怠惰の主

足立韋護

同行者

【弾け飛べ】

 イクリプスのコックピットをこじ開ける音が止まった。

「止まった……? どうなってんだ」

「そのようだね」

【修理しろ】

 この辺りからイメージなど何もしていなかった。ただ、この半壊のマキナを動かせるようにしなければならない。それだけの思いを残して、俺の意識は完全に途切れてしまった。

────目覚めると、まずは美しい木々が視界いっぱいに広がり、木漏れ日が差しこんできていた。体を起こすと、焚き火の前に座る郡山の後ろ姿があった。フォルクスの姿は見えない。俺が起きたことに気が付いた郡山はいつもの余裕ある笑みを浮かべた。

「遅いお目覚めだね」

「何が、あった……。まだ頭が冴えきってないせいか、記憶がおぼろげだ」

「いつも冴えてないでしょ」

「やかましい。で、どうなんだ」

 郡山は尻を払いながら立ち上がり、俺の前でわざわざしゃがみこんだ。

「創ちゃん、君は追手を全部やっつけたんだ」

 そうだ、敵のマキナと交戦したが、結局撃墜されたはずだ。

「コックピットを半分こじ開けられたところで、突然奴らの動きが止まった。後で確認したときには、なぜか敵はコックピットの中で爆発していたよ。森に伏せていた三機ともね」

「やはり、撃墜は伏兵の仕業だったわけか。その後は……?」

 郡山はまるで待ってましたと言わんばかりと口角を上げながら、俺の背後を指差した。それに引っ張られるようにして視線を移すと、そこには確かに、見覚えのあるマキナが立っていた。興奮のあまり思わず立ち上がってしまった。

「こ、こいつは……!」

 学内大会の最後、確かに歪みから出現した禍々しいマキナがそこに立っていた。体中に緑色の触手のような蠢く何かを巻き付け、両手足は動物の巨大な爪を携えている。イクリプスの背後に回ると、学内大会の時には確認できなかった蝙蝠こうもりのような巨大な羽根と、ついでに鱗のついた黒い尻尾まで付いていた。

「僕たちを取り囲んでいた森のモンスター達、そして追手の三機の一部を"吸収"した姿だよ。でも操縦はできなかった。念じるだけで動かせる創ちゃんだけのマキナなんだ」

「失った部位まで修復している……」

「つまり、あの学内大会を襲ったのは創ちゃん自身の仕業ということだよね」

「俺は、知らないぞ」

「疑ってなんかいないよ。創ちゃんは確かにあの場にいたし、何よりイクリプスはまだこんな状態じゃなかった。何かの目的で未来からやってきた、としか言いようがないんだよ」

 いつか俺自身が、あの学内大会へまた赴くということか。未来の俺は、過去の俺を、どんな目で見ていたのだろうか。まだ何も知らない、のんきな男がいるとでも思っただろうか。
 まだ、頭がぼうっとしている。考えがまとまらない。

「それにしてもびっくりしたよー。いきなり手からビーム出したり、分身したりするんだもんね。イクリプスにない機能ばっか追加して」

「どうやったかはわからない。酷い倦怠と強い憎悪が混ざったような感覚だった」

 しかしながら、頭が回らずとも確かに覚えていたことがあった。

 俺は過去に、クラスメイト全員を殺したことがある。何の罪もない、子供たちをだ。恐らく俺が今まで摩訶不思議パワーと言ってきたこの力は、確かに俺の望みを理解し、時には叶える力がある。だが、それは呪いの力だということ。俺が小学生時代に起こしたこの事件。それが原因で、家庭は半分崩壊したような状態。町の人間から虐げられて生きてきた。
 そして適当な大学へ受験させられ、都市部へと放り出された。目的も意欲もない人間が、どこかの企業に拾われるほど世間は甘くもなく、今に至るというわけである。

 原因はわからないが、やはりあの久代とかいう女が関わっている可能性が高い。あの事件も、久代に深く関わった夏休み後に起きたことだ。

「あれ! 起きてるじゃねえか!」

 フォルクスが両手いっぱいの木の実をこぼしながら駆け寄ってきた。体をじろじろ見るな。失礼だぞ。

「お前大丈夫か。とりあえずこれでも食っとけ」

 フォルクスはポケットに入れていた木の実を服で拭いてから渡してきた。気絶明けの人間見たら飯を渡す呪いにでもかかってるのか。だが確かに腹も減っていたので、木の実を貪った。

「フォルクスはこの世界に詳しいからね、安全な食料を調達してきてもらっていたんだ。僕はその間、見張りとマキナの調査って感じでね」

 俺はそんな他愛もない会話を若干聞き流しながら、自分の中に渦巻き続けている疑問をぶつけるか決めあぐねていた。今それを言う時ではない、いや今だからこそ聞くべきなのかもしれない。

「お前達はこれからどうする。郡山はあの窮屈な世界から脱する目的は達成した。フォルクスはデルサデルに近寄らなければもう捕まることもないだろう。俺と行くなら、デルサデルへ再び向かう、この前のような危険に晒される。下手をすれば、死ぬぞ」

「僕はね、実は創ちゃんに感謝してるんだ。あまりわからないだろうけど、本当にあの世界に絶望していたんだよ。ちょっとは恩返しをさせてほしいね。しばらくはついて行かせてもらうよ」

「冒険者ってのはよ、未知が大好きな生き物だ。目の前にこんな未知があるのに、このまま引き下がるわけにいかねぇだろ! それに、デルサデルの奴らに借りを返してやらないと気が収まらねぇ。少しは役に立つ、連れて行ってくれ」

 意外にも、あっさりと答えて見せた。かなり重要な質問だと個人的には考えていたのだが、きっともう、俺が気絶している間に整理していたのだろう。既に決まったことのように、二人に迷いはなかった。

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