怠惰の主

足立韋護

地方都市:アトラヴスフィア

 まるで異国、いや異世界だ。市場に並ぶ人々の中には、犬がそのまま二足歩行で闊歩し、人の言葉を話している。犬だけではない、猫や狐、トカゲやカメレオンのようなものまでもが人間のように振る舞い、周囲に溶け込んでいる。果ては人間に動物の耳と尻尾だけを生やしただけのものまでいる。
 これはもはや、大規模なコスプレパーティーでは済まされない異常さだ。

 驚きはこれだけではない。露天の何処にでもいそうなおっさんは、鍋に火をかけるために平然と手から火を放っていた。市場を駆け回る子供が指先から光を放って、何か探し物をしている。何の違和感もなく、魔法のようなことをしているのだ。

「これは驚きました!」

 隣の式谷は目を輝かせながら周囲を見回していた。まさにファンタジーだった。いやそもそも、そんな世界にいる俺達のほうが、こっちの世界から見ればファンタジーなのかもしれんが。何勝手に来て、ファンタジーとか言っちゃってんの、という意見が出そうだ。
 甲冑の男は腰に手を当てながら俺達へ向き直った。

「こんな地方都市で感動してもらえるなど、余程田舎から出てきたのだな。そんなところ悪いが、その様子だと通行手形を持っていないな? 詰所までついて来てほしい」

「通行手形……ってなんだ?」

「旅をするのに通行手形もなく、よくここまで来られたものだな……。通行手形というのは、その者の身分を証明する木の板だ。本来は成人した段階で親族と一緒に手続きをして手に入れるはずだが、行商をしない、そもそも町を出ない人間は持たないこともあるそうだ」

「その場合、証人を立てる必要はありますよね?」

「遭難時の緊急措置扱いにして俺が代理人になっておく。武装もしていないようだから、今回は特別だぞ」

 そんなことを言うと、甲冑の男は再び歩き出した。
 なんだ、できる衛兵じゃないか。これはラッキーだ。森から脱出させてくれただけじゃなく、町へ案内してくれるわ、通行手形発行してくれるわ、良いことづくめだ。

 しかし、横を歩く式谷の表情を一瞥すると、稀に見せる凍てつくような視線を前を歩く男に向けていた。こら、やめなさい。バチが当たるぞ。
 歩いて数分で詰所なる場所へ連れられた。外壁と併設している円柱形の建物だった。

 中へ入ると、ロウソクの明かりだけだからか、薄暗い印象があった。テーブルの下には、通行手形らしき木の板が大量に保管されていた。
 男はそれを二枚取り出すと机の上に置いた。木の板には何も印字されていない。

「さあ、利き手を板に乗せてくれ」

「こうかな?」

 俺と式谷が通行手形に手を置くと、甲冑の男がそこに手をかざし、何事かをぶつぶつ呟いた途端、俺と式谷の手の甲から光が真上まで伸び出してきた。式谷は落ち着きのない様子で手を少し浮かせて、通行手形を見ていた。
 扇状に広がった光には、この世界の言葉なのか一定の規則に沿った言葉が書かれていた。

「チキュウ? ニホン? というところから来たのか」

 なんと、この文字は俺や式谷の出自を明らかにするものらしい。明らかにその文に目を通しながら、男はつらつらと読み上げていった。

「ミカゲソウイチ、シキタニテン、お前達で合っているな?」

「お、おう、そうだ」

「ミカゲは、なんだ、怠惰な性格なのか。筋肉量や器用さ……軒並み低いな」

 えぇ……そんなことまで明らかになるのか。これはなんだか自分の中を覗き見られているようで恥ずかしいな。
 甲冑の男が式谷の文を読み上げようとした時、式谷は即座に手を離した。

「これで私が、先程の文で筋肉量等が低ければ、二人とも取って食われるのでしょうか」

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