童話集3

増田朋美

会いに行くよ

その日、ひどく疲れていたので、朝代はとても早く寝てしまっていた。 そんなわけで、真夜中に目が覚めてしまった。
なにもしないというのは、退屈すぎた。布団から出ようにも、寒くて出られない。冬真っ盛りのこの時期に、寝巻き一枚で布団から出たら、確実に風邪を引くだろう。
かといって、たまりにたまった、大学の宿題はやりたくなかった。もう、勉強なんかやる気をなくしていた。高校で、正しい生き方がどうのこうのと言われたから、とりあえず心理学を専攻しているが、ただ、机に座って講義をうけ、宿題をやるだけにすぎない。それに、他人の話を聞くだけの、カウンセリングなんて、なんの意味があるのだろう?いろんな人の辛い話を聞き、共感しなければならないのだ。こんな職業についても、収入も見込まれない。なんで、こんな辺鄙な大学にいってしまったのか、いまとなっては、朝代は少し後悔していた。
朝代はスマートフォンを出した。かといっても、こんな時間に友人たちにメールをだしても、返事が来るはずはない。SNSは、先日、それを悪用したひどい事件があったばかりで、使う気になれなかった。すると、メールアプリに一件メールが入っていた。返事を出すのは朝になってからでもよいから、確認だけしておこうかと、アプリを開いた。
「朝代さん、おげんきですか?」
バカに丁寧な書き方だ。朝代の友人は、こんな丁寧な言い方をするひとは、まずいない。しかし、自分のなを知っているなんて、どこの誰だろう?
「朝代さん、おげんきですか?私は、高校を出たあと体を壊してしまいました。もうずっと、療養したままです。就職もできませんでしたよ。きっと、貴方は、楽しく過ごしているんでしょうけど、私にはもう何もありません。でも、高校時代の、あのときのことは、忘れないよ。ありがとう。それでは。希。」
「希って誰だっけ?」
と、朝代は考えた。高校と書いてあるのだから、同級生か?
もしかしたら、これは、犯罪依頼のメールかも?朝代はぞっとして、すぐに削除しようとしたが、もう一件メールがやってきた。しかも、同じアドレスからだ。
「ごめんなさいね。突然メールを送りつけてしまって。どうしても寝れなくて、送ってしまいました。朝代さんは迷惑だよね。ごめんね。」
このアプリには既読をお知らせする機能がある。朝代が今読んだのが、相手に伝わってしまったのか。
「ブロックしてもいいよ。」
さらにそうやってきた。
「ごめんね。ごめんね。あまりにも辛いので、送ってしまいました。」
なんだか、犯罪の臭いは薄れていくようだ。
「いったい、どなたなんですか?」
恐る恐る、朝代は返事を送ってみた。
「某高校の同級生の、窪田希です。」
窪田希!やっとだれだかよくわかった。あの同級生だ。三年生の時に同じクラスだった。確か、国立大学に確実に入れるだろうと、教師たちから噂されていた。朝代には、手の届かない人だと思っていた、ものすごい優等生である。
「どうして私の番号を?」
「卒業文集にかいてあったのよ。」
そういえば、卒業文集に、スマートフォンの番号を書く欄があった。もうとっくに捨ててしまったけど、それを読んだと言うことか。
「こんな時間にどうしたの?」
朝代はそう送った。
「ええ、痛みでどうしても眠れなくて。ご迷惑だったわよね。」
そう返事が帰ってくる。
「痛みってどこが?」
「足がいたい。高校をでてすぐに、リウマチにかかってしまって。」
「大学行ったんじゃなかったの!?」
朝代は、頭を殴られたような衝撃を受けた。
「だって、国立大学、確実に行けるって、、、。」
「そんなことは、とっくに昔のはなし。いまは、ただの病人。」
きっと、希さんは、自分の事を笑うしかできないだろう。
「歩けるの?」
「もう寝たきりよ。介護老人とほぼおなじだから。」
「いつから、そんな風に?」
「高校をでて、これから大学だと思っていたんだけど、体が疲れていたのに、気がつかなかったのかしらね。大学の入学式の直前に、足が痛くなりはじめて、結局式にも、最初の授業にも出れなくて、やめるしかできなかったわ。」
そんな人生もあるものか。では、希さんはなんのために、大学にいったのだろうか?
「もう歩けないから、私の人生はおしまいね。なんか、生きていこうと思えないのよ。大学で、いろんな事を勉強しようと思ってたけど、みんな水の泡になったから。もう、かなしいけど、大学へいけない理由を噛み締めながら生きていくしかないでしょうよ。まあ、何で歩けなくなったのかなんて、問い詰めても悲しくなるだけよ。」
希さんは、メールでそんなことをいっている。きっと、自分が重い病気になってしまったことが、本当にかなしいのだろう。
こういう人こそ、そばにいてやりたいと朝代は思った。
きっと、話したいことが、たくさんあるだろう。望んだことが、何一つできなかったわけだから。ひとは、他人に話さなければ立ち直れないのは、大学でいやと言うほど学ばされている。
「希さんは、いまどこにすんでいるの?」
朝代は聞いた。
「東京よ。病院から離れることができないから、お母さんと二人で、アパート借りて。お父さんは、会社があるから。」
東京!それはまた遠いところにいったものだ。たしかに、よい病院は、東京に集中しているから、そうなるのも、やむを得ないかもしれない。
「駅はどこ?」
「小平。」
朝代は、メールをいちどやめて、乗り換え案内のサイトをだし、小平までの行き方を調べてみた。新幹線をつかえば、二時間程度でいけることがわかった。
「二時間あればいけるわ。」
もう一度メールを打った。
「会いに行くから。」
「本当に?嬉しい!」
きっと希さんは、スマートフォンをもって、笑っていることだろう。
朝代は、壁に貼ってあるカレンダーを見た。明日は土曜日だ。大学はお休みである。
「明日の朝イチの新幹線でいくから。」
「どうもありがとう!メールではわからないけど、涙が出るほどうれしい。」
それはそうだろう。痛みほど辛い症状はない。
「じゃあ、支度をするから、いちどここで切るね。」
「ええ、ありがとう!おやすみなさい。」
メールは、これでお仕舞いになった。なんとも言えない、清々しい気分で、朝代はまた眠りについた。
翌日、朝代は朝七時に起きた。いつも休みの日は、十時くらいまで寝ているので、彼女の親は、驚いていた。朝代は、いそいで朝食をかきこむと、お出掛けようの服をきて、鞄をもち、駅に向かって歩いていった。そして、スマートフォンをとりだし、
「いまから会いに行くから。」
と、打った。すると、すぐに返信があった。
「ありがとう。待ってるわ。」
朝代は、駅に入り、いそいで切符を買い、新幹線に乗り込んだ。数分後、新幹線は、東京に向かって走り出した。
窓の外を眺めながら、朝代は突然勉強したいと思った。
こういう、重い病気のひとに、そっと寄り添ってあげられるような、カウンセリングをしたい、そう思った。

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