【旧版】諦めていた人生の続きで私は幸せを掴む
幕間: 第二王子と少女
 僕は、ラインハルト・ウィンドール。
 ウィンドール王国の第二王子だが、表舞台に立つ事はほとんど無い。
 幼い頃に魔法を暴走させてから、表向きには"療養"という名目で、日々魔法の制御の訓練を受けている。最近ようやく、補助道具無しでも魔法を発動出来るようになり、徐々にお忍びという形でもあるが、王城から足を伸ばすこともある。
 ただ、出かけようとすると従者や衛兵など、色々な人に迷惑をかけてしまうため、あまり自分から進んで外に出たいとは思わない。書物を読んでいる方が、為になる事も多いし。
 というわけで、今日も僕は、王城の一角にある自分の部屋で本を読んでいた。
「ラインハルト様、今日は王城でお茶会が開かれるようですよ。」
「様は要らない、ライル。────どうせ、僕は出れないのだろう。」
 僕の言葉にライルが苦笑する。その時に、目尻の笑いジワがちょっとクシャっとして、彼の柔和な顔に更に優しげな印象を持たせた。
 ライルは僕の従者で、二歳年上だ。初めて会ったのは去年、僕が十歳でライルが十二歳の時。
 初めて彼を見た時の印象は、春の木漏れ日。ゆらゆらして掴めそうに無いけれど、温かさを与えてくれる、木の葉から零れる光。
 それを彼に言ったら、まさに木漏れ日のように微笑んだ。
「初めて言われました。殿下は、言葉を使うのが上手いのですかね。殿下にそう言っていただき、嬉しく思います。」
 優しい声で、そう言い添えながら。
 あの時からずっと変わらず、今もそばに居てくれるライルには、本当に感謝しきれない。
 僕は、王子だからか表面的ではなかったが、黒持ちとして恐れられている。
 僕についていたメイドや従者は、丁寧には接してくれたが、こちら側には踏み込んでくれなかった。腫れ物に触れるように、遠巻きにするだけ。
 けれどライルは、最初こそ少し距離を感じさせる接し方だったが、今ではほぼほぼ兄弟のような仲だ。
「なぁ、ライル。あの魔法を試してみてもいいか?」
「大丈夫では無いでしょうか。魔法と言っても、ほとんどを精霊がするのでしょう?」
 あの魔法、というのは僕考案のオリジナル魔法だ。
 ずっと狭い部屋に閉じ込められている身としては、新しい魔法でも考えたりしないとつまらない。なぜか、これをライルに言ったら苦笑いを返されたけれど。
 さて、魔法の内容としては、簡単に言うと遠くの景色を見るものだ。
 利用するのは無の精霊の力。無魔法は色々な事が出来る最も汎用性の高い魔法で、無の精霊は、鏡のようなものを作れる。それを使って、見たい景色を何度も鏡に反射させて、最終的に用意している白い紙に映させる、というのが、この魔法の大まかな流れだ。
 ちなみに、彼らの生み出す鏡は質量も体積も無い、魔法概念上でのみ存在するものらしい。
 ……これをライルに説明したら、「よくわかりませんが、すごい事は理解出来ました。」と言われた。図も使ったのだが、途中で止められてしまい、感想を聞いたら結局この言葉を貰った。
 僕としては特に変な事も、すごい事も、わかりにくい事も言っているつもりは、全くないのだけれど。
 ともかく、これは自分の魔力をあまり、というかほとんど使わない。
 だから、まだ魔法の制御がまだまだ甘い僕でも大丈夫、というわけだ。
「今から使ってみる。ちょうどいいし、お茶会を覗いてみる事にするか。」
「そうですか。どうせ私がやめて欲しい、と言ってもやめないのでしょうね。」
 はぁ、とライルが溜め息をつく。彼の疲れたような声に、思わず首を傾げた。
 ライルは、僕に割り当てられている塔の一室で寝泊まりしている。ちゃんと休んでいるはずなのに、疲労が溜まっているのだろうか。
「ライル、疲れているようだな。後で一緒に昼寝でもするか。」
「そういう事では、無いのですが……」
 ではどういう事なんだ、という質問は飲み込んで、僕は目の前にある自分のノートに目を向けた。
 そこには、この魔法のメカニズムを書いてある。魔法を行使する時に、より強固なイメージを持つためだ。
 『魔法は想像と創造の産物である』、というのはある高名な魔法師の言葉。
 実際に、同じ魔力を使っていても、その人のイメージ力で魔法の強さは変わる。つまり、あまり魔力を使わなくてもイメージ力でカバー出来るわけだ。逆に魔力はしっかりとした形が無いから、制御をしっかり出来ないと簡単に暴走してしまう。
 昔、僕がしてしまったように。
「ふぅ……今から魔法を使うから、暴走しそうだったら止めてくれ。」
「今から魔法を使うのをやめておく、という選択肢は無いのですね。」
 これまでに何度も繰り返した事のある会話を、また繰り返す。
 ライルはいつも、僕が魔法を使おうとすると止めようとする。
 もちろん、魔力の制御の効かない僕が魔法を行使するのは、赤子に劇毒を持たせるようなものだ。
 他人も、そして自分も傷付ける可能性がある。それは、きちんと理解しているつもりだ。
 けれど、だからと言って魔法を一切使わせてくれないのはおかしいだろう。コントロールする練習さえ出来ないのだ。
 だから僕は、一応周りの人のためにも、魔法を使いたいと主張しているのだ。
 ひょっとしたら、それがライルを疲れさせている原因なのかもしれないが、まぁ仕方ないと思って諦めて欲しい。
「始める。」
「はい。」
 ライルの返答を聞いた後、僕は魔法に集中する。
 僕は、自分の魔法で人を傷付けた事がある。あれと同じことをまた起こさないために、慎重に魔力を注いだ。
 無秩序に漂っていた無の精霊が、僕の魔力に反応して動き始める。僕が指定した位置に動いて、鏡を作ってくれていた。
 精霊魔法では、あまり魔力は必要とされない。だから、通常の魔法と比べると割と安全だ。
 もっとも、油断は禁物だけれど。
「……」
 目の前に置いてある、盆に薄く張った水を見つめた。もし魔法が成功すれば、ここに映像が現れるはずだ。
「…………あっ!見えましたよ、ラインハルト様!すごいですね、お茶会の様子が見えますよ!」
 そこに映っていたのは、数キロメートル先の、母上の庭園だった。貴族の子女らしき少年少女達が、紅茶や茶菓子を片手に笑顔で談笑をしている。
 集まっている子女は、だいたい僕と同じくらいの年齢が大半のようだ。女子は落ち着いているように見えるが、男子ははしゃぎたそうにそわそわしていた。それを見て、彼らの母親達が微笑んでいる。
 ほのぼのしている茶会のようだったが、僕は違和感を拭えない。
 しばらく映像を見ていると、やっとその違和感に気付いた。
 なぜか護衛がほとんど見受けられない。
「ライル。普通、護衛があんなに少ない事ってあるのか?」
「え?……いえ、ありません。いくら人払いをしても、最低でももう三、四人くらいはいるはずです。おかしい、ですね。」
 ライルの表情が険しくなる。
 十四という年齢ながら、僕の護衛だけでなく部屋の周りの衛兵までもを指揮する立場にいる彼の能力は高い…らしい。
 そんな彼もおかしいと言うのだから、本当におかしいのだろう。
 この場合は、どうするか。
「ライル。誰か、向かわせ……なっ!」
 僕の目に、黒い服を着たガタイの良い男達が映る。どう見ても、衛兵や護衛では無い。
 よく見てみると、彼らの剣は血に濡れていた。それに気付いた貴族の子女達が、彼らから距離を取ろうとして席を蹴って走り出す。しかし、一気に逃げ惑うからかぶつかり合って、なかなか避難が進まない。誘導する衛兵や護衛もいないから、余計に混乱しているようだ。
 もっと見ようと身を乗り出した時、急に映像に白いモヤがかかった。
「魔法の妨害ですか!?」
「いや、これは……」
 魔法概念上で鏡の位置を調節し、高いところから広めの範囲を見れるようにする。
 すると、モヤの発生源が見えた。円盤のようなものから、煙がとめどなく出てきている。
「目くらましですか?」
「そうみたいだな。…………ライル、眼を使う。」
「……は!?いや、駄目ですよ!」
 ライルは素っ頓狂な声を上げたが、僕の「眼」はこういう時のためにあるはずだ。
 僕の「眼」は、普通の目では無い、もう一つの目。
 魔法概念の世界が見えるこの眼を使う時は、周り対する警戒がおろそかになる。また、使った後に疲労のせいか倒れてしまう。だから、使う時は必ずライルに言っているのだ。
 もっとも、毎回反対されるが。
「使うから。」
「駄目です。」
「使うから。」
「駄目です!」
「使うから。」
「……はぁぁ。どうせ言っても聞きませんよね。えぇ、わかってますよ……」
 どうやら許可を貰えたようだ。
 目を閉じる。そして眼を切り替えると、瞼の裏に、白と黒だけで出来た世界が広がる。多少視界は歪んでいるが、これでも昔に比べると結構ちゃんと見えるようになったのだ。
 ゆっくりとだが眼をどんどん遠くに進めると、お茶会の広場に辿り着く。
「……逃げ遅れている貴族の子女が、六人だな。護衛は三人のようだ。」
「了解です。賊は?」
「七人だ。護衛が押されて……なっ、意識を失った!?」
 驚いて声をあげると、ライルが焦ったように質問をしてくる。
「どういう事ですか!?」
「……あぁ、そういう事か…」
 ばたばたと倒れる護衛を見て、僕は煙の正体に気付いた。と同時に、精霊を通して風の魔法を行使し、煙を吹き飛ばす。
 少しコントロールを間違えたせいか近くにあるティーカップが机から落ちてしまったが仕方ない。今は、この煙をどうにかするのが先決だ。
「眠り煙。確か、どこかの森に住んでいる獣特有の煙なはずだ。どうしてかはわからないが、きっとその煙で────」
「護衛を、眠らせた?」
「あぁ。……大変だ、貴族の方も六人中五人が眠っている。」
 どうすればいい。煙は晴らした。けれど、たった一人の子供に────しかも、女子に何が出来る。
 その女子は、色素の薄い世界だから色に関する確証はないけれど、艶やかな銀髪に、珍しい黒い瞳を持っていた。
 ピンと伸びた背筋が、賊に臆していない事を物語っている。けれど、いくら勇気があっても大の大人に勝てる訳では無い。
 よく見ると、彼女の体は震えていた。それなのに、強い光を宿した双眸は、ひたと賊を見据えている。
 
 彼女の姿は、僕に勇気を与えてくれた。今も僕を絡め取ってどこかへ引きずり込もうとしている、暗い過去を吹き飛ばしてしまうほどの。
 僕は眼を維持したまま、目を開けた。情報量の多さに倒れそうになるが、持ちこたえてライルに指示を出す。
「僕が今から遠隔魔法を使う。ライルは、賊の確保のための人員を。」
「制御は、大丈夫なのですか。」
 ライルの心配そうな声に、僕は必死に微笑んだ。
 手が震え、喉も掠れる。だが、僕は手を握って軽く咳払いをし、もう一度笑顔を作る。
 神様、今だけは大切な友人を騙させて。そして、美しいあの子を守らせて。
「大丈夫だ。────頼んだぞ、ライル。」
「……畏まりました、ラインハルト様。」
 ライルはそう言うと、一礼して部屋を出ていった。去り際に僕を気遣わしげに見ていたが、それでも僕に任せて行ってくれた。
 さて、僕は僕のすべき事をしよう。
 水面に目を向けると、さっきの彼女が未だに立っていた。両手を広げ、倒れている奴らを庇うようにしている。賊がじりじりと近づいていくが、彼女は一歩も動かずに睨みつけていた。
 と、いきなり糸が切れたように、彼女が崩れ落ちる。眼で見てみると、眠っているだけだった。
「そうか、眠り煙……」
 最悪の事態では無い事にホッと胸を撫で下ろすと、驚くべき事態が起きる。
 さっき眠ったはずの彼女が、立ち上がった。
 彼女の意識は寝ているはずなのに、どうして動いているのだ。
 眼を使ってみると、白い光が彼女の頭辺りに付いているのがわかった。
 恐らくそれが、彼女が動いている理由だろう。
 見た感じ、精霊か何かだろうか。精霊が人間に憑依して体を動かすなんて、どの文献でも見たことがないからにわかには信じがたいけれど、そうとしか説明できない。
「……えっ!?」
 一瞬、周りを見渡す彼女と目が合った気がした。その時見えた右の瞳の色は、透き通るような金色だった。
 別人、か…?
 目の色が変わるなんて、怪我でもしない限りないはずだ。
 結論を出しかねていると、彼女がおもむろに賊を指差す。すると、雷が賊を襲う。そしてその後に氷の矢が、賊の体に突き刺さる。賊は泡を吹き、彼らの血が飛び散った。
 見ていて気持ちの良いものでは無い。だから、余計にそれを作り出している彼女が恐ろしく感じられる。
 けれど不思議と、これは彼女自身では無い気がした。
 しばらく氷の矢は振り続けたが、ついには止まる。もうすでに、動ける賊はいなかった。
 彼女は一人、伏す賊を静かに見つめいる。
 
 鏡の位置を調節して、彼女がよく見えるようにした。すると、まるで気付いたように、彼女がこちらを向いて口を動かす。
『これはあなたがやった事に』
 そう言ったのだろう。僕はわずかに逡巡して、見えるはずは無いとわかっていても、首肯する。
 満足そうな顔をした彼女は、数秒後には座り込んでいた。最後に瞳の色が元に戻っていたから、きっと今の彼女は本来の自分を取り戻したのだろう。
 衛兵を引き連れたライルがその場に着くのを確認すると、僕は魔法と眼を解除して、外との繋がりを切った。だが、水面には依然として何かが映っている。
『アマリリス・クリスト。これがこの子の名前だよ。』
「アマリリス、か。」
 僕の呟いた声は、誰もいない部屋に少し響いて、消えた。
 今回はラインハルト編でした!
 長くなってしまいましたが、これは本編の六年前です。時期的には、アマリリス達の魔法学校入学の、二年前ですね。魔法学校は四年制なので。アマリリスは十歳です。
 ちなみに、魔法概念とかそこら辺については、本編でしっかり説明する予定です。
 さて、実は前話で二十話(幕間入れて)なんです! なのでこれは、二十話達成記念みたいなイメージです。
 至らない作者ですが、これからも、お付き合いのほど、よろしくお願い致します!
 ウィンドール王国の第二王子だが、表舞台に立つ事はほとんど無い。
 幼い頃に魔法を暴走させてから、表向きには"療養"という名目で、日々魔法の制御の訓練を受けている。最近ようやく、補助道具無しでも魔法を発動出来るようになり、徐々にお忍びという形でもあるが、王城から足を伸ばすこともある。
 ただ、出かけようとすると従者や衛兵など、色々な人に迷惑をかけてしまうため、あまり自分から進んで外に出たいとは思わない。書物を読んでいる方が、為になる事も多いし。
 というわけで、今日も僕は、王城の一角にある自分の部屋で本を読んでいた。
「ラインハルト様、今日は王城でお茶会が開かれるようですよ。」
「様は要らない、ライル。────どうせ、僕は出れないのだろう。」
 僕の言葉にライルが苦笑する。その時に、目尻の笑いジワがちょっとクシャっとして、彼の柔和な顔に更に優しげな印象を持たせた。
 ライルは僕の従者で、二歳年上だ。初めて会ったのは去年、僕が十歳でライルが十二歳の時。
 初めて彼を見た時の印象は、春の木漏れ日。ゆらゆらして掴めそうに無いけれど、温かさを与えてくれる、木の葉から零れる光。
 それを彼に言ったら、まさに木漏れ日のように微笑んだ。
「初めて言われました。殿下は、言葉を使うのが上手いのですかね。殿下にそう言っていただき、嬉しく思います。」
 優しい声で、そう言い添えながら。
 あの時からずっと変わらず、今もそばに居てくれるライルには、本当に感謝しきれない。
 僕は、王子だからか表面的ではなかったが、黒持ちとして恐れられている。
 僕についていたメイドや従者は、丁寧には接してくれたが、こちら側には踏み込んでくれなかった。腫れ物に触れるように、遠巻きにするだけ。
 けれどライルは、最初こそ少し距離を感じさせる接し方だったが、今ではほぼほぼ兄弟のような仲だ。
「なぁ、ライル。あの魔法を試してみてもいいか?」
「大丈夫では無いでしょうか。魔法と言っても、ほとんどを精霊がするのでしょう?」
 あの魔法、というのは僕考案のオリジナル魔法だ。
 ずっと狭い部屋に閉じ込められている身としては、新しい魔法でも考えたりしないとつまらない。なぜか、これをライルに言ったら苦笑いを返されたけれど。
 さて、魔法の内容としては、簡単に言うと遠くの景色を見るものだ。
 利用するのは無の精霊の力。無魔法は色々な事が出来る最も汎用性の高い魔法で、無の精霊は、鏡のようなものを作れる。それを使って、見たい景色を何度も鏡に反射させて、最終的に用意している白い紙に映させる、というのが、この魔法の大まかな流れだ。
 ちなみに、彼らの生み出す鏡は質量も体積も無い、魔法概念上でのみ存在するものらしい。
 ……これをライルに説明したら、「よくわかりませんが、すごい事は理解出来ました。」と言われた。図も使ったのだが、途中で止められてしまい、感想を聞いたら結局この言葉を貰った。
 僕としては特に変な事も、すごい事も、わかりにくい事も言っているつもりは、全くないのだけれど。
 ともかく、これは自分の魔力をあまり、というかほとんど使わない。
 だから、まだ魔法の制御がまだまだ甘い僕でも大丈夫、というわけだ。
「今から使ってみる。ちょうどいいし、お茶会を覗いてみる事にするか。」
「そうですか。どうせ私がやめて欲しい、と言ってもやめないのでしょうね。」
 はぁ、とライルが溜め息をつく。彼の疲れたような声に、思わず首を傾げた。
 ライルは、僕に割り当てられている塔の一室で寝泊まりしている。ちゃんと休んでいるはずなのに、疲労が溜まっているのだろうか。
「ライル、疲れているようだな。後で一緒に昼寝でもするか。」
「そういう事では、無いのですが……」
 ではどういう事なんだ、という質問は飲み込んで、僕は目の前にある自分のノートに目を向けた。
 そこには、この魔法のメカニズムを書いてある。魔法を行使する時に、より強固なイメージを持つためだ。
 『魔法は想像と創造の産物である』、というのはある高名な魔法師の言葉。
 実際に、同じ魔力を使っていても、その人のイメージ力で魔法の強さは変わる。つまり、あまり魔力を使わなくてもイメージ力でカバー出来るわけだ。逆に魔力はしっかりとした形が無いから、制御をしっかり出来ないと簡単に暴走してしまう。
 昔、僕がしてしまったように。
「ふぅ……今から魔法を使うから、暴走しそうだったら止めてくれ。」
「今から魔法を使うのをやめておく、という選択肢は無いのですね。」
 これまでに何度も繰り返した事のある会話を、また繰り返す。
 ライルはいつも、僕が魔法を使おうとすると止めようとする。
 もちろん、魔力の制御の効かない僕が魔法を行使するのは、赤子に劇毒を持たせるようなものだ。
 他人も、そして自分も傷付ける可能性がある。それは、きちんと理解しているつもりだ。
 けれど、だからと言って魔法を一切使わせてくれないのはおかしいだろう。コントロールする練習さえ出来ないのだ。
 だから僕は、一応周りの人のためにも、魔法を使いたいと主張しているのだ。
 ひょっとしたら、それがライルを疲れさせている原因なのかもしれないが、まぁ仕方ないと思って諦めて欲しい。
「始める。」
「はい。」
 ライルの返答を聞いた後、僕は魔法に集中する。
 僕は、自分の魔法で人を傷付けた事がある。あれと同じことをまた起こさないために、慎重に魔力を注いだ。
 無秩序に漂っていた無の精霊が、僕の魔力に反応して動き始める。僕が指定した位置に動いて、鏡を作ってくれていた。
 精霊魔法では、あまり魔力は必要とされない。だから、通常の魔法と比べると割と安全だ。
 もっとも、油断は禁物だけれど。
「……」
 目の前に置いてある、盆に薄く張った水を見つめた。もし魔法が成功すれば、ここに映像が現れるはずだ。
「…………あっ!見えましたよ、ラインハルト様!すごいですね、お茶会の様子が見えますよ!」
 そこに映っていたのは、数キロメートル先の、母上の庭園だった。貴族の子女らしき少年少女達が、紅茶や茶菓子を片手に笑顔で談笑をしている。
 集まっている子女は、だいたい僕と同じくらいの年齢が大半のようだ。女子は落ち着いているように見えるが、男子ははしゃぎたそうにそわそわしていた。それを見て、彼らの母親達が微笑んでいる。
 ほのぼのしている茶会のようだったが、僕は違和感を拭えない。
 しばらく映像を見ていると、やっとその違和感に気付いた。
 なぜか護衛がほとんど見受けられない。
「ライル。普通、護衛があんなに少ない事ってあるのか?」
「え?……いえ、ありません。いくら人払いをしても、最低でももう三、四人くらいはいるはずです。おかしい、ですね。」
 ライルの表情が険しくなる。
 十四という年齢ながら、僕の護衛だけでなく部屋の周りの衛兵までもを指揮する立場にいる彼の能力は高い…らしい。
 そんな彼もおかしいと言うのだから、本当におかしいのだろう。
 この場合は、どうするか。
「ライル。誰か、向かわせ……なっ!」
 僕の目に、黒い服を着たガタイの良い男達が映る。どう見ても、衛兵や護衛では無い。
 よく見てみると、彼らの剣は血に濡れていた。それに気付いた貴族の子女達が、彼らから距離を取ろうとして席を蹴って走り出す。しかし、一気に逃げ惑うからかぶつかり合って、なかなか避難が進まない。誘導する衛兵や護衛もいないから、余計に混乱しているようだ。
 もっと見ようと身を乗り出した時、急に映像に白いモヤがかかった。
「魔法の妨害ですか!?」
「いや、これは……」
 魔法概念上で鏡の位置を調節し、高いところから広めの範囲を見れるようにする。
 すると、モヤの発生源が見えた。円盤のようなものから、煙がとめどなく出てきている。
「目くらましですか?」
「そうみたいだな。…………ライル、眼を使う。」
「……は!?いや、駄目ですよ!」
 ライルは素っ頓狂な声を上げたが、僕の「眼」はこういう時のためにあるはずだ。
 僕の「眼」は、普通の目では無い、もう一つの目。
 魔法概念の世界が見えるこの眼を使う時は、周り対する警戒がおろそかになる。また、使った後に疲労のせいか倒れてしまう。だから、使う時は必ずライルに言っているのだ。
 もっとも、毎回反対されるが。
「使うから。」
「駄目です。」
「使うから。」
「駄目です!」
「使うから。」
「……はぁぁ。どうせ言っても聞きませんよね。えぇ、わかってますよ……」
 どうやら許可を貰えたようだ。
 目を閉じる。そして眼を切り替えると、瞼の裏に、白と黒だけで出来た世界が広がる。多少視界は歪んでいるが、これでも昔に比べると結構ちゃんと見えるようになったのだ。
 ゆっくりとだが眼をどんどん遠くに進めると、お茶会の広場に辿り着く。
「……逃げ遅れている貴族の子女が、六人だな。護衛は三人のようだ。」
「了解です。賊は?」
「七人だ。護衛が押されて……なっ、意識を失った!?」
 驚いて声をあげると、ライルが焦ったように質問をしてくる。
「どういう事ですか!?」
「……あぁ、そういう事か…」
 ばたばたと倒れる護衛を見て、僕は煙の正体に気付いた。と同時に、精霊を通して風の魔法を行使し、煙を吹き飛ばす。
 少しコントロールを間違えたせいか近くにあるティーカップが机から落ちてしまったが仕方ない。今は、この煙をどうにかするのが先決だ。
「眠り煙。確か、どこかの森に住んでいる獣特有の煙なはずだ。どうしてかはわからないが、きっとその煙で────」
「護衛を、眠らせた?」
「あぁ。……大変だ、貴族の方も六人中五人が眠っている。」
 どうすればいい。煙は晴らした。けれど、たった一人の子供に────しかも、女子に何が出来る。
 その女子は、色素の薄い世界だから色に関する確証はないけれど、艶やかな銀髪に、珍しい黒い瞳を持っていた。
 ピンと伸びた背筋が、賊に臆していない事を物語っている。けれど、いくら勇気があっても大の大人に勝てる訳では無い。
 よく見ると、彼女の体は震えていた。それなのに、強い光を宿した双眸は、ひたと賊を見据えている。
 
 彼女の姿は、僕に勇気を与えてくれた。今も僕を絡め取ってどこかへ引きずり込もうとしている、暗い過去を吹き飛ばしてしまうほどの。
 僕は眼を維持したまま、目を開けた。情報量の多さに倒れそうになるが、持ちこたえてライルに指示を出す。
「僕が今から遠隔魔法を使う。ライルは、賊の確保のための人員を。」
「制御は、大丈夫なのですか。」
 ライルの心配そうな声に、僕は必死に微笑んだ。
 手が震え、喉も掠れる。だが、僕は手を握って軽く咳払いをし、もう一度笑顔を作る。
 神様、今だけは大切な友人を騙させて。そして、美しいあの子を守らせて。
「大丈夫だ。────頼んだぞ、ライル。」
「……畏まりました、ラインハルト様。」
 ライルはそう言うと、一礼して部屋を出ていった。去り際に僕を気遣わしげに見ていたが、それでも僕に任せて行ってくれた。
 さて、僕は僕のすべき事をしよう。
 水面に目を向けると、さっきの彼女が未だに立っていた。両手を広げ、倒れている奴らを庇うようにしている。賊がじりじりと近づいていくが、彼女は一歩も動かずに睨みつけていた。
 と、いきなり糸が切れたように、彼女が崩れ落ちる。眼で見てみると、眠っているだけだった。
「そうか、眠り煙……」
 最悪の事態では無い事にホッと胸を撫で下ろすと、驚くべき事態が起きる。
 さっき眠ったはずの彼女が、立ち上がった。
 彼女の意識は寝ているはずなのに、どうして動いているのだ。
 眼を使ってみると、白い光が彼女の頭辺りに付いているのがわかった。
 恐らくそれが、彼女が動いている理由だろう。
 見た感じ、精霊か何かだろうか。精霊が人間に憑依して体を動かすなんて、どの文献でも見たことがないからにわかには信じがたいけれど、そうとしか説明できない。
「……えっ!?」
 一瞬、周りを見渡す彼女と目が合った気がした。その時見えた右の瞳の色は、透き通るような金色だった。
 別人、か…?
 目の色が変わるなんて、怪我でもしない限りないはずだ。
 結論を出しかねていると、彼女がおもむろに賊を指差す。すると、雷が賊を襲う。そしてその後に氷の矢が、賊の体に突き刺さる。賊は泡を吹き、彼らの血が飛び散った。
 見ていて気持ちの良いものでは無い。だから、余計にそれを作り出している彼女が恐ろしく感じられる。
 けれど不思議と、これは彼女自身では無い気がした。
 しばらく氷の矢は振り続けたが、ついには止まる。もうすでに、動ける賊はいなかった。
 彼女は一人、伏す賊を静かに見つめいる。
 
 鏡の位置を調節して、彼女がよく見えるようにした。すると、まるで気付いたように、彼女がこちらを向いて口を動かす。
『これはあなたがやった事に』
 そう言ったのだろう。僕はわずかに逡巡して、見えるはずは無いとわかっていても、首肯する。
 満足そうな顔をした彼女は、数秒後には座り込んでいた。最後に瞳の色が元に戻っていたから、きっと今の彼女は本来の自分を取り戻したのだろう。
 衛兵を引き連れたライルがその場に着くのを確認すると、僕は魔法と眼を解除して、外との繋がりを切った。だが、水面には依然として何かが映っている。
『アマリリス・クリスト。これがこの子の名前だよ。』
「アマリリス、か。」
 僕の呟いた声は、誰もいない部屋に少し響いて、消えた。
 今回はラインハルト編でした!
 長くなってしまいましたが、これは本編の六年前です。時期的には、アマリリス達の魔法学校入学の、二年前ですね。魔法学校は四年制なので。アマリリスは十歳です。
 ちなみに、魔法概念とかそこら辺については、本編でしっかり説明する予定です。
 さて、実は前話で二十話(幕間入れて)なんです! なのでこれは、二十話達成記念みたいなイメージです。
 至らない作者ですが、これからも、お付き合いのほど、よろしくお願い致します!
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