少年暗殺者は異世界で暗躍す

結月楓

選択肢

「俺達のとれる選択だって?」
「そうだよ。君たちの味方となったボクから提案できる選択肢を与えるよ」

 道化師は不敵な笑みを浮かべる。
 あくまで主導権をこちらに握らせないつもりだろうか。

「まあいい、聞かせてくれ」
「一つ目はさっきも言ったけど町民になることだね。農業をしたり商いを始めたりする必要があるけど、魔王軍と戦わなくてすむから命の危険は少ないよ。そして二つ目は王直属の兵士になることだよ。さっきは前線に行けと言ったけど、ボクがなんとか上手くやって内務や訓練を行う部署に手配してあげるよ、君たちの味方になったわけだからね、ウシシ。この二つのうちどちらかを各々が決めることだね」
「わかった。後は俺達で相談して決めるから、一度どこか落ち着けるところに案内してくれないか?」
「そうだね、君たちの行く末を決める大事なことだから少しは時間も必要だろうね。奴隷交易所の客間を貸してあげるからついてきて」

 総勢二十名にもなる俺含めたクラスメートが道化師の後をついていった。


 ◇ ◆ ◇ ◆


 道化師に案内された先は、驚くほどに豪華な宝石で装飾された大きな客間だった。
 奴隷商というのはよほど羽振りが良いらしい。

「ここでどうするかよく考えると良いよ。一時間もしたらここに戻ってくるから、一人一人結論を聞かせてね。あ、そうそう、ボクの名前はエマっていうんだ。何かあったらエマと呼んでね、ウシシ」

 そう言い残して道化師ことエマは客間から姿を消した。
 エマが姿を消した後も依然としてクラスのみんなの表情に緊張が残っている。

「色々と勝手に話を進めてしまってすまない。でもこれで奴隷にされるという最悪の事態は防げたわけだ。で、みんなは町人と兵士のどちらを選択するつもりだ?」
「それは勿論……町人よ!」
「僕は兵士かなぁ」

 クラスの女子はほとんどが町人にすると言っている。
 男子は町人と兵士が半々くらいだった。
 
「……これは俺からの提案なんだが、みんなで兵士を選ばないか?」

 クラスメート、特に女子からは何を言っているのという声が飛んできた。
 彼女らの怒声のような抗議を抑えて俺は弁明する。

「聞いてくれ、理由はちゃんとある。……俺はあの道化師、エマのことを信用していない。奴隷商をやっているような奴なんだ、信用できるわけがない。仮に俺たちが町人を選択してバラバラに暮らすようになったとしたら、個別にさらって奴隷の身分に落とすというようなことを考えてもおかしくはない。その点兵士は集団行動が基本だ、これならエマも迂闊に手出しはしてこないと思う」

(というのは半分本当だが半分嘘。王国の中枢に近い兵士になって早いとこ権力ちからを得るには動かしやすいクラスメートが必要なので詭弁も必要だ)

 俺が説明していると、クラス投票でミス1-C組に選ばれたとりわけ人気のある女の子、榎本えのもとさくらが口を挟んできた。

「あの、佐伯君? それならみんなで町人を選んで一緒に生活するのでもいいんじゃない?」
「……それは駄目だ。何故なら俺は兵士を選ぶからだ、俺じゃなきゃみんなを守ることはできない」

 場の空気が固まった。
 クラスでお調子者の生田いくたがいつものように空気の読めない様子で会話に割って入ってくる。

「運動神経の良い岩瀬とかが言うならわかるけど、佐伯じゃ頼りないぜ。あまりかっこつけてるんじゃないよ?」
「…………」

 俺は無言になって少し考えた、この場で俺がみんなを守れることを証明する方法――少々危険だが手っ取り早い方法がある。

「みんな、これから見ることは他言無用だ。エマに知られると警戒される恐れがあるのでな」
「は? もったいつけてないで話せよ」

 生田は苛立たしそうな様子で声を荒げた。
 いいだろう、一瞬で黙らせてやる。

「『ステータスオープン』」

 俺のステータスがみんなの前に表示されると、室内はざわつき始めた。

「どうなってんだ、俺の倍どころじゃねぇ」
「なんであの昼行灯ひるあんどんの佐伯が?」
「これ、岩瀬君よりもずっと上じゃない!?」

 クラス全員が俺のステータスを見ていることを確認したあと、俺は一呼吸おいてから説明をはじめた。

「俺は今まで黙っていたのだが、暗殺家業を担ってるんだ。だからそれ相応の訓練は積んできた。やろうと思えば……そうだな、この場にいる全員を三分以内に殺せる」

 実際には三分もかからないだろうが、あまり現実離れした数値を述べると信じてもらえるものも信じてもらえなくなるだろう。

「――口ではなんだって言える! それにステータスだってバグってるのかもしれないだろ!」

 俺が仕切っていることが気に食わないのか生田は尚も噛みついてくる。

「いいだろう、生田。右腕と左腕どっちが好みだ?」
「なにいってんだこいつ!?」

 生田が喋り終えるよりも早く、俺は生田の後ろに回り込んで両手を羽交い絞めにした。

「答えるのが遅いぞ。罰として両腕だ」
「――がはっ。いつの間に!?」
「俺は人前で暗殺術を見せることは好まないんだ、これくらいで許してくれるか?」

 クラスメートの視線が、羨望から恐怖の入り混じったものに変わったのが分かった。
 見せ方が少し悪かっただろうか。人心掌握術をもう少し学ぶ必要があるかもな。

「と、まあ俺の力は分かってもらえたと思う。そのうえでどうするかを考えて欲しい。エマを信用するか俺を信用するかの二者択一だ」

 ここで客間の時計が鐘の音を鳴らす。
 部屋に入ってから丁度一時間が経過しようとしていた。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品