二十六型恒常性維持ガイ装部隊の戦い

山本航

『害』

 船全体が絶望の雰囲気に満たされる。間違いなくこちらの存在に気付かれた。全速離脱を命じようとする俺を俺は押し留める。
 確実にこちらを敵と認識し、その位置を正確に把握できているなら既に攻撃が始まっているはずだ。もう撃ち落とされていてもおかしくない。
 しかし小型艇群は付かず離れずの距離を保って追ってくるのみだ。だとすれば何らかの手段で異常を観測しつつも、その正体に迫れない、といったところではないだろうか。彼らは慎重を期している。
 だからといって手をこまねいている訳にはいかない。彼らにとって味方ではない事は否定しようがない。試しに一発、撃たれでもしたら、その時点で繊細な迷彩は何の意味も無くなる。自動修復されて元通りになっても、見つかったという事実は覆せない。

 HUDにいくつもの文字と数値で隊員たちの不安と緊張が表示される。そして閾値を超えた隊員に二十六型恒常性維持ガイ装による適切な薬物処置が行われていく。新たな危機を目前に誰もが冷静なのはやはりこのパワードスーツによるところが大きい。

 船は迷彩を維持できる速度に下げている。現状の速度で逃げ切る事は不可能であり、これ以上速度を上げれば迷彩の機能が低下する。仮にこのまま逃げ切る事が出来たとしてもこちらを認識できる手段が敵にある時点で、本命の飛行城砦潜入の成功率は著しく下がる。
 ただし多くの空中戦艦がこちらの存在に気付かなかったにもかかわらず、小型艇群には気付かれた事実から考えるに、その観測手段は敵にとっても普遍的でない可能性が高い。主力の艦隊が何事もないかのように遠ざかっていき、かつ小型艇群が攻撃に踏み切れない今の現状もその推測を裏付ける。

 つまり俺達は逃げるにせよ、作戦を成功させるにせよ、いずれにしてもミヅチを観測している『何か』を無効化しなくてはならない。

「最初に速度を落とした船はどれだ?」と俺が呟くとミヅチが即座にHUDにマークする。
「最初に速度を落とした船。当該艇が速度を落とした八秒後、他の九隻が追随した。その後の停止及び逆行についても同様のタイムラグを確認」

 一〇隻の船はどれも同じ見た目だが、いずれかの船に上位の命令系統があるはずだ。そして観測手段もそこにある可能性が高い。

 俺は全隊員に呼びかける。「各員に告ぐ。本作戦の成功にはこの状況からの脱出が必須である。敵小型艇群には、我らが実験艇ミヅチの迷彩を看破する何らかの手段があるものと思われる。それを無力化しなくてはならない。ただし一〇隻全てを相手に立ちまわる事は不可能であり、我々に残された手段はやはり隠密的潜入のみである。小型艇に乗り込めずして、飛行城砦に潜り込む事が出来ようか。諸君の能力を信頼していない訳ではないが、これは本作戦前の良い練習になるだろう」

 やり方は飛行城砦と同様だ。ハッチに接近、接続し、培養知性ミヅチに電子侵入させる。後は乗り込むだけだ。接続のその時まで気づかれずに済むのが環境迷彩を使う所以だったが、致し方ない。迅速な行動で補うしかない。

 そう決めたと同時にミヅチにつんざく警告音。今まさに乗り込む事に決めた小型艇の砲門がこちらに向けられている。
 突如重力が体を前方へと引き寄せる。争衛門の判断したミヅチの急停止による慣性だ。と同時に僅かに上昇し、目標小型艇がミヅチの下方に現れた。

 全隊員が持ち場についた事を知らせられ、「作戦開始」と俺は命じる。
 俺も立ち上がると争衛門が言う。「隊長も出るんですか?」
「練習だと言っただろ。本番同様だ」

 争衛門の見事な操縦によってミヅチは吸い込まれるように目標小型艇のハッチに接近する。即座に電子侵入針が撃ち込まれ、三人の電装兵、魔助、廃太、羅一が電子潜攻する。その攻防も全て俺は出来る限り把握する。魔助がハッチの解錠に専念し、残りの二人が小型艇の暗号空間を解読していく。勿論三人とも優秀な兵士だが、ガイ装には優秀な補助知能が搭載されている。ミヅチのような人格は無いが、それらは侵入の際に矛とも盾ともなり、電装兵を援護する。

 ものの数秒で扉が開かれた。ハッチだけではない。小型艇のありとあらゆる扉が無防備になる。
 格納庫には一人乗りの軽船舶が何台か収納されているが、ミヅチが入れるほどの広さはない。
 次々に隊員達が敵艇へと侵入する。二人の兵が待ち構えていた。解脱戦線の一つ目兜がこちらを見ている。しかし空中から忽然と現れる敵に怯んだのか身動き一つする間もなく、磁線銃によって処理された。

 二十六型恒常性維持ガイ装の効果は凄まじいものがある。人工筋肉に支えられた身体能力でもって隊員達は迅速に行動する。
 敵兵も案山子ではない。応戦は素早く、的確で、組織的に防戦していた。それにこちらの動きを高度に把握している節がある。

 ガイ装の装甲は無傷とはいかないが、傷つく先から滲み出した微小機械によって修復される。視界は三六〇度確保され、脳での処理が追い付かない情報量も適切に減量分類される。また各隊員の把握している情報を共有する事で互いに危険や未処理案件を伝え、かつ隊員たちの処理能力を無駄に重複させないように、場合によっては情報を共有しないという判断も行われる。
 各隊員の作戦行動は逐一報告され、俺がどこで何をしていようと作戦の進捗具合を完全に把握できた。全てが滞りなく、何一つの問題も無く制圧されていく。余剰戦力は退路の維持に回す。

 指揮室までの露払いが済むと、俺はそちらへと向かう。その場にいた全ての兵士に既に自白剤が打たれていた。同時にあらゆる人口脳に屈従プログラムを流す。どうやら特別な部隊でもなければ、秘密兵器が配備されている訳でもないようだ。実験艇ミヅチを観測した方法は分からなかった。

 撤退を命令する直前、突然、指揮室のHUDが破裂し、二度三度爆発が引き起こされ、視界が真っ暗になる。胸の辺りで痛みを感じたが、強くなる前にガイ装によって麻酔が撃ち込まれる。気が付くと壁にもたれかかっていた。晴天が露わになる。一瞬、意識を失ったようだ。
 他の隊員も衝撃から立ち直っているところだった。他の小型艇による砲撃らしい。味方の船を見限り我々ごと撃墜する算段だ。潮時は過ぎていた。

「撤退。全隊員ミヅチに帰投せよ」

 最後尾の俺が戻ると、すかさず実験艇・ミヅチが小型艇から離れる。迷彩は問題なく機能しているが、念の為にランダムに蛇行飛行している。

 操縦室に戻ると空域の様子が分かる。相変わらず砲撃銃撃はまるでこちらが見えているかのようだ。だが少しラグがあるかのように、こちらの動きにワンテンポ遅れている。当然あちらもその事に気付くだろう。

 破壊音が操縦室を叩く。懸念した通り、敵船は遅れを修正すべく少し先を読んだのだ。いくつかの機器が煙を吹き、床に争衛門が転がっている。その右腕が中途から血を噴き出している。俺が争衛門を操縦席から引っ張り出すと、培養知性・ミヅチが操縦を代わった。巡航速度が落ちる。環境迷彩の処理が優先されている。

「砲撃を受けたのか?」と俺は確認する。

 煙は残っているがどこにも穴は開いていない。
 ミヅチが答える。

「砲撃を受けた。既に修繕されており、迷彩機能に問題は無い。隊員・争衛門が被弾。二十六型恒常性維持ガイ装によって治癒、及び義肢生成が行われている」

 床に伸びた争衛門を見ると、確かに右腕の肘から先が無かったはずだが、今は手首の辺りまで生えていた。義肢の部分は装甲の白と違い、漆黒の金属質に切り替わっている。

「ああ、隊長。戻ってましたか」と争衛門がヘルメットの向こうで弱々しげに呟く。麻酔が回ってきているのだろう。
「大丈夫か。相当の悪運だな、争衛門」

 争衛門は苦笑する。

「隊長ほどじゃないですよ。大丈夫ですか、その胸」

 争衛門に言われ、俺は自分の体を見下ろす。まるで穴が開いたように円形の黒が胸に穿たれていた。

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