【旧版】諦めていた人生の続きで私は幸せを掴む

弓削鈴音

12話: 波乱の会議

 アイカ視点です。




 あれ、怖がらせすぎたかも。

 と、ほんのちょっと後悔する。部屋にいるほとんどのお偉いさん達は、引き攣らせた顔をこちらに向けていた。さっきまでの余裕綽々、というような雰囲気はどこかへ消えてしまったようだ。
 まぁ、面白いからいいけど。
 
 私は今まで、認識阻害魔法を自分自身にかけていた。簡単に言うと、影を薄くしていた、という感じ。この部屋にいる人達は、私がここにいるのは気づくが、大して気にも留めずにスルーしてしまっていただろう。
 それを解いたから、周りは私をしっかりと認識している。

 私は静かに椅子を立ち、部屋中をゆっくり見渡した。本当なら、王の御前で勝手に立つのは無礼なのかもしれないが、高位精霊である私に文句を言える人間なんていない。というか、いたとしても聞く気がない。

 部屋にいるお偉いさん方のひとりひとりの顔をしっかりと見て覚えた後、すぐ近くに座っている三人を見る。
 ユークライさんを見ると、なぜかこっちを見て微笑んでいた。ユークライさんってあれだ、残念なイケメンなんじゃ無いか、って思う事がよくある。能力はあるのだろうけれど、時々突拍子もない行動をよくする…らしい。あくまで噂を聞いた程度で、確証はないんだけどね。
 けれど、彼の時折見せる鋭い勘は、正直羨ましいくらいだ。

 ラインハルトは、こんな緊迫した状況だというのにアマリリスを見ていた。本当にアマリリスが好きなんだな、と見てて感じる。はよくっつけ。

 そして、アマリリス。貴族らしく表情を隠しているが、さっきから左手で左の耳たぶを触っている。これは確か、笑いを堪えている時のアマリリスの癖だ。

(後で覚悟しといてね。)

 思念会話でそう言うと、アマリリスはかすかに笑った。緊張がほぐれてよかった、という事にしておこう。

 だって、ここからが正念場だから。

『さて、では申し開きを聞こうか。』

 笑顔を浮かべてそう言うと、さっきのマイル伯爵が慌てて立ち上がった。

 マイル伯爵は、クリスト公爵領に近い場所に領地を持っている。私が彼を知っているのは、その関係もあってだ。
 どうやら彼は、ちょっと際どい領地経営をしているらしい。というのも、国が定めている各々の領主が決めることの出来る上限ギリギリまでに税を釣り上げていて、その上税を一度でも収められなかった家には、領民に命じて村八分の状態にしているそうだ。もちろんそれに不満を持った領民も多くいて、その大半は近くの領地の中で最も安全なクリスト公爵領に逃げてくる。
 だからだろうか。マイル伯爵とクリスト公爵の仲はそれほど良くない。さっき私を馬鹿にしたような発言をしたのも、私の背後にあるクリスト公爵を貶めたかったんだろうね。

「さ、先程は、ま、まこ、とに……」

『なんだ?お前は口をまともに動かす事も出来ないのか。』

 自分の冷徹な声色に、思わず、心の中で笑ってしまった。

 これでは私が、悪役じゃないか。

 もっとも、悪役令嬢を加護しているのだから、悪役と言えなくも無いのかもしれないが。

「ひぇっ。ま、まことに申し訳ございま────」

『何に対して謝っている?』

「さ、先程、高位精霊様を、こ、小娘呼ばわりしてしまいました事です。」

 だろうな、と思った。
 確かにこれにもイラついているが、本当にムカついたのは別の事についてだというのに、それを、どうやらこいつは理解してないようだ。

 マイル伯爵に目を向けて軽く睨むとと、「ひぃっ!」と小さく叫ばれた。まるで怪物でも見たような反応だ。

 小さく舌打ちをすると、私はすぐ近くのユークライさんを見た。

『この国の者は、我が怒りの原因を知らないようだな。』

「どうか、怒りをお鎮め下さいませ。我々は、高位精霊殿のお望みを聞きましょう。ただ、仰ってくだされば良いのです。」

 その言葉に、少なく無い人数が息を呑んだ。今の第一王子の発言は、私の言う事を国が聞く、という事なのだから。
 これで多分、私の力は示せただろう。私は王家をも相手取れるのだ、ってね。

 次は。

『なるほど。では、お前の言う通り言おうか。────この国の第三王子と、その愛人の首を。そしてその後、私はこの国で作物が実らないようにしよう。』

 今度は、ほとんどの人が息を呑む。そしてその後、恐怖に塗れた表情になる。それだけのことを言った自覚はあるから、特には驚かない。むしろ、アマリリスの方が驚いているみたいだ。

 天災の高位精霊が、アマリリス愛し子を害した者の処罰を望む。

 よくある事だろう。

 愛し子────精霊が極上の加護を与えている人の子────を傷付けられた精霊が、傷付けた者に報復をする。
 これは精霊が存在するこの世界で、何回も何回も繰り返されて来た。その度に人間は愛し子の重要性を理解し、愛し子を保護するように互いに呼びかけた。もっとも、すぐに彼らはそれを忘れて同じ過ちを犯すのだが。

 この国・・・は、決して他のものに代えられない、大切なアマリリスを傷付けたのだ。
 他の精霊達よりも、私はよっぽど怒っている。だから、ああいう発言をした。

 シン、と音がこの部屋から消える。
 ほとんどが青ざめた表情で、他の人の顔を伺っていた。どうせ、自分が被害を被りたくないからと、人任せにしているのだろう。

 本当に、反吐が出る。

 うんざりして、私は溜め息をついた。

『はぁ……黙っていれば、私の怒りが治まるとでも思ったのか?信じられないな。もうこの国に、アマリリスを置いておくことなどできない。さっき言った通りにするぞ。』

「……アイカ、わたくしはそこまで望んでいないわ。」

 誰も何も言わない、息の詰まるような静寂を破ったのは、渦中の人、アマリリスだった。
 その声はひどく震えているし小さかったが、全ての人の鼓膜を叩く。

 部屋中の期待の視線がアマリリスに向けられた。
 アマリリスはそれに気づいているのか、はたまた気づいていないのか。わからないが、彼女は顔を上げると、真っ直ぐと私を見た。

「確かにわたくしは、婚約を破棄されて辛かったわ。けれど、そんな事をしたら、私より辛い方達が出てくる。それは、嫌なの。」

『そう。』

 どうして、この子はここまで優しいのだろう。
 この国は、今まで彼女を迫害してきた。黒持ちだとかなんとか言って、直接的にも、間接的にも彼女を蝕んでいった。親類以外は誰も彼女に手を差し伸べようとせず、それに加担するかただ見ていただけだった。
 だというのに、アマリリスはそんな彼らを助けようと、声を上げた。

 まぁ、なんというか。

(アマリリス、あれは嘘だから。はったりだから。)

(……え?)


 アマリリスは困惑しているようだ。顔には出さないが、私に訝しげな視線を送ってくる。
 本当に不思議だ。私とアマリリスは、本当に同じ記憶を持っているのだろうか。私はゲス過ぎるし、アマリリスはいい子過ぎる。

『では、二人の首だけで許そう。』

「アイカ!?」

 アマリリスが、その綺麗な瞳を大きく見開く。見入っていたら何時間もすぐに経ってしまいそうな、美しい瞳だ。
 だから、馬鹿にしているやつらに対して、正直哀れみまで覚える。綺麗なものを綺麗と言えないやつは、心が貧しいんだろう。

 内心イライラしていると、周りがだんだん騒がしくなってきた。
 まぁ、そうだろう。今のは流れ的に、両方止める感じだったもんね。アマリリスも、私の発言に驚いたような反応をしているし。

「第三王子殿下はどうなるんだ?」「いや、しかし王族だぞ?」「高位精霊殿の怒りを鎮めるには……」

『アイカ〜、わたしたちも出てっていい?』『駆逐』『制裁を加えるわ!』

 精霊達も騒ぎ出す。今、彼らは人間からは見えないようにしているが、実はそこかしこにいる。正直、見える身としては鬱陶しい。
 下位精霊達は、自分では姿を見せる相手をコントロールできない。けれど、一応精霊の中でも力がある方の私なら、そこまで多い数でなければコントロール出来たりするのだ。

『はいはいうるさい。私に任せるって言ったの誰?』

 精霊だけに聞こえる声で話しかけると、精霊達は水を打ったように静かになった。
 精霊の方が、よっぽど貴族よりも素直だ。全員が大人しくことの成り行きを見守るように、部屋の隅の方へ移動する。

 まぁ、依然として会議室はカオスだけど。

「第三王子殿下の行動は目に余る!」「第三王子派の行動も信じ難い」

 まじかよ。派閥争い持ってくんな。余計面倒なことになっちゃうじゃん。
 確か、今の王宮は複数の派閥に分かれているはずだ。第一王子派、第二王子派、第三王子派、王女派などとエトセトラ。そういった大まかな、王位継承権を持っている王族の派閥の中にも、更に細かく、穏健派や過激派などと分かれているらしい。

 いい加減嫌になって宰相に目配せすると、彼が部屋中の人々に呼びかける。

「静粛に。陛下がお話しになられる。」

 あれ?てっきり、宰相さんが話すと思っていたのだけれど。

 今まで何も話さなかった寡黙な王が、やはり黙ったまま立ち上がる。たったそれだけなのに、全員が口を閉じた。

『何か言いたい事でも?』

 さてはて、王サマはどっちの味方だろうか。
 一応、ユークライさんやラインハルトを通して今日のこと・・・・・の打ち合わせをしたりはしたものの、明確にこちらに味方するとは一度も言っていない。

「言いたい事、か。」

『あぁ。』

「……正直に言わせてもらおう。愚息を処刑しても、この事態の真の解決には至らないだろう。」

『へぇ。』

 面白い。ひょっとしたら彼は、私が掴んだ真実を知っているのかも。
 少し楽しくなってきて、口角を釣り上げる。この国の、全員が腐っているわけではなかったようだ。まぁ、彼なら大丈夫だとは思っていたけれど。

『まぁ、否定はしない。だが、私の愛し子が傷付けられた事実は消えん。それはどうする?』

「代わりに、第二王子を婚約者とする。」

『それだけか?』

「他の事は、おいおい知らせよう。」

『三ヶ月以内だ。生半可な気持ちで謝罪をしようとするなよ。』

「了解した。私が信頼する者にやらせよう。後、一週間ごとに、報告書を送らせる。」

『わかった。不備があれば、その都度指摘させてもらうが。』

「構わない。」

 ぽんぽんと私達の間で言葉が飛び交うのを、ポカンして部屋中の人々が見ている。
 その間抜け面に、思わず笑いそうになってしまう。
 あぁ、まだ自分達が舞台の上で踊らされていた事に気づいてないみたいだ。特にマイル伯爵など、唖然とした表情で私と王の間で視線を行き交いさせている。

『あぁ、一つ言わせてくれ。第三王子から王位継承権の剥奪、そして爵位の剥奪も。』

「了解した。」

 一部の人が悲鳴をあげる。きっと第三王子派の人間だろう。
 これで、第三王子に付くメリットは消えた。さて、彼らはどう行動するか。
 まぁ、何が起きようと私に興味はない。アマリリスを傷つけたやつがちゃんと報いを受ければ、それでいいのだ。

『もう一つだけ。これで最後だ。』

 王が視線で続きを促す。軽く頷くと、私はゆっくりと言った。

『私は第三王子サーストン・ウィンドールも、ララティーナ・エストレイも許していない。これからも許さない。それを覚えておけ。』

 これだけ言い残すと、後は誰とも視線を合わさずに、私は席から離れた。
 扉へ向かって歩いていくと、後ろからユークライさん、ラインハルト、そして新しい婚約者にエスコートされているアマリリスが付いてくる。
 扉の前に立つ衛兵が一礼をして、扉を開ける。一瞬、外から入ってくる眩しい光に目を細めた。

 今回の結果は、まぁ上々だったといえるだろう。アマリリスを攻撃しようとしていた貴族に対する牽制も出来たし、私の存在を知らしめることが出来た。
 これ以上は難しかっただろうから、ひとまずは満足している。
 けれど、これで終わりではない。

 アマリリスを、絶対に幸せに。

 今一度、そう強く誓って、私は部屋を出た。
 どうしてか振り払えない、嫌な予感を胸に抱きながら。

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