失恋物語《ストラテジー》

美浜

第8話  寮のおばちゃん


 いつも通り寮を出て学校に登校しようとしたら、管理人に出会った。


「あら、いつも早いわねえ。ちょっと頼み事きいてくれるかしら?」 

「あ、中野さん。おはようございます。俺にできることなら大丈夫ですよ」


 中野さんは俺が住んでいる寮の管理人で成人済みの子供がいる、優しくも厳しいおばさんである。


「私、今から出掛けなくちゃいけないんたけど、みんなに今日の放課後すぐに部屋のチェックするって伝えてくれる?」

「はい分かりました。任せてください」

「いつもありがとうね~。おばさん、助かっちゃうわ。······それと、女子寮に行きたかったらこっそり教えてね。特別に行かせてあげるわ」


 そうして、少し急ぎ気味で寮を後にした。
 最後の方は小声で、苦笑いをするしかなかった。
 たぶん、アンリのことについて気を遣ってくれたのだろう。

 
 部屋のチェックとは部屋の清掃と、変な物がないか中野さんが確認をするものだ。

 このチェックでは毎回、色々な男子がベッドの下などに隠している本を没収されている。
 俺には関係ないことだが。

 てか信用されてるのか、ぱっと部屋を見るだけで俺の部屋のチェックは終わる。
 普段から掃除はまめにしているから清潔さには自信がある。


 そんなわけて、お年頃な男子高校生にはなかなかの難所となっているのが、この部屋チェックだ。





「なんだと!! 今日あるのか?」

 
 教室に絶叫が響き渡る。
 例によってあの面倒くさい新聞部員だ。

 彼の拡散力は目を見張るものがある。

 たちまち俺が伝えた情報はクラスを越え、学校全体の男子生徒に広がっていく。


「やべっ! 俺いま、部屋に本を置きっぱなしだ。死んだ......」
「よし、今日はロッカーに置いていくか」
「······」

 
 反応は人それぞれ。
 中には悟りを開いているやつもいる。


「はぁ、またやるのね。本当に男の子ってエッチな本、好きよね」

「まぁ、しょうがないだろう」


 男なら持っていたって不思議ではない。
 それが男の性ってやつだ。


「もしかして······優人も持ってるの? おっぱい大きなお姉さんのいやらしい本」

「俺は持ってねえよ」

「そうなんだ。じゃあ、思考を変えて小さいおっ──」

「それもない」


 期待を込めた瞳で俺を見つめるな。
 反応に困るだろ。




 本日最後の授業が終わった。
 そのままホームルームが始まり、手短に連絡事項を話すと放課後の時間がやってくる。

 普段はダラダラとだべっている男どもは我先にと教室を後にする。
 そんな中で俺は悠々と帰り支度を済ませ、一人下駄箱へ向かった。


 下駄箱のところではアンリがいつものように俺のことを待っていてくれた。


「悪い、遅かったか?」

「いえ、大丈夫ですよ。今来たところなので」


 よく聞くベタな会話を交わす。
 
 これはアンリから希望されたからだ。
 デートの待ち合わせの定番のあれをやってみたいです。ってな。 

 普通に休日にデートでもすればいいのにって思った。
 なぜ下駄箱なのだ......



 帰宅途中の話題は今日一番のトレンドとも言える、部屋チェックについてだった。
 

「さっき、下駄箱で待っていた時に男子がものすごい勢いで帰っていったんですけど、今日は何かあるんですか?」

「ああ、そうか。アンリは一年生だから知らないのか」


 俺はアンリの部屋チェックについて説明した。


「あ~そういうことですか。でも、先輩は急がなくて大丈夫なんですか?」

「別にやましいものはないしな。それに俺はもう顔パスみたいなもんだ」 


 普段から綺麗にしている俺には怖いものはない。


「ふーん。じゃあ、今度先輩の部屋を家宅捜索してもいいですか?」
 
「別に構わないけど、面白い物なんて何もないぞ?」

「いいですよ。じゃあ、適当な時にお邪魔するので見られたくないものはちゃんと片付けておいてくださいね。ということで、また明日です先輩」


 ちょうど男子寮に着いたのでアンリとはここで別れる。
 
 そして俺は騒がしいこの建物の中に入る。


「加賀美! ちょっといいか?」


 早速話しかけられる。
 もう諦めろよ。無理なものは無理だ。


「ちょっと本を預かってくれねえか?」 


 あぁ、そういうことか。
 なんで紙袋を持っているのかと思ったら、その中に本を入れてるのね。


「済まないけど俺、ちょっと中野さんに用があるから。人間諦めも大事だぞ」  


 周りを見てみると、こいつと同じ考えなのか多くの生徒が紙袋を持っていた。
 牽制の意味も込めて、それらの人たちに聞こえるようにわざと大きめの声で言う。


「加賀美の部屋は一つ空いてるからそこに置くくらいいいじゃないか!」


 そうだそうだ、と周りのやつらが同調してくる。
 確かに俺の部屋は一つ空いている。
 
 学生寮にしては珍しくうちの寮は2DKの間取りで、寮に住んでいる男子は奇数人のため俺は二人部屋を一人で独占している。

 普段なら頼み事くらい聞くのだが、ついさっきアンリに釘をさされてしまってなぜだかここで受け取ってはならないと直感で感じた。


「関係ねえよ。じゃあな。グッドラック」


 俺はそのまま一度寮を出て、近くのコンビニで時間を潰した。

 
 しばらく時間が経った後に再び寮に戻ってくると、多くの生徒の落胆した様子が見受けられる。
 それと積み上げられた段ボールの数々。
 
 十にも及ぶその箱はおそらく没収品の本などが多く入っているのだろう。
 そして、その多くはゴミとして処理されることとなる。


 俺は男たちに同情しながらもさっさとその場を通り抜け、自分の部屋に引きこもった。







 


 

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