天才軍師は俄か仕込の生兵法 

チョーカー

勝ったわけ

 
 「しかし、解せぬ」

 揺られる馬上で織田キキは首を傾げていた。
 歩きながら馬の手綱を握るタケルは尋ねた。

 「解せない、解せないって、何がそんなに解せないんですか?」
 「あの時の勝負の話だ」
 「あの時って? 昨日、俺と戦ったアレですか? 今更、物言いをつけても勝敗は変わりませんよ?」

 タケルの発言に顔は顔をしかめてみせた。
 間違っても年頃の少女が見せていい表情ではなかった。

 「べ、別に私だって不服があるわけではない。本来、戦いとは命を賭けた一回勝負のみからな! 負けて死体しにたいになってから文句を言うほどみじめなものはない」
 「なるほど、武士道ってやつですね」
 「……武士道? なんだそれ」

 キキは怪訝そうな顔になった。
 それを見て、タケルは心の中でしまった! と叫んだ。
 武士道という言葉が日本で広がったのは近代になってからだ。
 旧五千円札に書かれている新渡戸稲造さんが武士道という言葉を広めたのは1900年前後。

 『武士道とは死ぬことと見つけたり!』

 で有名な葉隠も織田信長の死後100年後にできたそうだ。
 その織田信長の娘である織田キキも武士道なんて言葉は知らないはず……
 それより、なによりも……ここは異世界だ。 ……異世界のはず。

 「うむ、武士道か。いい響きだな。私が父の後をついで将軍になったら、武士の生き方を各地の大名に広めてみるのも面白い」
 「そーですかーなるほど、なるほど」

 タケルは動揺を気づかれぬように平素通りのふりをした。

 「むっ、なにか引っ掛かりある言い方だが、まぁ許そう。話を戻すぞ」

 「なんの話でしたかね?」とタケルが言うと、キキは睨みつけてきた。
 そろそろ、姫をからかうのはやめようとタケルは思った。

 「何、たわいのない事だ。 お前はどうして、私に勝ったのだ?」
 「え? それは勝負だったから……」
 「なるほど、お前ら服部一族にとって、ソレが常識で当たり前の事だと言い聞かされているのか。……いや、あるいはお前が……」
 「……? 何が言いたいのですか?」
 「お前は服部一族の頭領だ。しかし、すぐれていたから頭領になれたのではなく、おそらくは世襲制なのだろ?」

 「……」とタケルは無言で頷いた。
 世襲制で頭領になった事。それはタケルにとって劣等感が芽生えていたものだった。
 確かにタケルは、自身の実力は父親であるローウェンにも、母親であるカオリにも遥かに劣っていると理解している。
 いや、両親だけではない。 任務で外に出ている大人たちの誰にも勝てないだろう……と。
 精々、年の近いアキラとアイと同じくらいの実力。
 服部一族の頭領の孫として生まれたから、頭領になった。ただ、それだけの立場に過ぎない。
 もし、タケルが無知の子供ならば、里の者から向けられる感情に気づかず成長していっただろう。 
 しかし、タケルは転生者だ。 36歳で死んで異世界で生まれ変わり……現在は11歳。
 精神年齢は47歳。 初老と言われ始める年齢は過ぎている。
 だからこそ、自分に向けられる期待と憐みに敏感に感じ取ってしまっていた。

 だが、キキはこう続けた。

 「つまりは、お前は普通の童はずだ」

 「……はい」とタケルは頷いた。タケルは自身が優れているとは思っていない。
 心こそ衰えても精神は成長はしなかったように感じられていた。
 だが、キキの評価は違っていたようだ。

 「それが生き死に戦いに、文字通り飛び込めるとは……優れた武将は、どこか他人とは違う物を持っている。 狂気じみた鍛錬と精神の持ち主だからこそ戦場を駆け抜けるはずだ。 しかし、お前は、心に普通である部分を残したまま、修羅の道を進んでいる。服部一族は他の童も皆、そうなのか? それともお前だけ特別なのか?」

 「さぁ……わかりません」と俺は正直に答えた。
 しかし、里内部で感じていた劣等感のようなものが溶け出していくような感覚があった。
 なにか……こう……自分が認められたような感覚。

 「むっ、また話が脱線してしまった。やはり私は話し合いが苦手だ」

 キキはポリポリと頭を掻きながら、こう尋ねた。

 「お前はどうして、私に勝とうとしたんだ?」
 「え?」
 「お前が勝てば織田家の人質……それもただの人質ではなく、服部一族の頭領として戦場を近くで見なければならない。童であれ、戦国の世に生きる者ならば、その悲惨さは想像にたやすかろう? どうして負けなかったのだ? そっちの方が楽だっただろう?」

 「どうしてといわれても……」とタケルは少し考えた。

 「そうですね。外の世界を知りたかったからですかね」

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