俺の部屋に魔法少女が現れたんだが。

浪原ヨム

第2話 魔法って?

 その誰かは俺のキャスター付きのイスにすわっていた。幽霊だったりして……はははは。
 おそるおそる一歩を踏み出すと、誰かは立ち上がった。どうやら足があるみたいだ。なんだ、この分析……。
 顔はまだこちらを向いていないが、だんだん距離が近くなってきてちょうど振り返った誰か、いや、彼女の顔がよく見えるようになった。

 息をのむほど、整った顔はホントに見覚えがない。

「こんにちは。柚来 樹さん」
「あぁ、どうもーって、おい。おまっいやあなた誰ですかね!?」

 そいつは、きれいな桜色の口を開き、今日二回目となる台詞を言う。なぜ俺は普通に返してんだよ! アホ、まぬけ!

「ふぇっ私ですか? 私は、新川にいかわ慧深えみと言います」

 むしろお前以外誰がいんだよ、と内心ツッコミを入れながら、かなり昔までの、記憶を確かめるがやはり聞き覚えがない名前だ。

 しっかし、まだ続くかと思ったらそれで終わりかよ。俺が一番聞きたいのは……、

「何、普通に自己紹介してんの!? ここ俺んち、俺の部屋っ。分かります? 俺が聞きたいのはどうしてここマイホームにあなたがいるのかってことなんですけどっ?」

 ズバリ、これだ。
 目の前の彼女、新川はビクッと少し背筋を伸ばした。

「あっすみません。あなた、柚来さんにお話があって来たんですよー勝手に入って申し訳ないです」

 すごい申しわけなさそうな顔で答える目の前の人。
 さっき、美少女でも許されないとか言ってたけど撤回したくなる。
 つまり、目の前の人はそんくらいの超絶美少女ってわけだ。まず髪はきれいな茶髪、というより蜂蜜色と言った方がいいのかもしれないが、そんな輝く胸元まである髪を右に一房だけ三つ編みにして紫色のリボンで結んでいる。
 そのほかの髪は下ろしていて確か『天使の輪』だったっけ? が輝いている。
 髪だけでため息が出そうなのに、顔もかなり整っているとは神様は不公平だな。
 と神を信じてないのに信じたくなるまでである。てか神よ。みんな平等だって言ってたじゃないかっ! 嘘つきは泥棒の始まりだかんな。
 バカなことを言ってないで進めよう。
 大きな緑がかった瞳に高めの整った鼻。その大きな目に気まずそうな光を揺らしながら控えめに口を開いた。
「ホント、すみません。話をしても……?」
「あっ、すんません。つい」
 見とれてて……という言葉は胸にしまっておく。
 話か……何だろう。あっ、そういや、まだ聞きたいことがあったんだわー。
 思い出したので俺はすぐに聞いてみる。さすが! 行動力がある男。いや、ねぇよ。
「どうやって家に入ったの?」
「魔法です」
「いやいやー真面目に」
「魔法です」
「ホントのこと言っても怒らないんで冗談抜きで……」
「魔法です」
「えっ? いやいや冗談止めてと言ったんですけど? おっ?」
「はぁ、耳ないんですか? 魔法って言いましたよ」
 何回か続いた答えに聞き返していたら、ついに眉を少しつり上げながら新川は怒り始めた。蜂蜜色の三つ編みが不機嫌そうに揺れている。全く、怒りたいのはこっちなんですけど。
 何だよ魔法って、なめとんのか?
 いやここまで真顔で答えられると、もはや病気としか思えないわ。
 んっ? 病気?
 内心で呟いた、病気の一言でなんか納得いく回答が出てきた。気づけば口に出していた。
「おっ最近流行りの厨ニ病ってやつか。初めてみたわーガチ厨二」
 これなら魔法少女と言われても少しいたいげな少女で納得がいく。
 だが、違うみたいだ。さらにイライラしているように見えてくる。あーいるよね! 厨二って言われると謎にキレるヤツ。うんうんと勝手に頷く。
「はっ? 厨二病ぉ? なんですか、それ? 誇り高き、魔法を病気扱いとは許せませんっ! 耳だけでなく頭もないとは……ホント残念ですね。病院を紹介しましょうか?」
「結構だわっ。こっちこそ良い精神科の病院紹介してあげたいくらいだ。あっ地図書こうか? ここから歩いて五分で着くぞ」
「あなたが行ったらどうです?」
 新川は瞳を何やらメラメラとさせながら、挑戦するような目つきでみてくる。
 こいつ猫をかぶってたな。ホントはすげぇドSなんじゃね?
 ふつふつと俺の怒りゲージというか精神ゲージが上昇して来ているのがわかるのか笑みを浮かべて満足気に見ている。
 すっげぇ、むかつくな。
 だがお前だけ楽しむんじゃ許せない。
 ということで多分、絶対言われたら困ることを言ってやることにした。ナイス!
「じゃあ、魔法とやらを見せろよ」
 よっしゃ、言ってやったぞ! とガッツポーズしそうになったけど思っていた反応と違うそいつの反応に、はえ? と見ることしかできなくなる。
「いいですよ。なにか要望は?」
 キラキラした顔はどことなく待ってましたっ! と言ってるように見える。うわぁガチの厨二か。ひっくわぁー。
 と引き気味に見ていると早くしろと目で言ってきたので仕方なく思いついたことを口にしてみた。ホントに思いついたこと。
「じゃあ、瞬間移動とかできる?」
「おーけーです。空間移動テレポートですね」
 まさか俺の気をそらしてその間に隠れるとか……? ないだろうな。
「場所は?」
「えっ、ああ。フランスのエッフェル塔とかで。写真お願い」
「了解です。では」
 とくに慌てる様子もなく、とんとんと話が進んでいる気がする。あれっ? おかしいな。
そう思ったと同時に
「いってきますね。いざ鎌倉ならぬ、いざフランスに」
 そいつは、なんかつまらないギャグを言って……、
 姿 を 消 し た。
 はっ? どうなってんだ。これ。周りを見渡すが隠れられる場所もない。
「まさか、ホントに魔法……なのか……?」
 頭の中が混乱している俺しかいない部屋に小さな呟きが響く。
 魔法は幽霊を越えて非科学的。
 俺の中では超非科学的なものだと考えていることがたった今、目の前で起こった。……とは考えたくない。だって俺は……。
「はぁ、はぁ。どぉうでしたか? フランスまで遠いので結構力が。はぁ」
 パニックの中、考え悩むのも数秒で息を切らしたそいつは目の前に現れた。
「ホントに魔法なのか? そうだ、写真は?」
 困惑してぼやくように聞く俺を新川がニヤニヤしながらみてくるのが悔しくてたまらない。
 だって信じられないだろ。姿を消すなんて。
 しばらく俺を眺めていたそいつはポケットに手を入れて何かを取り出した。
 えっと確か、スマートフォンと言うんだっけ? いやしかし、どうしてそんな古いものを? 確かもう二十年くらい前の連絡手段だった気がするんだが。
 疑問を言おうと思ったのに言えなかった。
 誇らしげに新川が見せてきた、その画面にはエッフェル塔を背景に目の前のそいつ、新川 慧深が写っていたから。
「はぁはぁ、ど、です? わざわざ行って来たんですよ……魔法、信じ、てくれました?」
 息が荒いながらも口元には勝ち誇った笑み。
 その自信にあふれる顔は魔法の存在を認めなくてはいけないと俺に思わせた。嘘でもない。
 俺の負けだ。なんのゲームかどうか知らんけど。
「あぁ、確かに今日の日付だ。魔法なんだよな……? 魔法少女ってヤツなのかっ?」
 信じたくないけど信じないといけない気がしてならない。でも、諦めた。
 するとそいつは、むっとした表情をして、
「魔法少女、で、はなく、魔法士といって、ください。分かりました?」
 と言って、
「おいっ大丈夫か!?」
 ふにゃりと倒れてしまった。柔らかい衝撃音が聞こえる。
 なんなんだこいつは。魔法って。
 床に倒れる新川と呆然と立ちつくす俺。
 新川の握るスマートフォンの光が消えた。
 最後に見えた画面には『バッテリー切れ』と。

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