雫の想像主

ポテト男爵

第1章 再誕の想像主(7)

7話  ネックレス

涼しい風を肌で感じながら、僕は中庭にある椅子に腰掛け、アテナとチェスをしていた。

「ん〜、じゃあこうかな?」
「……甘い……私はもう……負けない」

アテナの寝ぼけ眼とは裏腹に、その眼の奥には勝ちたいと言う強い思いが感じられて、僕は彼女の成長に密かに微笑んだ。

「………」
「……チェック…………これで私の勝ち」

そう言ってアテナは笑みを綻ばせた。

「僕の負けだね、今までよく頑張った」
「……ん……でもまだ……次はレクトリア様」
「そうだアテナ、こっちにおいで」
「?」

不思議そうに小首を傾げながらも近くに来ると、僕はアテナの首に乳白色の丸い石がついた簡素なネックレスをつけてあげた。

「これは初めて勝った記念のプレゼント、手作りだから出来は良くないと思うけどね」
「……………」

もらったネックレスをじっと見つめるアテナに内心ひやっとしたけど、僕に視線を戻して首を横に振った。

「……ううん……とても綺麗……大事にする」

そして、それを小さな手でぎゅっと握りしめ、嬉しそうに綻ばせる姿をみた僕は、プレゼントが成功した安心と同時に、嬉しさが込み上げて彼女の頭を優しく撫でた。

☆☆☆

まだ少し辺りが薄暗い朝に、僕はふと目が覚めて一つあくびをした。

「ふあ〜っ………今の夢はもしかして……」
「うぅん」

横を見ると、昨日見たキリッとした顔とは違う、ふやけたような笑みを浮かべて寝入る『闇神竜』ヴィリネスさんが居た。
僕は起こさないようにするりとベッドから抜け出し、書斎のような立派な机の灯りをつけて椅子に座ると、昨日の資料にあった数枚を読み進めた。

「……授業は9時から昼休憩を挟んでの14時で、魔法練習、戦闘訓練、薬学の三つか」

これから必ず必要になってくる知識を、『昔』の僕が育てた子供達に教えて貰う事に、夢を見た後でなんだか変な気持ちになるけど、僕は全部思い出せてもいないので諦めた。

「でも、今日と明日は授業は無しって書いてあるから、多分城内とかの地形把握とかなんだろうな」

色んな推測やこれからの行動予定を立てていると、ふとヴィリネスさんが起きる気配して振り向いた。

「んん……おはようございます、ノエル様……」
「うん、おはようヴィリネスさん」

寝起きは弱いらしく、ベッドの上でぼうっとしているのを見ていると、ふとドアの前に気配を感じ、正体を確かめる為にドアを開ける。

「おはようございます……随分と早いですねアテナさん?」
「……ん……おはよう……偶然……目が覚めた」

分厚い本を抱えた幼女、アテナさんが立っていた。

「……中に入って……いい?」
「うん、大丈夫ですよ」

そう言って中に入ると、まだベッドの上でうとうとしているヴィリネスさんをじっと見て、僕に再び視線を向けた。

「……もしかして……ヴィリネスと……一緒に寝てた?」

少し棘のある雰囲気に内心身構えながらも、本当の事なので頷いた。

「うん、だって自分一人だけベッドに寝てると……なんだか居た堪れなかったんで、応急処置の様なものですよ」
「……そう……ヴィリネスずるい……私達もしたいのに」

そう言って頰を少し膨らませる仕草がとても見た目相応に思えて、僕は微笑ましく思った。

「……ノエル……一つ言っておく」
「うん、何ですか?」

のも束の間で、アテナさんは忠告する様に右手人差し指をピンと立てた。

「……彼女達ドラゴンは……性欲旺盛……一緒に寝るのは……色々と危険」
「あ、アテナ様!?それでははしたない女だと言っている様で横暴ですっ!!」

アテナさんの意趣返しの暴露で、ヴィリネスさんは顔を真っ赤にして狼狽していた。
と言う事は、僕は知らずに貞操の危機を自ら招いていたのかと思うと軽率だったと思ったけど、そんな性質を持っていながら夜に襲われていないのを見て、少しヴィリネスさんを信用した。

「でも大丈夫でしたよ?襲うどころか、全く触らなかったんですから……って、何を驚いてるんですか?」

ヴィリネスさんに視線を向けて寝ぼけ眼を見開き驚いて、絞り出す様にアテナさんは言った。

「……そんな……なんて勿体無い事をっ!」
「アテナ様は何を言っているんですかっ!?」

一悶着?が終わったのか、アテナさんは視線を僕に戻すと、この城内の見取り図を渡してきた。

「これって最初に貰った物じゃ……いや、ここが違う?」

そう言って違う部分を指すと、アテナさんはこくりと頷いた。

「……そう……そこはディーテの部屋……すりかれられたから……ついでに替えに来た」
「ついでなんですね、でもありがとうございます」

もし替えてくれなかったら、僕はまんまとディーテさんの思惑にはまっていたと思い、少し身震いしてしまった。

「……そういえば……アレスがさっき……訓練場で……いつもより早く……鍛錬してたけど……なにかした?」

僕は思い当たる節があったので、苦笑いで頬を指で掻きながら話した。

「あ〜多分だけど、昨日『明日もまた話しをしよう』って約束したからそれかもしれない」
「……………たぶんでもかもしれないでもない……確定でそれが原因……みんなずるい」

そう言ってさらにぷくぅっと頬を膨らませる姿は、見た目相応でとても可愛らしかったけど、無意識に違うものを見つめていた。

「それ、まだつけてくれたんだ……っ!」

僕は無意識に放った言葉に驚き、アテナも眼を丸くして僕を見つめた。

「…………ノエル……もしかして……記憶が?」

淡い期待の目を向けられたけど、僕は首を振って視線を逸らした。

「ううん、無意識で出た言葉だから……正直思い出せない」
「……もしかして……魂に刻まれた……昔の記憶が……無意識に反応した?」
「そんな事あるんですか?」

僕の問いに頷くと、見覚えがないのに何故か懐かしく感じるネックレスを見せてきた。

「……これはお父様……想像主様に……初めて勝った時……もらったプレゼント……私の大切な宝物」
「なるほど、だったら説明にも納得出来ます……どうしたんですか?」

ネックレスを見た時の反応が思っていたものと違ったのか、分かりにくいけど、悲しそうな表情を見せた。

「……んん……なんでもない……そういえば……この後は……どうするの?」
「そうですね、まだここにきたばかりで地形も何も分からないので見て回ろうかと」
「……なるほど……私はこの後……用事がある……だから……お昼……一緒に食べて……その後いい?」
「はい、いいですよ」
「……じゃあ……また後で……ばいばい」

アテナはそう言って部屋を出る時に、ドアから顔を出して手を振ると閉めて行った。
彼女が出て行った後……夢で見たあの光景を思い出して、乾いた心が痛むのを感じた僕は、アテナの出て行ったドアを見つめた。

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