怠惰の主

足立韋護

感情の化け物

 それから俺達はアトラヴスフィアを後にし、軍国デルサデルへと向かった。地平の向こうから朝日が見え始めた。改めてこの世界を眺め見ると、緑豊かで、動植物が共生している世界だということがわかる。皮肉なことに、そこに人間が交わることはない。今のまま紛争を続けていても、例え文化的生活を手に入れても、である。

「フォルクスと言ったね、さっきの魔法みたいなものはなに?」

 完全に操縦を手放した郡山は、フォルクスへと声をかけた。コックピットの隅で座り込むフォルクスは持っていたパンを口に放り込みながら、郡山に視線を向けた。

「魔法じゃないぜ、魔導術ってんだ」

「魔導? それはどんなことができるの? 誰でもできる?」

「誰でもってわけじゃねぇ。まず生まれ持っての素養、それから各種元素との相性、あとは猛烈な勉強と練習が必要だ。魔導術っても色々種類はあるんだが、基本は元素術っていう元素を操る力だな。杖を使って、火や水、風なんかの元素を自在に操れる」

 郡山はまるで子供のように目を輝かせながら、鼻息を荒くした。

「すごい! すごいね!」

「素養があれば勉強次第で創一にも郡山にも使える。それより、そろそろこの乗り物の説明をしてくれねえか」

「これはグラディウス・マキナという機械仕掛けの兵士だよ」

「機械……? 印刷機みたいなもんか?」

 困惑している郡山に「この世界に機械はない。かろうじて活版印刷が流通している程度だ」と補足を加えてやる。

「ん~まあ、活版印刷機が進化に進化を重ねた結果とも言えるかもね。印刷機のようなからくりが何千と組み合わさって動いているんだよ」

「……壮大な話じゃねえか」

「続きはあとだ。デルサデルが見えてきたぞ」

 朝日に照らされるデルサデルであったが、その国は黒く巨大な城壁に囲まれていた。まさに他からの侵攻を完全に防御せんとする造りであった。その高すぎる城壁のために、朝日は街へ入らず、日当たり良好とはとても言えない状況である。これには不動産屋も真っ青だ。

「待って創ちゃん、これ、敵影……ってことはまさか」

 郡山がコックピットの画面に映るレーダーを指差した。赤い三つの丸がデルサデル内部からこちらに接近してきている。もしかしなくとも、このレーダーに反応するってことは、マキナの可能性が高い。察するにあの追手らがデルサデル側についたのだろう。だが追手は全部で六機はいたはずだ。まだどこかに三機残っている可能性がある。
 俺はどこかまた面倒くささを感じながら、デルサデルから離れようと考えた。しかし、脳裏に過ったのは、俺と同様に拷問される人間達の苦渋の声であった。もし、可能性は低いが式谷らが捕らわれていたとしたら……そう考えると、不思議とイクリプスの進路は変わらなかった。

「創ちゃん、戦う気だね」

「手伝うことがあれば言えよ。ここまで来たら最後まで付き合ってやるぜ」

「黙っていろ、集中する」

 面倒だ、面倒だ面倒だ面倒だ。厄介だ、煩わしい。なぜ俺がこんな苦難を乗り越えなければならないのだ。考える事すらしたくない。
 こんな絶対的不利で且つ理不尽な状況に、かつてないほどの怠惰を感じていたが、その隣には憎悪や憤怒といった、言わば動力源ともなる感情が横たわっていた。俺の中で冷たいものと熱いものが沸き上がり、それでいて両立していた。たったそれだけで俺の脳内は、高速で現実を処理しようとしている。

 敵の三機はいつもの如く銃口をこちらに向けてきた。俺は、じっとりとそれを見つめる。

【読め】

 視界には、まるでマジックペンで書いたような赤い線が浮かび上がった。残像のように敵の姿がぶれた。銃口から放たれる高速の弾丸がゆったりとその線を沿ってこちらに向かってきた。
 俺はハッと我に返ると、赤い線はそのままに、弾丸は未だ放たれていなかった。その線から逃れるようにして、イクリプスを左方向へ急速移動させた。その赤い線も若干を追ってきたが、突然の動きには対応できないのか、イクリプスの真横を通り過ぎる。

「よ、避けたの……?」

【移れ】

 イクリプスの真下の空間が口を開けるようにして歪んでいった。既に見慣れた、例の歪みであった。その中へ入ると、先ほど銃口を向けてきたマキナの背後に移動した。イクリプスの右手でそいつの銃を奪い、左手で顔面を殴り潰した。そいつはデルサデル手前の森林に落下していった。
 残る二機は示し合わせたようにして左右に散開した。またも赤い線が、今度は二本もこちらを狙っている。

【増えろ】

 気が付けば俺のイクリプスとは別に、もう一機イクリプスが隣に浮かんでいる。こいつは、俺の意思で動く、すなわち分身であることを即座に察した。

「何が起こってやがる」

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