二十六型恒常性維持ガイ装部隊の戦い

山本航

『鎧』

 冷静に、生き残る事だけを考える。無様に生き延びた俺は、しかしその教えだけは捨てずに生きてきた。

「隊長。何とか粘性嵐は超えました。実験艇ミヅチに大きな異常はありませんが、大幅に時間を無駄にしましたね。作戦開始地点にぎりぎり何とか間に合うかどうかといったところです」

 操縦士である争衛門が各計器を確認しながら俺に報告した。ミヅチの操縦室のモニターに映る遥か空も遥か大地も全ての澱みを洗い流されたかのように澄み渡っていた。嵐雲が喚き散らしていたやかましい前線宙域の空が、今は嘘のように静まり返っている。
 俺自身も今一度状況を確認し、命じる。

「よし。環境迷彩に異常が無ければ問題ない。直ちに最大速度に移行」
「了解。最大速度に移行」

 先ほどまでの大揺れを考えれば、作戦を遂行出来るだけでも奇跡だろう。命の危機を乗り越えた後で命がけの作戦について考えられる操縦士の彼、争衛門の方がよほど隊長に向いているかもしれない。
 とはいえこの隊と空中艇を任されている立場の俺にできる事といえば、船内においては俺の次に権限を持つ実験艇専属の培養知性・ミヅチと操縦士・争衛門に任せきりにする事だけだった。

 ヘルメットのHヘッドUアップDディスプレイに次々と映る情報、ミヅチの提案、様々な助けがあって何とか嵐を乗り越えられた。負傷者はいないし、船に異常もない。恐ろしいほどに上々だ。しかし嵐などこれから従事する作戦に比べれば大したものではないだろう。

 何せ永遠の敵たる解脱戦線の超常兵士の、その生産施設とされる飛行城砦を攻め落とすというのだ。
 最新鋭の環境迷彩艇・ミヅチとパワードスーツ・二十六型恒常性維持ガイ装による飛行城砦への潜入及び陽動。俺達の部隊の作戦の成否で、飛行城砦を落とすか、そもそも攻めもしないかが決まる。

 争衛門が苛立たし気に愚痴をこぼす。「それにしてもせまっ苦しいですね。このスーツ? ガイ装? 何で操縦士である僕までこれを着なきゃいけないんですか?」

 そう言われて俺は自分の体を見下ろす。白磁の装甲が身を包んでいる。ロボットのような一つ目兜と違い、有機的で異星人じみた外観だ。最も分厚い部分でも一〇㎜も無いはずだが、一〇m先からの磁線銃の直撃にも耐える上に人工筋肉や化学神経による支援も手厚い高性能スーツだ。

「全員の状況を隊長である俺が把握するためだ」と上官からは聞いている。

 何故操縦士の状態を把握する必要があるのかは終ぞ教えてもらえなかった。いざとなれば操縦をミヅチに任せて、争衛門が別の仕事をする場合もあるだろうけれど。この部隊は全部で二十名いる。多ければいいという任務でもないのだから十分過ぎる人数だ。

「把握って? 例えば何が分かるんですか?」
「さっき腹が鳴っただろう?」
「そんな事まで分かるんですか!?」
「冗談だ。そんな情報は把握していない。隊員の三次元座標やあとは……身体的精神的……平たく言えば体調だな」

 たとえば視線や体勢、体温、呼吸、本人にも分からないだろう栄養状態や正確な爪の長さ。
 通信が割り込む。

「こちら観測手。一時の方向、三〇〇キロメートル先に空中艦隊を発見。数二六七。八分後に最接近します」

 HUDに拡大映像が表示される。大なり小なり様々な船が空に広がり、黒い靄のように見える。
 時間が押している。できる事なら敵艦隊の間をすり抜けてしまいたい。ミヅチを呼び起こす。

「ミヅチ。中央を突破したい。迷彩の処理は追いつくか?」

 妙齢の女性の声で作られた合成音声でミヅチは答える。

「迷彩の処理。この速度で七二〇度全天迷彩を行うのであれば全ての処理能力を迷彩に注ぎ込まなくてはならない。敵艦隊の密度から推測されるに自動操縦は重大な事故を引き起こす可能性が高い。上下左右いずれかに迂回し、一面迷彩によって通過する事を進言する」
「その場合の作戦開始地点への到達時間は?」
「到達時間。マイナス一〇二〇六〇秒」
「却下だな。状況を本隊に伝えられたならばともかく傍受されてあれに囲まれるのは最悪だ」
「隊長。僕にやらせてください」

 争衛門の実音声と通信が同時にそう言った。

「それ以外に手はないと思います」と争衛門は念を押す。

 HUDに表示された彼の情報から、そこには適度な緊張と自信が見て取れた。

「その場合でも」とミヅチが発言する。「七〇%まで速度を下げなければ迷彩の処理が追い付かない」
「分かった。争衛門の手動操縦で敵艦隊を通過する。ミヅチは全処理能力を環境迷彩にまわし、隊員各位はそのサポートに尽力せよ」

 速度を下げた結果、一隻目の敵艇上空を通り過ぎたのが発見から一二分後だった。幾つもの砲門で睨みを利かせた重武艦の厳つい姿が小さな実験艇に影を投げかける。そちらに視線を向けるのも憚られた。まるで、そうすると敵に見つかってしまうかのように。

 艇内の空気が張り詰める。環境迷彩は完璧なものだと分かってはいても、無数の砲門がこちらを向いていては緊張するのも仕方ない。しかし全隊員の状態が規定値内に収まっている。また一隻が通り過ぎると隊員達にも余裕が出てきたようで、解脱戦線の空中艦を近くで見ようと観測機にHUDを繋げ始める。

 争衛門にはそんな余裕などないようだ。素人目には一見、船と船の間はかなりの距離があるように見える。しかし操縦把を握る争衛門の手は慎重な様子で、俺が把握できる彼の身体情報も緊張状態を指し示している。だが、一見にはそう見えず、その巧みな腕で次々と敵艦の間をすり抜けていく。

 ふと情報ではなく争衛門本人を見ると、いつの間にか彼はヘルメットを外していた。
 注意、どころか直ぐに被り直すように命じるべきなのだろうけれど、そのせいで集中力を欠いては元も子もない。そもそも恐らくは集中するためにヘルメットを脱いだのだろうし。

「争衛門操縦士。ヘルメットを被れ。二十六型恒常性維持ガイ装の試用実験は重要な作戦責務だ」とスピーカーからミヅチの声が聞こえる。
「ミヅチ。喋る余裕はあるのか。迷彩は大丈夫なんだろうな」と俺は強く言った。

 既に多くの船に上下左右、全天で囲まれている。あらゆる角度からあらゆる種類の観測が行われているはずだ。各種の光に電磁波、温度、気圧変化、化学物質。それら全てを欺瞞するには相当の処理能力が必要で、大きな負荷となる。

「喋る余裕。現在、迷彩効果を九九.九八%まで下げて発言している。争衛門操縦士は任務を果たしなさい」

 俺はミヅチの言葉に口を挟む。

「いや、許可する。敵艦群から安全な距離を得るまで、争衛門操縦士はヘルメットを着用しなくていい。ミヅチはすぐに迷彩効果を一〇〇%に戻せ」
「……許可を追認。命令を受諾」

 そうしてミヅチはようやく静まる。

「ありがとうございます。隊長。正直に言うと、ヘルメットを被っていても切り抜けられる自信はあるですけどね。でもそれは一〇〇%じゃあない。何事にも全力で取り組めってのが親父の口癖だったもんで」
「良い父親だったんだろうな」
「いや、むしろ逆ですね。うーん、こんな事を人に言うのは初めてだな。親父は仕事に全力に取り組んだせいで、家族を残して死んじまったようなもんですから。だから僕はむしろ逆の生き方をしてきましたよ」
「力を抜くって事か?」
「そうですね。本気にならない。全力を出さない。でも、さっきの嵐に遭遇して、そしてこうして敵艦の群れに遭遇して、僕は思ったんです。全力を出して死ぬのは嫌だけど、手を抜いて死ぬのはもっと嫌だなって」

 正直なところ、死に方の種類にさして意味があるとは思わない。冷静に、生き残る事だけを考える。

「親父さんもそう思っていたのかもな」
「ですね。とはいえ、こうして喋れるだけ僕にはまだ余裕があるのかもしれませんが」
「言われてみればそうだ。頼むぞ」
「はい。あと一〇隻です」

 気が付けば解脱戦線の戦艦群の多くは後方へと飛び去り、残る一〇隻も小型艇のみだ。とは言ってもどれもミヅチの五倍ほどの大きさはあるが。

「ん? おかしい。小型艇の速度が落ちている」と争衛門が付け足す。

 ヒレの生えた芋虫のような小型艇群は前後に伸縮しながら這うように飛んでいる。
 俺の認識上では速度の違いに変化はなかった。しかしディスプレイに呼び出した数値上では確かにみるみる下がっていく。

 通信が入る。「こちら観測手、敵艦隊全体が航行速度を下げています」
「争衛門。速度を徐々に下げろ。ミヅチ迷彩は維持できているのか?」

 俺の通信にミヅチは即答する。

「迷彩の維持。問題なし。既知の観測手段でミヅチを観測する事は不可能」
「分かった。争衛門、速度そのまま。様子を見る」

 小型艇群はミヅチが通り過ぎる前に空中停止した。と思う間もなく、再び動き始める。ミヅチと同速度で同方向へ。

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