異世界モンスターブリーダー ~ チートはあるけど、のんびり育成しています ~

柑橘ゆすら

ソータ、溶ける



 異世界アーテルハイドは夏真っ盛りであった。
 庭の木に止まったセミたちが嫌がらせのように合唱中である。

 俺こと、カゼハヤ・ソータは風通りが良好な屋敷の縁側の部分で死んだように倒れていた。


 暑い。
 暑すぎる。


 まったく! これだから異世界は嫌なんだ!

 俺のようなゲーマーには、我慢できない環境であった。

 前回の竜王女クルルとの戦闘で、俺たち一向は1億コルという大金をゲットしたわけだが――。
 どんなに大金を叩いても、この世界では部屋の中にクーラーを設置することすらできはしない。


「ソ~タ~。いつまでグータラしているのよ~。こんなんじゃ、魔王討伐なんて夢のまた夢よ~」

「その格好で言われてもなぁ……。全く説得力がないぞ」


 俺の隣で溶けたように転がっている美少女の名前はアフロディーテ。
 金髪碧眼でスタイル抜群のアフロディーテは、美の女神を自称するだけのことはあって非の打ちどころのない容姿をしている。

 古臭い表現を借りるのならば、ボンッキュッボンッな感じである。
 そんな美少女がラフな部屋着で寝転がっているんだ。

 普段ならエロい気持ちの1つでも湧きそうなものだが……。
 とにかく今は暑すぎてエロい気持ちも湧き上がらなかった。


「ご主人さま。お背中、よろしいですか」


 片膝を付いて、かしこまった態度で俺に声をかける美少女の名前は、キャロライナである。 

 銀髪赤眼でスラリとしたスタイルのキャロライナからは、アフロディーテとは種類の違う妖艶な色気が漂っている。

 流石はクールビューティー。
 うだるような暑さの中でもキャロライナはピンピンしていた。


「ウォーターストーム」


 俺が背中を向けた次の瞬間。
 聞き覚えのある魔法の呪文を口が聞こえてきた。

 キャロライナの掌からは小さな氷の粒が含まれた風が吹き始める。


 スゲー! 
 スゲーよ! キャロライナ!


「い~き~か~え~る~」


 マジで涼しくなってきた!
 氷の粒が当たって少しだけチクチクするのが、難点ではあるが、十分に我慢することはできる。


「喜んで頂いて何よりです。魔法の威力をコントロールする訓練を積んでいて正解でした」

「ちょ!? ソータばかりズルいわよ! アタシにも寄越しなさい!」


 キャロライナの魔法の範囲は、ちょうど人間1人分くらいである。
 涼しい風を嗅ぎ付けたアフロディーテは、俺の体に密着して、キャロライナの魔法を横取りする。


「えへへ。えへへへ。涼しいわ~」

「グッ……! この、ぐーたら女神が! 風泥棒!」


 むぎゅううううっと。
 柔らかい体を押し付けながらも風を横取りするアフロディーテ。

 普段ならエロい気持ちの1つでも湧きそうなものだが……。
 とにかく今は暑すぎてエロい気持ちも湧き上がらなかった。

 ごめん。
 少しだけ話を盛った。

 本当は少しだけ湧いてきたが、今は体を冷やすことの方が優先順位が高い。


「少しだけ魔法の範囲を広げますね。この技は大変、集中力を必要としますので、長くは続けられないのが難点なのですが……」


 キャロライナは申し訳なさそうに説明すると、涼しい風の届く面積を器用に2人分に広げてくれた。

 あ~。
 気持ち良いわ~。

 相変わらずにキャロライナは有能過ぎる。
 どっかの女神さまにも爪の垢を煎じて飲ませてやりたいところである。


「――キャロ。もうお前は、ずっと俺の傍にいてくれよ」


 異世界で持つべきものは、有能なメイドである。
 キャロライナがいてくれればクーラーのない異世界の夏も、余裕で乗り切ることができるような気がするんだよな。


「~~~~ッ!」


 すると、そこで不可解なことが起こった。
 どういうわけかキャロライナの顔色がトマトのように赤くなり、思わず体がのけ反るほどの強風が吹き荒れたのである。


「ぐはぁっ!」
「ふぎゃっ!」


 いてぇ! いてぇ!
 な、なんだこれは……!?

 野球ボールサイズにまで大きくなった氷の礫が俺とキャロライナを強襲する。


「――も、申し訳ございません! この魔法は非常に繊細なコントロールを必要としまして。ご主人さまの発言が嬉し過ぎて、つい集中力を乱してしまったのです」


 えーっと……。
 俺の発言のどこに喜ぶような要素があったのだろうか。 

 魔法に失敗したキャロライナは、明日にでも世界が滅びるかのような、絶望感溢れる表情をしていた。 


「こ、こうなったからには覚悟はできています。ご主人さま。このナイフで私の首を掻き切って下さい!」


 どうしてそうなる!?
 慕ってくれるのは嬉しいのだが、キャロライナの忠誠心は、時々妙な方向に暴走してしまうから困る。


「そんなに暑いのなら、いっそのこと海にでも行ったらどうっスかね」


 俺たちの方を見て、そんな提案をする少女の名前は、シエル・オーテルロッド。
 身長150センチほどの小柄な体躯のシエルは、マスコット的な可愛さを有している。

 今現在。
 俺はシエルに対して『とある道具』を作ってもらっている最中であった。


「シエル。今なんと……!?」

「ええと。だから海ッスよ。こういう暑い日は、パァッと水浴びをするに限るじゃないッスか」


 どうしてこんな簡単なことに気付かなかったのだろう。 

 そもそも俺のような、非リア充には、暑いから海に行こうっていう発想自体がなかったよな。うん。

 これまでの俺は、暑い日は、いかにしてクーラーの効いた部屋に閉じこもるか? ということばかり考えていた。

 だってそうだろう? 
 男1人で海に出かけても、楽しいことなんて何もないからな。

 だがしかし。
 異世界に召喚されてからの俺は違う!

 今の俺には一緒に海に行ってくれそうな可愛い女の子たちが沢山いるではないか! 
 水着姿の美少女に囲まれたビーチは絶対に楽しいに決まっている。


「よっしゃ! 明日は海に行くぞ! 今月は避暑強化月間だ!」


 そうだよ!
 1つ俺は思い違いをしていた。 

 たしかに夏には嫌なことが沢山あるが、辛いだけの季節ではない。

 水着姿の女の子を見れたり、水着姿の女の子を見れたりして、楽しいことも一杯あるはずだろう!

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