【旧版】諦めていた人生の続きで私は幸せを掴む

弓削鈴音

6話: 諦めていた人生の先で

「顔をお上げなさい。」

 王妃様にそう優しい声で言われては、拒否する事は出来ない。ゆっくり顔を上げると、王妃様が微笑んでいらっしゃる。
 昨夜の第三王子に対する対応と違って、とても優しそうな声だった。

「まずは座りましょう。立ち話もなんですものね。」

 そう言って王妃様は、自らが座ったソファの反対側の席を勧めてくださった。私がそこに座ると、アイカが楽しそうに付いてくる。第二王子は私にとって右側の、第二王子は左側の方へ、机の四方を囲むように座った。

 つい流れで座ってしまったのだが、王族の方々と同じテーブルを囲っていることに、どうしても緊張してしまう。
 公爵令嬢という、貴族の中では最も王家に近い立場といえるのだが、貴族と王家の間には超えられない隔たりがある。私はあくまで臣下に過ぎないのだ。

 だというのに第一王子は、あまり深くないとはいえ、私に対して頭を下げた。

「で、殿下!?」

「まずは、弟が────サーストンが君にした行いに対して謝罪をさせて頂きたい。」

 第一王子はそう言うと、一枚の紙を差し出す。それを見て、私は思わず目を見開く。
 そこには、第三王子が行った婚約破棄に関する、王家からの謝罪文が書いてあった。

『正式な謝罪文かー。……たかが一枚の紙切れで、私の怒りが収まると思う?』

 アイカがそう尋ねた。笑顔を浮かべているが、やっぱり目は笑っていない。
 ただ、周りの精霊達も騒ぎ始めていないのは幸いだ。きっとアイカ一人に任せているのだろう。

 というか、アイカは"たかが一枚の紙切れ"と言ったが、一介の令嬢―――爵位を持っているとしても―――に対して、王家が正式に非を認め謝罪するというのは、普通なら考えられないことだ。
 それに、私は悪役令嬢。本来なら断罪されている立場なはずなのに、何がどう間違ったら、謝罪をされるというのだろうか。

「アイカ、私は大丈夫だか────」

「わかっています、高位精霊殿。ですからこれです。」

 私の言葉を遮って発言した第一王子が、違う紙を差し出す。
 そこに書いてあったのは、私と第二王子の婚約についてだった。

「えっ、ちょ、っな!!」

『オッケー。いいよ。というか、むしろ歓迎かな。────それよりさ、ユークライさん、だっけ?サーストン第三王子に対しては何も無いの?』

 どうして婚約に反対してくれないの!!

 心の中で、そうアイカに叫ぶ。別に、第二王子が嫌いなわけではない。けれど、けれども、あまりにも早急すぎるだろう。
 昨夜、初めて言葉を交わしたばかりの相手だ。どこかドキッとするような気持ちがないといえば嘘になるが、それでも婚約なんて、正直考えられない。
 顔が赤くなっていないか、それだけがすごく心配で、私は思わず俯いた。

 けれど、次に耳に入った言葉に顔をバッと上げてしまう。

「第三王子からは、王位継承権を剥奪します。同時に、彼の領地であるグーストをアマリリス嬢に譲渡する予定です。」

 グーストは、大地の精霊の加護を受けた土地だ。肥沃な土壌のおかげで、毎年豊作らしい。
 そんな土地を、未成年の令嬢ごときにあげていいのかしら?と内心思う。
 ちなみに、この国では十八歳からが成人だ。

『わかった。あと、結婚式の費用は全部そっち持ちね。』

 けれど、アイカの言葉でそんな疑問は飛んで行った。

「「け、結婚式!?」」

 私と第二王子の声が重なる。けれど、知らん顔でアイカと第一王子は話を続けていく。

「もとよりそのつもりですよ。他には何か?」

 もとよりそのつもり、って。
 まさか、もう結婚式の準備が始まっていたりするのだろうか?昨日の今日で?

 王家の結婚式は、国にとっても重大な行事だ。
 大抵、王子や王女の婚約者は小さい頃から決まっているため―――そう、私と第三王子がそうだったように―――結婚式の用意は、実はかなり前から進めることができる。いや、進めることができる、というか、進めないと終わらない、だろうか。
 王家の結婚式はかなり長く、新郎新婦はその長い式典の中でやらなくてはならないことや、言わなくてはならない台詞がたくさんある。それを暗記するだけでも数ヶ月かかると言われていて、それだけでなく、式に使う国花である花を大量に購入したり、招待客に振る舞う料理の仕込みを何ヶ月か前から行ったりと、本当に準備が多い。

 確かに、私は元第三王子の婚約者だからそういったことの基本は理解しているが、それでも難しいのではないだろうか。それに、婚約破棄されたという"傷"を持っている私が兄王子の婚約者になるなんて、醜聞になる気がする。

 と、結婚式反対の理由を考えていたら、またまたアイカが爆弾を落とした。

『他に、ね………ある。ヒロイン…じゃなかった、ララティーナ・ゼンリルに謝罪を。』

 アイカのその言葉に、第一王子は溜め息をついた。こめかみを揉んでいるところから察するに、何か面倒なことでもあったのだろう。

「それがですね。サーストンが彼女を庇っているのです。いわく、俺達は間違っていない、謝罪をするのはアマリリス嬢の方だ、と。」

『…………はぁ?死にたいのかっての。今すぐ殺しに行ってくる────』

「だ、駄目よ!!」

 不穏な事を言うアイカを、慌てて止める。なんだか今の彼女を行かせたら、恐ろしい事になる気しかしない。
 私の方を見ると、彼女は不満げに眉を顰めた。

『あいつらは、あんたを害そうとしたんだよ?なのに、自分達は間違っていないって…』

 アイカの周りで風が巻き起こる。すると、それに触発されたように、精霊達が騒ぎ始めた。

『ぶっ殺す!』『死刑』『やっつけちゃえ〜』

「駄目よ!確かに憎い気持ちもあるけれど、法で裁いてもらうわ!だから抑えて、お願いだから。」

 必死にお願いすると、精霊達は落ち着いてくれた。『アマリリスが言うなら』と納得してくれたようだ。アイカも、『ひとまずは』と渋々やめてくれた。すごく不満そうだったが。

 とりあえず、ヒロインが殺されるということは回避できたようだ。別に、彼女のことは全く好きではないし、むしろ苦手だというのが正直な気持ちだが、死んでほしいと思うほど恨んでいるわけではない。

 不思議と、第三王子とヒロインに対して、死んでほしいなどと思うことができなかった。ゲームの中では、悪役令嬢の"アマリリス・クリスト"は「二人とも、地獄に落ちて死んでしまえ!」みたいな捨て台詞を言っていたのだが、不思議とそんなことを言おうと思えない。
 もっとも、お幸せに、なんて祝福は出来ないが。

「それで、今サーストンを説得しているところです。ですが、かなり時間がかかるかと。」

『ふーん。ララティーナの方は?あいつだけでも謝らせるのは無理なの?』

 アイカの質問に、第一王子は首を横に振って、またまた溜め息をつく。お疲れなんだろうな、と思った。つい昨日の出来事なのに。
 よく見ると、薄っすらとだが、第一王子の目の下に隈がある。昨夜、おやすみになられていないのだろうか。

「ララティーナ・ゼンリルなのですが……逃げました。」

『……ほんと?』

「はい。王城はくまなく捜索し、今王都でも捜索が行われているのですが、まったく足取りが掴めず。」

 逃げる、と言ってもこの王都に逃げ込む場所なんてあるのだろうか。確か、ララティーナは地方の子爵家の令嬢のはず。逃げ込めるのは、魔法学校くらいなのではないか。

 魔法学校は、王城を中心に造られた王都の中心部に位置する。昨晩のパーティー会場も、広大な魔法学校の敷地の中だ。会場から王城へは馬車で二十分ほどだけだが、敷地全体を回ろうとすると、馬に乗ってでも半日はかかると言われている。
 ともかく、魔法学校はとてつもなく広いのだ。

『魔法学校は?』

「もちろん調べています。ですが、生徒達の邪魔にならないように、となると難しく…」

 最高学年である私達四年生は卒業したが、他の三学年の生徒はまだ学校がある。生徒数はかなり多いので、捜査は確かに大変だろう。

「話に入ってもよろしいですか?」

 卒業したばかりの母校を思い出していると、第二王子がそう声をかけた。話が一段落するのを待っていたようだ。
 弟のその様子に笑みを浮かべると、第一王子は軽く頷く。第一王子は第二王子とは違い、少し薄い色の金髪に青い瞳を持っている。噂では、父親である王様の遺伝らしい。

 それにしても、第二王子は一体何を仰るつもりなのだろう。
 いや、半分くらい予想がつく。そしてそれは、アイカと第一王子にも共通しているようだ。

「では。────僕とアマリリス嬢は会って日が浅い。それなのにもう結婚など、早急すぎると思うのですが。」

 私は彼の主張に激しく同意だ。深く頷くと、第二王子と目が合う。
 その瞬間、私は思った。二人で抗議すれば、どうにかなるかもしれない、と。

「そうか?」

『そうかなー?』

 第二王子の主張に、二人が揃って首を傾げる。きっとそんなつもりは無いのだろうが、少し白々しいように思えた。
 心の中でアイカに、後で覚えておいて、と念を送る。
 アイカはそれに気づいたように私の方を向くと、満面の笑みを送ってきた。

「お前は一国の王族だ。国のための結婚だぞ?まぁ、今のところは婚約だが。」

『国力を強めるために、クリスト公爵家との結びつきを強めるべきだと思うけど。あと、善は急げ、って言うし。』

「うっ……」

 二人の反論に、第二王子は言い返せなくなってしまった。私も言い負かされそうだが、二人に言いたいことを言わせてもらいたい。

「ですが、今すぐ結婚式というわけでは無いでしょう?でしたら、なんと言いますか、考える期間を頂いても────」

『じゃあ、二人でデートでも行ったら?』

「それはいいですね。国民に、ラインハルトの回復した姿を見せるためにも、街へデートに行ってもらいましょうか。」

『それいい!ついでに、グーストにも行ってもらおっかな。視察というやつ?』

 ワイワイと、楽しそうにアイカと第一王子が意見を交換する。時折「手を繋ぐ」だの「キスをする」だの不穏な言葉が聞こえてくるのだが…

 どうしてこうなってしまったんだろう。
 結果的には第二王子と私は負けた……のだろう。きっと結婚式も行われる。けれど、私はなぜか嫌では無かった。というか、実を言うと嬉しいくらい。


 盛り上がる二人と、それを微笑みながら見ている王妃様と、必死に止めようとしている第二王子を見ながら、私は人生を変えた出来事に思いを馳せていた。

 婚約者に婚約解消を言い渡されて、自殺未遂をし、元婚約者に殺されかけ、自分の前世の事を知り、新しい婚約者はとても美しい方で、そしてその方とデート……


 諦めていた人生の先には、思ったよりも楽しいことがありそうだ。ちょっと、不安だったりする事もあるけど。

 きっと私は、諦めた人生の先で、幸せを掴めるだろう。

 根拠は無いけれど、私はそう強く感じた。











 いいねをして下さる方々!モチベが上がっています。ありがとうございます!!
 これからも、頑張って更新していきたいと思います。どうかお付き合い頂けると幸いです。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品