怠惰の主

足立韋護

例の寝間着:身体機能復元素粒子調整装置

 学園都市と呼ぶにふさわしい、緑と科学を調和した風情の街の上空にまでやって来た。アルバヒル、その中心に位置する巨大な建物群が、くだんの学園なのだという。今が夜間だからか、まるで摩天楼のような、異様な雰囲気を放っていた。

 生唾を飲み込んだ。未知の世界に未知の学び舎。未知の人間に未知の機械。
 軽い吐き気を催した。新鮮な情報が、まるで濁流のように体内に押し寄せてくる感覚であった。それはリースを訪れた感覚より、遥かに膨大であると思う。
 つい先日まで、ただの大学生四年生だったのだ。とうにキャパシティはオーバーしていた。

 グロリアはやがて建物の屋上に着陸した。さて屋上からどこへ行くのかと思えば、建物内にある部屋に放り込まれた。乱暴にしないでくれ、繊細なんだ。
 その部屋は一見、ビジネスホテルの一室のように見える。ドアは当然の如く自動であり、白と銀を基調とした、まさにサイエンスフィクションチックな色合いなのである。

「ひとまず今日はここで寝るんだ。クローゼットに制服が入っているから、それを着て、朝六時にこの階の一番下で待ち合わせだ。良いね?」

「ああ」

「あと、寝間着は着ることをお勧めするよ。じゃあ」

 まるで子供が明日の遊びの約束を交わすように、悪戯っぽく笑ってから郡山は自動ドアの奥に消えていった。

「……どうぇぁー」

 ベッドに横になると自然とため息が吐き出された。今日の全ての疲れがこの吐息に詰まっている錯覚に陥る。そんなわけはないが、急激な眠気が瞼に荷重をかけてきた。ふと、壁に掛けられている時計を見ると、時刻は午前四時を差そうとしていた。

 あ? 四時?

「あと二時間!?」

 諦めた。

 オールという猿の宴を経験したことなどなかったものだから、それはそれは焦った。一日十二時間は惰眠を貪らねばとてもじゃないが自我を保てないのだが、どうやら明日はそれを失う記念すべき日になりそうである。
 ひとまずのところでシャワーを浴びて体をスッキリさせてみた。思えば式谷宅で風呂に入ってからは、体を洗っていなかった。

 体をひとしきり拭き、寝間着と思しきガウンのような心地良い服を着た直後、急激な疲労感に見舞われた。視界が揺らぎ始め、睡眠欲が急激に高まり、ついにはベッドへとダイブインせざるを得なくなった。


────驚愕した。
 最近は驚きっぱなしで体内のノルアドレナリンとグルタミン酸がドッパドッパである。この成分らのせいではないだろうが、今俺は清々しい気分なのである。
 昨夜の睡魔など吹き飛び、頭の中はすっきりとして、瞼の重みなど感じない。しかもなんと、たった一時間程度の睡眠でこれなのだ。

 活き活きとしている体を確認しながら制服を見ると、それは郡山の着ているものに他ならず、ちょっぴり嫌な気分になった。
 おずおずと待ち合わせ場所にまで向かうと、郡山がこちらに笑みを向けてくる。

「お、その様子だと寝間着を着て寝たね?」

「これは、どういうことなんだ」

「正式名称は長いから、僕は例の寝間着と呼んでるけど、要するに一時間で体を万全なコンディションに回復してくれる装置さ。ただし使用制限は一日に一度。だから普通は寝るときに使うんだ」

「どうして俺の時代にこれがなかったのか。遺憾である」

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