怠惰の主

足立韋護

無一文異世界生活

 瞬間、辺りが静まり返った。俺の荒い息遣いだけがその部屋に響いていた。

 あれだけ騒がしかった三人の兵士の姿はどこにもなく、ロウソクの明かりで照らされているのは俺と式谷だけであった。奴らは俺達と違い、どこかに吸い込まれたわけでもなく、まるで初めからここにいなかったかのように、物音一つ立てず、瞬きする間もなく消えていた。まるで視聴していたテレビを突然消されたような感覚だ。

「大丈夫か、式谷」

「ええ、胸を二回揉まれただけです」

「まあ、そのなんだ、危なかったな」

「大丈夫です。私、Cなので揉みがいもなかったでしょうし」

「こら」

「それにしても、またですね。あなたの都合に合わせた事象が幾度も続いています」

 腕を後ろに縛られたまま、式谷は俺の顔を覗き込んだ。

「どうやら、そのようだな……」

 それから式谷は器用にも隠し持っていたナイフを床に落とし、後ろで縛られた手で縄を切断した。そのまま俺の拘束も外してもらった。ああ、この人にはもうなんにも敵わないのかなあと、一人しみじみ顔をしかめる。

 部屋を出る前に、暗がりで見えなかったロウソクの明かりで部屋の奥を見てみた。
 人が倒れているなどといった式谷大好物、刺激的な出会いはなかったが……ひたすらに凄惨な血痕と細かな肉片が散らばっていた。血液量からして、とても一人分ではなさそうであった。

「闇深いな、こりゃ」

「刺激を求めるにしても、あんな杜撰ずさんな方法では明るみになるのも時間の問題だったはず。まだまだシロウトのそれですね」

 ですねじゃないが。お前の被害者目の前にいるぞ、発言には注意しろ。

「ま、何はともあれ通行手形は手に入りましたし、少し町を歩きませんか」

 そう言われるがまま、式谷と平和な町に繰り出した。一歩外へ出ればまだまだ青空が眩い、平和な町の姿があった。日本のような腐った世界より、幾分はマシに見えた。


────俺は宿屋で女将に張り倒された。

「一シルバーも持ってないなんて話にならないねェ! 冒険者登録でもして、金稼いで出直してきな!」

「覚えてろこの鬼ババ!」

 俺は宿屋を逃げるようにして飛び出した。空はすでに夕暮れ時であった。
 町を散策した俺と式谷には特段何も起きず、単なるファンタジックな町並みや人々に驚嘆していたのみだった。気づけば日も暮れてきていたので、試しに宿屋へ行ってればあのザマである。

「ったく、シルバーってなんだ。金の単位か何かか」

「ええ、市場の様子を見るに、銀色の硬貨のようなものがシルバーという通貨として流通しています」

「無一文で突撃した俺達も悪かったか。鬼ババの言っていた冒険者登録ってのをすれば、金が手に入るんだな」

「ええ、確か昼間に歩いた道に冒険者ギルドがあったはずです。そこに向かってみましょう」

 式谷の案内のまま、冒険者ギルドへと向かった。よくこんな異世界の町を覚えられたものだ。どれも木造で同じような建物、文字も読めない。唯一、話す言葉だけが通じるのだから、不便極まりない。

 面倒だな、せめて文字でも読めるようになれたら。


────冒険者ギルドに辿り着く頃には、すでに辺りは暗くなっていた。
 町はランプの灯りで照らされ、淡く道を照らし出した。

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