二十六型恒常性維持ガイ装部隊の戦い

山本航

『碍』

 心臓が丸ごと、肺臓の二〇パーセントに四本の肋骨が失われ、そして失われたモノよりも頑丈な代替物を得ていた。それも少しの違和感もなく、生まれた時からの付き合いがある自分の一部に見劣りするところは無かった。

 争衛門からも同様の所感を得た。重さもサイズも感じるところは何もかも自分の腕そのものだという。違和感を感じない事に違和感を感じるのだと。試しに左手の装甲を外し、その新たな右腕を左手で触ると、左手は金属質の物体に触れたように感じるが、右腕は生の皮膚同士が触れたように感じるのだという。あまりにも精巧な複製だ。普段から常時、ガイ装自体が着用者の肉体データを蓄積しているのだろう。

 ガイ装の基本機能である治癒再生機能については十分な説明を受けていたつもりだったが、思い返してみれば重大な臓器をも回復せしめるとは聞いていなかった。他の幾人かの隊員も軽傷重傷問わず、全て完全に回復していた。最も重大な被害を受けていたのが俺である事を恥じ、同時に安堵した。

「逃げ切れたんだな」
「と言うよりも」とミヅチが通信する。「目標小型艇の撃墜後、何度か我々のいた方向に砲撃を行ったが、ミヅチの操縦室に着弾した後はまるで狙いが定まらなくなったかのようにいくつか的外れの砲撃を加えた後、解脱戦線は空域を離れた。艦隊に復帰したようだ」
「迷彩によって姿の見えない敵を、唯一見える者達が去っていったと?」
「そういう事だが、最後はこちらの姿が見えなくなったかのように振る舞っていた」

 勿論そんな事、普通はありえない。確かに、何度か砲撃を行った後、諦めて去っていった様子からして、あの目標小型艇のみが唯一の『観測する事が出来る船』だった可能性は高い。しかしそれが失われたのだとしても諦めるという選択肢はそうそう選ばないはずだ。我々を処理する別の手立てに着手し始めたか、そもそも処理する必要がなくなったのか。

「とにかく作戦続行だ」

 俺は争衛門を抱えて救護室へと向かう。一度気を失った後に回復が終わっていた俺と違い、失われた腕が生えている様子を見た争衛門の方が衝撃は大きかったようだ。争衛門は恥じ入っているが喪失を認識するというのは脳への負担も大きいのだろう。既に各種の精神安定剤がガイ装によって投与されていた。俺もガイ装自体の事をよく知りたかった。

 救護室へと通じる狭い通路を通っている時、争衛門が呟く。

「ん? 何ですかあれ。少女?」
「何だって?」

 争衛門が指をさす。が何者の姿も無い。

「そこを左に曲がって。倉庫の方へ少女が」

 低く重く震えるような音、磁線銃の起動音が争衛門の指さした方向と反対から聞こえた。

 俺はすぐさまHUDから各隊員の情報を呼び出す。二人、極度に興奮状態の者がいる。片方は左肩に怪我を負っている。すぐに修復は始まっているようだが、二人の興奮状態は収まらない。位置情報に従い、人工筋肉の補正を引き上げて現場へ走る。

 事は最後尾で起こっていた。既に磁線銃を放っていた者は取り押さえられているし、攻撃を受けた者の肩は修復を終えて黒に染まっている。
 手近の隊員、乱吾を捕まえて問い質す。

「何があった?」

 乱吾は首を振る。

「隊長。いえ、自分には何が何だか分かりません。敵だ、と突然あいつが、穿蔵が叫んで、そして銃を放ちました。一瞬の事で。誤射補正がなければ仲間を撃ち殺しているところでした」

 隊長権限を使って穿蔵が銃を撃つ直前からガイ装の撮影していた映像を再生する。そこに映っているのは異常事態だがそこへ至るまでには特に何の異常も無い。突然、穿蔵が味方を撃っている。それだけだ。
 俺は未だに押さえつけられている穿蔵の元へと行く。ヘルメットを抱えるようにして蹲っている。抵抗はしていないようだがそのままにさせる。

「穿蔵。敵の姿を見たのか? 君が撃ったのは仲間の隊員だ。彼が敵兵に見えたのか?」

 穿蔵はゆっくりと頭を上げる。

「その声は隊長ですか。ですが、しかし、今この場にいる全員が一つ目兜に見えます」

 その場にいた者たちがお互いを見かわす。他には誰もそのような敵兵を見ていない。

「そうか。我々は敵の潜入を一人たりとも許してはいない。君が見ているのは幻覚だ。君を今拘束しているのは三名だ。他に君に危害を及ぼそうという素振りをしている者はいるか?」

 穿蔵はゆっくりと首を横に振る。

「では君の見ている幻覚は見た目だけだという事だな。一つ目兜に見えるそれらは全て味方だ。彼らに付き添ってもらい、救護室に行くと良い」

 穿蔵は怪訝な様子で、まるでどの道勝ち目はないと諦めたかのように、どうにかこうにか立ち上がり、重い足取りで救護室へと向かった。
 穿蔵のガイ装は彼の冷静さを維持しているが、幻覚を打ち消す事は出来ないでいる。というより、主が幻覚を見ている事に気付いていないようだ。

「超常兵士じゃないか?」と誰かが言った。

 その噂が広がるのを止めることは出来なかった。

 超常兵士という存在には諸説ある。何度か公式に観測されたが、捕虜にする事は一度も成功していなかった。曰く、人間の足を地面に釘付けにするだとか、柏手を打つ音を聞くと聴力を失うだとか、顔を見ようとする全ての行動を封じられるだとか。様々な噂が立ち昇っている。尾鰭はついているのかもしれないし、多少面白おかしく語られる事も少なくないが、公式に明確に輪廻学園の脅威と認識されている。であればこそ超常兵士の生産施設とされる飛行城砦への襲撃が計画されたのだ。

 何にせよ、何かが起きているのは間違いない。穿蔵自身の調査は救護兵に任せて、他の隊員達で捜索しなければならない。穿蔵にはああ言ったが、敵兵が潜入している可能性は大いにある。
 唐突に思い出し、争衛門の方を振り返る。

「少女?」

 争衛門もこの事態のどさくさで忘れていたようだった。

「そ、そうです。少女、一三、一四歳くらいの年齢に見える花柄の青いワンピースを着た少女が、倉庫の方へ」
「二人ついて来い」

 そう言って俺と争衛門、乱吾は倉庫の方へと向かう。その時、新たな、しかし磁線銃とは違う発砲音が鳴り響く。

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