最強チートより、金が欲しい。

kurun

第二話 お金が足りません、ぼくに対する優しさも足りません。


「はあああっ!? ゴブリンと戦った!?」

「……まあ、はい」

 ぼくはアルティーニさんの豊満な尻を感じながら、もう一度腕立て伏せを行う。血管が何本か切れてしまったのではないかと本当心配になるくらい痛めつけられた両腕にムチを打つように。

 ここは冒険者ギルドが運営し管理している、訓練場。ここでぼくはちょうど二日前から冒険初心者講座を受講している。

「何を生き急いでんのさ。きみにはあたしと違ってもっと明るい人生が待ってるはずやろ? うっかり命を落としてしまったらどうするのさ。うっかり落としてしまったからといって、一度落としてしまった命はもう二度と拾えないんよ!」

「まあ……そうですね」いま腕立て伏せに励んでいるだから話しかけないで欲しいんだけど……、と思いつつも肯定の意を示す。

「そこはアルティーニ姉さんも明るい将来がこの先待ってますよっとか言うところやろ? あたしに媚び売っておいて損はないぜ」

「……すいません」そろそろうるさいな、このひと。

 アルティーニさんはぼくの態度がつまらないのか溜息をつき「で、どして、ここに来て三日しか経ってないのに、鬼怒の森に行ったのさ?」

「金、ですよ」

 ぼくの頬を伝って一滴の汗が床へと垂れる。

「銀貨なくしたやつがなに言ってん?」

「はいはい! そうでした! そうでしたよ!」

「地雷やったか……」

「で! いつまでこの腕立て伏せは続けますかっ! そろそろ重いんですけど!」

「うぐぅ~、あたしの体重ってそんなに重いん?」

「はい」ぼくはこの腕立て伏せを早く終わらせるために嘘を紡ぐ。この初心者講座を通して、学んだことは冒険者としての心得や剣術、体術だけではない。教官であるアルティーニさんとの扱い方もだ。

 だからぼくは、アルティーニさんにあえて当たり強くする。

「じ、じゃあ……きょうのところはこんくらいにしてこうかあ」

 そう、アルティーニさんは、打たれ弱いのだ。そして予想以上に乙女。

「はいっ!」ぼくは先ほどと打って変わって元気よく声を張り上げ、立ち上がる。ぼくの背中に腰をかけていたアルティーニさんを跳ね除け。

「あっ、すいませんっ!」

 ぼくは床へと尻餅をついてしまったアルティーニさんの腰を挙げさせるため、手を貸す。

「ん。ありがとう」

 アルティーニさんは立ち上がり、尻を叩く。

 アルティーニさんの背は低い。ぼくとの身長の差はだいたい体感的にだが、りんご4つ分くらい違う気がする。だからといってぼくは決して身長がずば抜けて高い、ということではない。中より上くらいだろう。ようするにアルティーニさんは背が低い。容姿だってそこらへんの公園で砂遊びでもしていそうな少女のようだ。

 ふとそんなとき、一つの言葉が脳内でピックアップされるように浮かぶ。
 ――ロリ。
 どういう意味だっけ? なんかいい表現では決してないような気がするけど。

 アルティーニさんはぼくを見つめ、耳に髪をかけた。容姿が幼いから変なふうに見えるけど十分色っぽい。というか、逆にそういうギャップがまた良い!
 そして口を開く。

「まあ、きみのそういう見た目と違って、突っ走って、ぱっぱっぱって行ったちゃうところ、嫌いじゃないよ?」

 ぼくは右腕で顔の汗を拭き取りながら、不意打ちで熱くなってしまい赤くなってしまった頬を隠しながら、「……はい」そう言った。



   ■■■



 ぼくは冒険者ギルドが運営する宿舎のドアを開けた。

「おかえりなさい、見習い《ルーキー》さん」

 ぼくの帰りを待っていてくれたかのように、ドアを開いたと同時に暖かい言葉が、温かい野菜のスープの香りとともにぼくの心と鼻孔をくすぐる。
 にんじんや、豚の挽肉、この街イェーナ原産のキャベジンが入ったカーネルおばさん特製の野菜スープ。ちなみにこの宿舎に泊まっている冒険者なら無料。大好き、無料。アイラブ、無料。

「ただいま、カーネルおばさん」

 この宿舎を直接管理しているこの方――カーネルおばさん。白いエプロンに、黒髪のボブカットに、その優しい微笑み。その優しさが表面にでてしまうその容姿から、彼女の歳も知らず癒やしを求めている冒険者が一目惚れしてしまう、らしい。ちなみに歳についての話題を持ちかけるのはタブー。

 ぼくはもう聞き慣れてしまったきしきしという床の鳴き声とともにカウンターへと向かい、丸型の椅子に腰掛ける。

「はい、どうぞ。そして、お疲れ」そう言ってスープの入った木製で趣きのあるお皿をぼくの目の前のカウンターテーブルに置いてくれるカーネルおばさん。

「ありがとうございますっ!」ぼくは隣に置かれたスプーンを手に取り、野菜のスープを空腹に放り込む。

 舌を心地よく濡らすトマトベースのスープ。新鮮なトマト本来の甘い味にちょっぷりしょっぱい塩のアクセント。十分に満足いくまで舌を極上の美味のプールで泳がせたあと、噛む。

 しゃきっ、しゃきっ。

 あとこのキャベジンとニンジン。噛めば噛むほど野菜本来の甘みがトマトベースの汁とともに溢れ出す。

 ああ、どうしよう。
 やべえ。

 なんか……幸せだ。

 早くゴブリンとかそういう下等モンスターに太刀打ちできるようになって、お金をある程度自分で稼げるようになって、この絶品の野菜スープの付けあわせに骨付き肉とかあったら、もっと幸せ。ついでに替えのパンツとか買えたら、もっと幸せ。

 「カーネルおばさん、めっちゃくちゃ、おいしいです」

 カーネルおばさんはくすっと笑って「あなたの顔、見ればわかるわよ。ありがとう」

 ぼくはあっという間に飲み干してしまった木のお皿を物欲しそうに見ながら、カウンターテーブルに持っていた木のスプーンを置く。

「ところで、見習い《ルーキー》くん」カーネルおばさんはぼくの食べ終わった食器類をキッチンへと下げ、洗い物をしながら、そう言った。

「はい、なんでしょう?」

「三日後、なにがあるか知ってますか?」

「は、はい?」三日後? なんだろう?

「今日、飛翔紙フライヤーでイェーナから聞きましたけど、失くしたみたいですね、冒険者ギルドから支給された最初で最後の初任給」

 飛翔紙フライヤーとはどんなに離れていても、自分が飛翔紙フライヤーと呼ばれたメモ用紙のようなものに書いた文言が、相手の飛翔紙フライヤーに表示されるという伝書鳩のデジタル化みたいな非常に画期的な発明品のこと。

 要するに、イェーナさんがぼくの恥ずかしい醜態の悲劇を自身の飛翔紙フライヤーを悪用し、ぼくのただひとりの癒やしの女神であるカーネルおばさんに知らしてしまったということだ。

 許せん。……まあ、悪いのは自分だけど。

「本当に恥ずかしい限りです」

「しょうがないわよ、まだ冒険者になって三日目の見習い《ルーキー》さんなんだから」そう言ってカーネルおばさんは微笑んだ。その笑みはもはや人間味を感じられないほどの尊さを有している。いっそのこと、神様になってもらえないだろうか。そして神様としてあの悪魔イェーナを罰してはもらえないだろうか。

「払えるのかしら。家賃」

「あっ、そのことなんですけど……今週分を来週分に持ち越すことは可能でしょうか?」

 来週には冒険初心者講習も終わり、余裕が生まれ、冒険者として立派にゴブリンやスライムどもを薙ぎ倒し、お金を稼いでいるはず――じゃなくて、そうする!

「え?」とカーネルおばさん。

「え?」とぼく。

「貸していただいたんでしょう?銅貨一枚」

「あっはい。ですけど……そろそろ昼食摂らないと集中力が切れて運が悪かったら死んじゃうかもしれないですし。それにまだ冒険初心者講座を未払いなので、手持ちを残しておきたい、というか。今すぐ家賃を払いたい気持ちでいっぱいなんですけど――」

「払ってね」

「え?」

「三日後、払えなかったら、出てってもらうよ。この最安値の宿舎から」

 ここにも悪魔がいるみたいです。

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