見たかはわかっているのだけれど。
 八属性、精霊魔法への適性、たくさんの精霊からの加護、そして精霊王からの祝福。
 どれをとっても人間離れしているというのは、自分自身でも重々わかっている。ラインハルトもかなりの適性を持っているが、それを上回るほどだ。もちろん、技術では彼に劣るけれど。
『……でも、なんで私に魔力を見るように頼んだの?』
 ふと、気付いたようにリリエルさんが声を上げた。
『自分の魔力を感知することくらい、アマリリスにできないはずがないわ。魔力の強さと量を見るにしても、別にここでわざわざ私にさせる意味はないわよね?』
 リリエルさんは思案するように言葉を切る。
『ひょっとして、黒い魔力について訊きたいの?』
「……アイカは、この魔力について知っていた。けれど教えてくれなかったの。アイカ以外に知っていそうなのは、リリエルさんかアイカさんくらいしかいない」
『そうね。アマリリスのその魔力は、普通の人間では見ることすらできないわ』
 やっぱり、普通の魔力ではなかったのか。
 王城の稽古場でケイル・ジークスと対峙した時に、自分の意志関係なく出現した魔力。
 通常、魔力は魔法という事象に変化させないと、何の影響も与えることができない。それは魔法大国と言われるウィンドール王国では五歳の子供でも知っているような、初歩中の初歩だ。
 それなのに、あの魔力は魔力の状態のまま、ケイル・ジークスの魔法を打ち消した。
『その魔力は多分、記憶の精霊の加護の影響でできたものね』
「……というのは?」
『時々あるのよ。精霊の加護によって、普通の魔力が変質して特殊な性質を持つ場合が』
 アイカさんに視線を向けると、彼女は肯定するように頷く。
「アマリリスさんは、幼い頃から記憶の精霊と天災の精霊、他にも様々な精霊から加護を受けています。そこら辺の人よりも、余程魔力が変質しやすいでしょうね」
 魔力が変質、か。
 魔法に関する知識はそこそこある方だと思っていたけれど初耳だ。まぁ、精霊に加護を受けているという前提条件があるから、なかなか見つかりにくいことだし、仕方のないことなのかもしれない。
 アイカが知っていたことも頷ける。自分の加護が原因の魔力なら、きっとすぐに気付けたはず。あそこで言わなかったのは、純粋に時間がなかったからというだけだろうか。
 つっかかっていた疑問が解けて、さっぱりしたような気分になる。
『他に訊きたいことはあるかしら?いくらでも答えるわよ』
 そう言って胸を張るリリエルさんの瞳の中に映る私は、どこか満足げな顔をしている。
 それは、こうやって二人と話せているからなのか、自分達に有利な情報を引き出せたからなのか、新しい知識を得たからなのか、はたまた全く別のことのせいなのか。
 わからないけれど、確かなことが一つある。
 今私は、久しぶりに楽しいと思えているということだ。
 自分に対して抱いた苛立ちも、疑問が解けていく快感も、全部が全部、面白い。
「……まだまだ、話し足りません」
「奇遇ですね。私もそう思っていたところです。お客さんが滅多に来ないのでね」
『久しぶりの女子会よ、女子会!恋バナも、戦いの話も、辛くて悲しい話でも、なんでもしちゃいましょ!』
 リリエルさんがニッと笑って、アイカさんがそれを見て苦笑する。
 少しの間だけでもいいからもっとお喋りをしたい、なんて矛盾した淡い願いを胸にしながら、私も自然と笑顔を浮かべていた。
「……ご自分のことを記憶の精霊と仰っていましたが」
「分裂したのです。私と、アイカは。藍佳とアイカとして、それぞれ別のものを司ることで」
 にわかには信じ難い話だ。しかし、だからこそ真実味を帯びている。こんな突拍子も無い話で私を煙に巻くなんてことは不可能だとアイカさんもわかっているはずだもの。
「やっぱり、アイカは私に隠し事をしていたんですね……」
「どうか、アイカのことを恨まないで下さい。あの子が天災の精霊であることは、悪魔に対する牽制という意味でも重要だったのです」
「……詳しく」
「天災の権威は、とても強力です。第二位精霊の中でも抜きん出ていて、特に地形を改変する力などは、大地の精霊でもないと対抗できません」
 話していて段々落ち着きを取り戻してきたのか、喋り口が滑らかになってくる。
「精霊界の中でも、天災の精霊は扱い難く、慎重にならざるを得ない存在です。天災の精霊は、人間に直接的に危害を加えられるので。それに、人間から恐れられているわけですし」
「確かに、そうですね」
 精霊達は恩恵を与えてくれる存在として崇められているが、勿論畏怖の対象でもある。特に、過去に行った残虐な行いが今も言い伝えられている記憶の精霊や、人間では絶対に敵わない天地変異を司る天災の精霊などは───
 あれ?これ、両方ともアイカ(アイカさん)じゃない?
 自分の半身が思っていたよりも恐れられている存在で、ちょっと頭痛がぶり返してくる。
 もともと言うつもりもなかったが、自分とアイカの関係はできれば公表したくないと改めて思った。
「悪魔にとっても、強大な力を持つ天災の精霊は無視できない敵です。そこにいるだけでも敵に一定の恐怖を与えられるのが、天災の精霊というわけです。もっとも、いつもふざけているアイカはあまり威圧などは向いていないのですがね」
「えぇ。そうですよね」
「アイカは…というか、私達はかなり特殊なケースなのですが、一人で二つの権威を司っていたのです。ただ、負荷に耐えられずにそれぞれの権威を持って分裂しましたが」
「そういうことだったんですね……では、どうしてあそこまで動揺したんですか?」
「動揺?あぁ、少し驚いただけですよ。アマリリスさんは、人を疑われるような方ではなさそうなので」
 軽く踏み込んで訊いてみるが、もう平静を取り戻しているアイカさんは、のらりくらりと躱すだけだ。
 本当にやりにくいな、と思わず空を仰ぎたくなる。ここから空は見えないけれど。
「まぁ、アイカは天災の精霊です。これは確かですし、疑いは持たなくて構いませんよ」
「……えぇ。わかりました」
 おそらく時間を計っていたのだろう。最後の砂の一粒が落ちると同時に、アイカさんが締め括る。
 アイカがもともと記憶の権威も司っていたことがわかったし、途中でペースを崩せたものの、決定的な情報は引き出せなかった。アイカが信用するに足る存在か判断する材料も、十分には得られていない。
 たった二回、それも大体一分ずつという短い時間だったが、それでももっと良くできたはずだ。上手く立ち回れなかった自分に腹が立つ。
「口惜しいですね。もっと聞き出したかったです」
「そんなこと。アマリリスさんは、とても交渉慣れしているようでしたよ」
「ありがとうございます。ですが、これではまだ不十分ですよ。社交界では、もっと醜くて暴きにくい腹の探り合いが行われていますからね」
「まさに魑魅魍魎、ですか。今のアマリリスさんでも通用しないんですか?」
「えぇ。私は本当にまだまだです」
「ご謙遜を」
 にこやかに言いながらも、アイカさんの鋭い視線はこちらを見透かさんとしている。
「では、最後は私からの質問ですね」
 砂時計を机の上に置くと同時に、彼女は言葉を発した。
「アマリリスさんは、アイカについてどこまで知っていますか?」
「えっ…?」
 思わず、感情を表に出さないようにしていたにも関わらず、驚いて声を漏らしてしまう。
 てっきり、一つ目の問いと似たような、クリスト公爵家の動向に関することを聞いてくるとばかり思っていた。そうでなくとも、ウィンドール王国の社交界に関することだろう、と。
 なぜ、アイカさんがこんな質問をするのか、検討もつかない。
 もしこちらの動揺を誘うためだとしても、それにわざわざ貴重なこの質問の権利を使う意味が無い。おそらく本気で、私がアイカについてどれくらい知っているのかを、聞き出そうとしている。
「アイカについて、ですか……まず一つは、先程教えて頂いた、天災の権威をリリエルさんから引き継いだ第二位精霊であるということ。そして、元々は記憶の権威も司っていたこと」
 自分に不利益な発言にならないよう、言葉を慎重に選びながら回答する。
「次に、最低でも二十五年前からウィンドール王国にいたこと。ひょっとしたら、別の国にも行っていたかもしれませんが」
「……なるほど」
 あら、予想よりも反応が薄い。あくまでこれは私の推測だから、否定されるかもしれないと思っていたのだけれど。それに、合っていたとしても何かしらの反応が返ってきてもおかしくないはずだが。
「アイカが使える魔法に関しては?」
「そうですね…風魔法、水魔法、雷魔法、無魔法、それと闇魔法くらいしか見たことがありませんね。私の記憶違いの可能性もありますが」
 記憶力にはあまり自信がない。つい昨日―――この"大書庫"に来る前にアイカが戦っているのを見ていたはずだが、何分起きた出来事が多すぎて把握しきれていなかった。
「では最後に」
 アイカさんが砂時計を一瞥する。
「アマリリスさんは、アイカの過去について何か知っていますか?」
「えぇ。元々はニホンの高校生ですよね?」
「……終わりです」
 私の問いに答えは返さず、アイカさんは終了を告げた。それと同時に、砂時計が小さな光の粒子に変わり弾ける。
 触った時には本物と同じような質感だったが、おそらく魔法で創り出したものだったのだろう。
「どうでした?」
 ふわりとアイカさんが微笑みながら問う。
「上々、でしょうか。まだお話はできるのでしょう?」
 予想外のことがかなりあったが、それを隠して適当に返す。
「はい。勿論ですよ。お茶でも飲みながら、どうです?」
「それはいいですね」
 相槌を打つと、アイカさんは「では」と言って今度はティーセットを取り出した。
 白磁に銀で唐草模様が揃いで入っているカップは、私達三人の前にちょこんと置いてある。
『私が淹れるわね』
 リリエルさんが、私達の返答を待たずにお茶を淹れ始める。
 どこか現実味のないこの"大書庫"に、優しくて清々しい紅茶の匂いが溢れた。
『それにしても、なんで二人はもっと普通にお喋りできないのか、本当にわからないわ。そんなに隠し事をする必要、ある?』
「必要云々じゃなくて、それが当然の構えというか…それに、たとえアマリリスさん自身にそうする気がなくても、彼女の持っている情報が悪用される可能性というのは存在するから」
『変なの。私にはわからないわね』
 コトっと軽い音を立てて、ティーカップが目の前に置かれる。
『どうぞ。口に合うかしら?』
「……えぇ。とても、美味しいお茶ね」
『ふふっ、でしょ?これは、私の大切な人が育てた茶葉なの。そこら辺のものとは質が違うわ!』
 誇らしげに胸を張るリリエルさんは、けれどすぐに顔を曇らせた。
『これはあくまで再現だから、本物ではないのが残念なのだけど…』
「再現…?」
『そう。この空間では、魔力を使って色々なものを再現できるの。だから本物ではないのだけど、まぁここから出ない限りは別に気にならないわ。私達も霊体…精神体のようなものだから、ちゃんと五感もあるし』
 そういうことだったのか。
 何もないところからポンポン物が出てきて、おかしいとは思っていた。一応空間魔法というものは存在するが、それは精霊魔法の一種。精霊魔法を使った兆候がなかったから、何か裏に仕掛けがあるということは予想できていたが、全部魔力でできていたというのは驚きだ。
「リリエル、なんでもかんでも教えるものじゃないって、何度言ったらわかるの?」
『ケチな藍佳に代わって、私がアマリリスに色々伝えちゃダメなの?』
「ダメってわけではなくて…………あぁ、もういい。好きにして、リリエル」
『ありがと、藍佳!』
 そこまで計算したとは思えないが、リリエルさんはアイカさんから許可をもぎ取ると、嬉しそうに笑顔を浮かべた。それとは反対に、アイカさんは少し疲れたような顔を浮かべる。
 アイカさんには悪いけれど、この機会にいくつか訊いてみたいことを。
「リリエルさん、私の魔力を見てもらってもいい?」
 淹れてもらったお茶に口をつける。さっきと変わらない温度なのは、魔力でできているからなのだろう。
 さて、私の魔力を見てリリエルさんはどんな反応を返してくれるのか。
『いいけど………って、八色…全属性!?精霊王からの祝福もあるって、え!?アマリリス、ちょっと、え、えぇ!?』
「リリエル、いきなり叫んで……あぁ、これは、叫ぶやつね…」
 何を見たか、リリエルさんはいきなり大声を上げて、アイカさんも私に呆れたような目を向けた───なんて、"何"を見たかはわかっているのだけれど。
 八属性、精霊魔法への適性、たくさんの精霊からの加護、そして精霊王からの祝福。
 どれをとっても人間離れしているというのは、自分自身でも重々わかっている。ラインハルトもかなりの適性を持っているが、それを上回るほどだ。もちろん、技術では彼に劣るけれど。
『……でも、なんで私に魔力を見るように頼んだの?』
 ふと、気付いたようにリリエルさんが声を上げた。
『自分の魔力を感知することくらい、アマリリスにできないはずがないわ。魔力の強さと量を見るにしても、別にここでわざわざ私にさせる意味はないわよね?』
 リリエルさんは思案するように言葉を切る。
『ひょっとして、黒い魔力について訊きたいの?』
「……アイカは、この魔力について知っていた。けれど教えてくれなかったの。アイカ以外に知っていそうなのは、リリエルさんかアイカさんくらいしかいない」
『そうね。アマリリスのその魔力は、普通の人間では見ることすらできないわ』
 やっぱり、普通の魔力ではなかったのか。
 王城の稽古場でケイル・ジークスと対峙した時に、自分の意志関係なく出現した魔力。
 通常、魔力は魔法という事象に変化させないと、何の影響も与えることができない。それは魔法大国と言われるウィンドール王国では五歳の子供でも知っているような、初歩中の初歩だ。
 それなのに、あの魔力は魔力の状態のまま、ケイル・ジークスの魔法を打ち消した。
『その魔力は多分、記憶の精霊の加護の影響でできたものね』
「……というのは?」
『時々あるのよ。精霊の加護によって、普通の魔力が変質して特殊な性質を持つ場合が』
 アイカさんに視線を向けると、彼女は肯定するように頷く。
「アマリリスさんは、幼い頃から記憶の精霊と天災の精霊、他にも様々な精霊から加護を受けています。そこら辺の人よりも、余程魔力が変質しやすいでしょうね」
 魔力が変質、か。
 魔法に関する知識はそこそこある方だと思っていたけれど初耳だ。まぁ、精霊に加護を受けているという前提条件があるから、なかなか見つかりにくいことだし、仕方のないことなのかもしれない。
 アイカが知っていたことも頷ける。自分の加護が原因の魔力なら、きっとすぐに気付けたはず。あそこで言わなかったのは、純粋に時間がなかったからというだけだろうか。
 つっかかっていた疑問が解けて、さっぱりしたような気分になる。
『他に訊きたいことはあるかしら?いくらでも答えるわよ』
 そう言って胸を張るリリエルさんの瞳の中に映る私は、どこか満足げな顔をしている。
 それは、こうやって二人と話せているからなのか、自分達に有利な情報を引き出せたからなのか、新しい知識を得たからなのか、はたまた全く別のことのせいなのか。
 わからないけれど、確かなことが一つある。
 今私は、久しぶりに楽しいと思えているということだ。
 自分に対して抱いた苛立ちも、疑問が解けていく快感も、全部が全部、面白い。
「……まだまだ、話し足りません」
「奇遇ですね。私もそう思っていたところです。お客さんが滅多に来ないのでね」
『久しぶりの女子会よ、女子会!恋バナも、戦いの話も、辛くて悲しい話でも、なんでもしちゃいましょ!』
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