鋏奇蘭舞
ある小説家の苦悩
『不運な交通事故に遭った少年を待っていたのは……異世界!?
転生した主人公を迎える、王道異世界ファンタジー!
「クロスオーバー·フィールド」』
「……どうでしょうか」
「ボツだ」
冷たい声が響いた。
「大体ね、こんな異世界転生モノのライトノベルなんて今どき腐るほどあるんだよ。書くんならもっと人を引きつけるような、それでいて斬新なもんを書かなきゃ。それからね、このタイトル。なんだ?十字路で交通事故にあったことを表現してんのか?こんなタイトル、適当に言葉を並べたようにしか聞こえないね」
編集長は言葉を選ばない。新人作家の俺に対してもだ。一字一句全てが槍のように俺のメンタルに傷をつけていく。
「……すみません」
「謝る暇があるんならとっとと良いアイデアを考えろよ。もう『すみません』は聞き飽きた。はい、わかったら考える!戻った戻った!」
「……はい」
項垂れながら俺は自分のデスクに戻る。トボトボ歩くと、編集長は聞こえよがしに呟いた。
「……ったく、使えねぇな。こうもボツが続いちゃうなら、もうクビ切ってやろっか……」
デスクについた瞬間、俺は自分の身が震えるのを感じた。
今まで何個も小説を書いてきた。その全てをあの編集長はことごとくボツにしてきた。なら、自分で書いてみろって話だ。あいつは、人の作品にケチをつけて、優越感に浸りたいだけなんだ。それは、あいつに一度、「じゃあどんな小説なら満足するのですか」と尋ねたときに確信した。
「わかんないかな、それを考えんのがあんたらの仕事だろうが。俺に意見を求めるなんて愚の骨頂。お前は自分で考えて出す、それだけだ。もう一つ言う。センスのないお前に対しても、こうやってわざわざ説教しないといけない俺の立場にもなってくれ」
絶望とは、こういう状況なのだろうか。
定時になり、俺は家に帰った。
「ただいまー……」
家に帰っても、迎える家族もペットもいやしない。俺は孤独だ。徹底的に。
キッチンからホコリの被ったカップ麺を取り出して、お湯を火にかけた。手料理なんてもう3年間も食べていない。沸くまでの間、俺は机に向かって考える。
……やはり転向の時だろうか。俺はファンタジー作家としてはやっていけないのだろうか。編集長の言うとおり、俺はファンタジー小説のセンスが無いのだろうか。仮に転向するにしても、どんな物が良いのだろうか。……そもそも、他のジャンルでも俺は”センスが無い”のだろうか。
作家としての仕事を始めて1年が過ぎた。なのに、未だ一つも小説を出版・連載してもらえない。これでは、親に顔も向けられないではないか。俺はこれからどうすればいいのだろうか……
静かな部屋に、やかんの吹く音が響いた。
翌日から俺は情報収集を始めた。
従兄弟にわざわざ電話して最近読んで面白かったラノベのタイトルを聞き、そのラノベを書店で買い(最近は略称で呼ぶことが多いらしい。ちょっと苦労した)、徹底的にまで読み込み、研究した。
今まで連絡をとっていなかった友人に電話し、面白い文学作品の基準を聞き、詳細にメモした。それを参考にして、小説をイチから書いた。
______そうして出来た小説。
今までの自分の集大成。
我ながら会心の出来だ。
俺は家族にそれを見せ、友人に読んでもらい、従兄弟にも読ませた。全員が「面白い」「続きを読みたくなった」と言ってくれた。
俺はそれを編集長に見せた。編集長はそれを見て絶賛した。
「素晴らしい!こんな面白い小説は見たことがない!史上最高だ!君の才能がついに花開いたんだ!」
そう言って俺を褒め称えているように見せているが、実際はいい金儲けのネタになる俺の「小説」の方を褒め称えているのだろう。見え見えだ。
「おめでとう!これで君の地位もずっと安泰だ!これからも宜しく!」
そう言って、編集長は俺に右手を差し伸べる。
…………冗談じゃない。こんな奴とずっとやっていくなんてまっぴらだ。
俺は差し伸べられた右手を強く払った。乾いた音がして、急にオフィス内の空気が静かになった。オフィスに居る人が全員こちらへ向く。そして、原稿を奪い返して言ってやった。
「この原稿をあなたに提供する気はありません。散々あなたには苦しめられてきました。この原稿を誰に出すかは私の自由です。この事務所も今日限りで辞めます。今まで虐めてくれて本当にありがとうございました。ごきげんよう」
俺は前もって用意しておいた退職届を編集長のデスクに叩きつけ、そのまま立ち去った。
後ろから編集長の怒号が聞こえたが、俺はそれを無視した。
………………………………………………
それから数日が経った。
電話の音で俺は目が覚める。
寝ぼけた脳で受話器を取る。
「……もしもし」
「ああ、もしもし!私、XX出版の平沢という者ですが、あなたの小説の噂を耳にしまして……ぜひ我々の事務所から出版をしt」
ガチャン。
俺は受話器を強く叩きつけた。
俺はあの日から、自身の書いた小説を人に見せて、楽しませ、俺自身と小説の噂を広げていた。そして、オファーが来たらその都度断り、出版社の人間を困らせているのだ。
俺は小説家として、支配されずに、自由に書いていきたいと思ったのだ。その望みは、あの馬鹿野郎どもに潰された。二度とあいつらの思惑通りにさせてやるものか。
今日、俺は窓から飛び降りる。俺の存在を伝説へと昇華させるためだ。俺の意志は遺言で家族に引き継がれる。
俺の小説家人生は、短いながらも、儚いながらも、素晴らしいものに違いなかった。
…………………………………………………………
………………………………………………
……………………………………
一人の精神異常者が窓から飛び降りた。小説家として認めて貰えないストレスで、とうとうおかしくなってしまったのだ。
部屋には、殴り書きでいっぱいの原稿用紙の束と、判読不能のメモ用紙が残されていた。
<了>
転生した主人公を迎える、王道異世界ファンタジー!
「クロスオーバー·フィールド」』
「……どうでしょうか」
「ボツだ」
冷たい声が響いた。
「大体ね、こんな異世界転生モノのライトノベルなんて今どき腐るほどあるんだよ。書くんならもっと人を引きつけるような、それでいて斬新なもんを書かなきゃ。それからね、このタイトル。なんだ?十字路で交通事故にあったことを表現してんのか?こんなタイトル、適当に言葉を並べたようにしか聞こえないね」
編集長は言葉を選ばない。新人作家の俺に対してもだ。一字一句全てが槍のように俺のメンタルに傷をつけていく。
「……すみません」
「謝る暇があるんならとっとと良いアイデアを考えろよ。もう『すみません』は聞き飽きた。はい、わかったら考える!戻った戻った!」
「……はい」
項垂れながら俺は自分のデスクに戻る。トボトボ歩くと、編集長は聞こえよがしに呟いた。
「……ったく、使えねぇな。こうもボツが続いちゃうなら、もうクビ切ってやろっか……」
デスクについた瞬間、俺は自分の身が震えるのを感じた。
今まで何個も小説を書いてきた。その全てをあの編集長はことごとくボツにしてきた。なら、自分で書いてみろって話だ。あいつは、人の作品にケチをつけて、優越感に浸りたいだけなんだ。それは、あいつに一度、「じゃあどんな小説なら満足するのですか」と尋ねたときに確信した。
「わかんないかな、それを考えんのがあんたらの仕事だろうが。俺に意見を求めるなんて愚の骨頂。お前は自分で考えて出す、それだけだ。もう一つ言う。センスのないお前に対しても、こうやってわざわざ説教しないといけない俺の立場にもなってくれ」
絶望とは、こういう状況なのだろうか。
定時になり、俺は家に帰った。
「ただいまー……」
家に帰っても、迎える家族もペットもいやしない。俺は孤独だ。徹底的に。
キッチンからホコリの被ったカップ麺を取り出して、お湯を火にかけた。手料理なんてもう3年間も食べていない。沸くまでの間、俺は机に向かって考える。
……やはり転向の時だろうか。俺はファンタジー作家としてはやっていけないのだろうか。編集長の言うとおり、俺はファンタジー小説のセンスが無いのだろうか。仮に転向するにしても、どんな物が良いのだろうか。……そもそも、他のジャンルでも俺は”センスが無い”のだろうか。
作家としての仕事を始めて1年が過ぎた。なのに、未だ一つも小説を出版・連載してもらえない。これでは、親に顔も向けられないではないか。俺はこれからどうすればいいのだろうか……
静かな部屋に、やかんの吹く音が響いた。
翌日から俺は情報収集を始めた。
従兄弟にわざわざ電話して最近読んで面白かったラノベのタイトルを聞き、そのラノベを書店で買い(最近は略称で呼ぶことが多いらしい。ちょっと苦労した)、徹底的にまで読み込み、研究した。
今まで連絡をとっていなかった友人に電話し、面白い文学作品の基準を聞き、詳細にメモした。それを参考にして、小説をイチから書いた。
______そうして出来た小説。
今までの自分の集大成。
我ながら会心の出来だ。
俺は家族にそれを見せ、友人に読んでもらい、従兄弟にも読ませた。全員が「面白い」「続きを読みたくなった」と言ってくれた。
俺はそれを編集長に見せた。編集長はそれを見て絶賛した。
「素晴らしい!こんな面白い小説は見たことがない!史上最高だ!君の才能がついに花開いたんだ!」
そう言って俺を褒め称えているように見せているが、実際はいい金儲けのネタになる俺の「小説」の方を褒め称えているのだろう。見え見えだ。
「おめでとう!これで君の地位もずっと安泰だ!これからも宜しく!」
そう言って、編集長は俺に右手を差し伸べる。
…………冗談じゃない。こんな奴とずっとやっていくなんてまっぴらだ。
俺は差し伸べられた右手を強く払った。乾いた音がして、急にオフィス内の空気が静かになった。オフィスに居る人が全員こちらへ向く。そして、原稿を奪い返して言ってやった。
「この原稿をあなたに提供する気はありません。散々あなたには苦しめられてきました。この原稿を誰に出すかは私の自由です。この事務所も今日限りで辞めます。今まで虐めてくれて本当にありがとうございました。ごきげんよう」
俺は前もって用意しておいた退職届を編集長のデスクに叩きつけ、そのまま立ち去った。
後ろから編集長の怒号が聞こえたが、俺はそれを無視した。
………………………………………………
それから数日が経った。
電話の音で俺は目が覚める。
寝ぼけた脳で受話器を取る。
「……もしもし」
「ああ、もしもし!私、XX出版の平沢という者ですが、あなたの小説の噂を耳にしまして……ぜひ我々の事務所から出版をしt」
ガチャン。
俺は受話器を強く叩きつけた。
俺はあの日から、自身の書いた小説を人に見せて、楽しませ、俺自身と小説の噂を広げていた。そして、オファーが来たらその都度断り、出版社の人間を困らせているのだ。
俺は小説家として、支配されずに、自由に書いていきたいと思ったのだ。その望みは、あの馬鹿野郎どもに潰された。二度とあいつらの思惑通りにさせてやるものか。
今日、俺は窓から飛び降りる。俺の存在を伝説へと昇華させるためだ。俺の意志は遺言で家族に引き継がれる。
俺の小説家人生は、短いながらも、儚いながらも、素晴らしいものに違いなかった。
…………………………………………………………
………………………………………………
……………………………………
一人の精神異常者が窓から飛び降りた。小説家として認めて貰えないストレスで、とうとうおかしくなってしまったのだ。
部屋には、殴り書きでいっぱいの原稿用紙の束と、判読不能のメモ用紙が残されていた。
<了>
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