二十六型恒常性維持ガイ装部隊の戦い

山本航

『骸』

「おはよう。ミヅチ」と誤朗は言った。
「おはよう。誤朗」とミヅチは言った。

 部隊は再び活性化する。死後硬直したみたいに身動き一つ出来なかった部隊は、頭が冴え渡り、体の隅々まで活力を取り戻す。超常兵士は相変わらず狙撃鎚を駆り、実験艇の隔壁越しに破壊の限りを尽くしているが、最早何も狙い撃てていない。

 打撃の雨を抜け出した者が数人、誤朗の体を抱き上げて後方に退避する。

「隊長。大丈夫ですか?」

 そう言ったのが誰なのか誤朗には分からなかった。

 肉体の再構築は凄まじい速度で行われる。傷口から菌糸にも似た細やかな金属線が伸び、互いに絡み合い、縛り合い、塊になり、骨を、肉を、血管を、神経を代替していく。ぼやけた視界が明瞭になるにつれ、境界のはっきりしなかった肉体の輪郭が現れる。

「すまなかった。誰一人無事には済まなかったな。隊長失格だ」

 誤朗は誰にともなしに言った。誰もその言葉自体には答えなかった。

「指揮をお願いします。僕達がどうなろうと、隊長がどうなろうと、この部隊の隊長はあなたです」

 壁にもたれかかる誤朗を見下ろして争衛門はそう言った。
 誤朗は立ち上がる。最早肉体に損なわれている箇所は存在しない。いつもの視界にいつもの仲間達が映っている。

「奴が自暴自棄になる前に捕らえる」

 結論から言えば超常兵士にはもう勝ち目がない。最早彼女の敵に超常能力は何一つ機能せず、狙撃鎚は一時しのぎにしかならない。彼女に何か解脱戦線の戦士としてできる事があるとすればこの実験艇・ミヅチを破壊し、敵部隊の任務を挫く事だろう。
 彼女は既にその行動に移していた。環境迷彩に関わる設備の全ては目の前にいる不死身の兵士達同様に再生する事は分かっている。狙うべきは機関室だろう。位置も把握しているはずだ。墜落は免れえないが、いずれにせよ……。

 しかし狙撃鎚の全ての打撃は機関室に届かない。
 出力が上がる。届かない。
 出力が上がる。届かない。
 船ごと貫通してもおかしくない最大出力。届かない。

 その全ての打撃の傍らを走り抜け、狙撃鎚の放熱に揺らめく空気の向こうに、誤朗は少女の絶望を見る。

「何故」と少女は問う。
「頭を覗いてみればいい」

 誤朗は心に浮かべる、十九人の仲間たちが肉の壁になって機関室への直線上に立ち塞がっている姿を。心に浮かべる、その行為の質は何も変わらないように『思える』。しかし目の前の超常兵士には、誤朗の心を読み取る事は出来ないようだった。

 少女は狙撃鎚を持ち上げ、誤朗の眉間に引き金を引く。何も放たれない乾いた音。冷却限界を越えて安全装置が働いた。少女は狙撃鎚を放る。

「まるで超常兵士を狩る為に造られたかのようなパワードスーツだね。一〇〇点満点だよ」
「そういう事、なんだろうな。超常兵士を生産する施設、飛行城砦における潜入・及び陽動、どころかむしろ俺達の方が作戦の本命だったらしい」

 誤朗は磁線銃を構える。

「死に損ないめ」と少女は冗談でも言うみたいに吐き捨てた。
「紛れもなく死んでいるさ。ただ動く事が出来るだけの骸だ」

 少女はぎこちなく微笑む。

「憐れむばかりだよ。魂を縛られてさ」少女の青いワンピースから眩い光が溢れ、零れる。「私なら死ぬ時は肉片一つ残したくない」

 誤朗を強く照らした光に遅れて、爆風と爆音が辺りを吹き飛ばし、火炎が舐めるように伸び広がる。
 それは狙撃鎚による被害に比べれば微々たる爆発だったが、超常兵士の肉体は破壊された、再生の余地もなく。

 爆風にうちのめされ、床に寝転がりながら、弱まる火勢を眺めながら誤朗は完全再生を待った。
 脳内に鳴るミヅチの呼びかけに答える。

「ミヅチ、どうした?」
「隊長・誤朗。作戦開始地点に到着。作戦開始まで一三〇七秒だ」
「了解」

 誤朗は万全な肉体を起こし、立ち上がる。そしてガイ装と一体化した体中を子細に点検する。無事な場所はどこにも無いが、機能的には何の問題ない。そうして目を瞑る。まるで己の心を点検するみたいに。

「ミヅチ。俺にはもう心と呼べるものが無くなったんだよな」
「心、精神。理論上、質を感じる同等の機能は現在誤朗の肉体内には無いと思われる。培養知性、人工知能同様に入力演算出力を生前の誤朗と同じように行うのみだ」
「演算は心とは違うのか」
「文化的に、言語的に、概念的に演算機能を『心』に概念上含む場合は多々ある。しかし厳密に言って『質』を感じる機能は演算機能とは別物だ」
「感情的に振る舞ったとしても感情的になっているとは限らないか。言うなれば演技をしている訳だな、俺は」

 誤朗は口角を上げて目じりを下げ、発声しながら口中から、しかしあまり口を大きく広げず、歯の隙間から漏らすように何度か息を吐き出す。フフフ、と。

 それを見てミヅチは言う。

「正確に誤朗らしい笑い方だ」

 誤朗は辺りを見回す。実験艇もまた回復している。濁った空気が中和され、室温は規定値に引き下げられている。

「みんなはどうだ?」
「部隊員は全員再生処置を終え、作戦行動の準備を終えている」
「飛行城砦の様子は?」

 HUDに飛行城砦の様子が映し出される。かつて俺達の街を貫き、偉人録像を踏み潰した黒い塔が空中に聳えている。あの時とは上下が逆さまになっている事以外何も変わらない。

「環境迷彩を看破している様子はなく、任務開始に支障はない」
「了解だ」

 もう一度、誤朗自身も作戦にあたって問題が無いか検め、隊員達に通信する。

「作戦を前にして多くの困難が立ち塞がったが、我々はこれを全て突破した。また新たな情報として、かつて我々から奪った原種遺伝子保持者をあの飛行城砦に幽閉しているという事だ。必ずや敵を打倒し、仲間を解放しなくてはならない。勝利の栄光を浴すると共にかつての屈辱を雪ごう」

 何とか間に合った、そして待ちに待った時間を待ち、誤朗は命令を下す。

「作戦開始」

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