童話集1

増田朋美

片腕の畳

これは、架空の物語です。混同しないように。

ある国に小さな村があった。観光地でもなく、交通網もない、小さな小さなむらだった。あるものといったら、公会堂だけであった。
そこに、畳と書いた看板のある建物があった。「結城畳店」というみせだった。その店の店主、結城は、幼い時に犬に噛まれて左腕を失った。畳職人だった父にとって、これは痛手ではあったが、父は、結城を後継者に、する事を決め、残った右手と口を利用して、畳をつくる事をおしえた。結城は、すぐにそれを覚え、二十歳で、畳一枚縫えるようになった。そして、職人と、なるために、左腕に曼珠沙華の花の刺青を入れ、「結城畳店」を開業した。父は、彼が店を始めたのを喜びながら他界し、母も数年後他界した。
しかし、畳は、あまり需要のない世の中であった。いまは、フローリングである。畳なんて古すぎる、として、客がくることもなかった。また、片手であることが、助長させた。かれは、口で畳を縫わなければいけないので、畳には彼の唾液がたくさんついていたからである。皆、「きたない」といって寄りつかなくなった。
それでも、かれは、畳を作り、旅館などに融資していた。旅館も、不況のためにつぶれてしまい、どこへも畳をうることはできなくなった。それでもかれは、畳をつくり続けた。
村のひとは、あいつはいつまで畳を作っているべきではない、と、隣の村から若い女性をつれてきて、結城と結婚させた。翌年に男の子が生まれた。
しかし、結城は、畳を作る事を止めず、妻と子供は、呆れてものがいえなかった。
「あなた」と、妻はいった。
「こんなに、必要のないものを作るのはやめて、会社にでも勤めてよ!」
「僕は、畳屋だ。」と、彼は答えた。
「畳屋の仕事は、畳を作って、みんなを幸せにすることさ。」
「あなた、何をいっているの、もう畳なんて欲しがるところないのよ。ねえ、この子の学校の費用もかかるんだから、畳屋なんてやめて、働いてよ!」
「働いてるさ!」
と、結城は答えた。
ある日、息子が泣きながら帰ってきた。畳屋の子供、と、いうことで、いじめられたのであった。妻と息子は、もう一度抗議したが、功なく、結城は畳を作り続けた。仕方なく妻と息子は、実家に帰っていった。
結城は、それでも、それでも、と自分に言い聞かせながら畳を作りつづけた。それでも、まだやる、畳はいつか必要になる、必ずその時はくると、信じた。
彼が畳を作り始めたのは、父が作っていたからであったが、それ以前に理由があった、
かれは、子供の頃、いじめられていた。片腕であり、どうしても、ひとりではできないことがある。それをカバーする、何かが、ほしかった。その何かが、畳だった。畳はごろんと横になれば、気持ちが楽になる。ふんわりした気持ちになる。その純真な気持ちを忘れていないのであった、いや、忘れることができなかったのだ。
片腕の畳屋、きたない畳屋と罵られても、畳を作り続けていた。
かれは、ひとりで畳を作り続け、誰からも、わすれられていったまま、千枚の畳を作った。千枚目の畳を作ったとき、彼は強烈な頭痛に襲われた。そして、それ以来、にどと戻ってこなかった。

翌年の春のことであった。
村のひとたちは、いつもと変わらない朝を迎えていた。すると、、、、
「おい、藤棚が揺れているぞ!」と、村人が怒鳴ったその直後、突然地面が割れるようにおとをて、建物は、バラバラになり、森の木も壊れた。地震であった。幸い津波がくるような場所ではないが、村の建物半数以上が壊れ、たくさんの人がなくなった。生き残った者たちは、集会所に非難した。しかし、フローリングには、寝ることはできないし、かといって、壊れた建物にもどるのは、危険すぎる。さあどうしよう、と、村長は、なやんでいると、
「おい、ここにこんなにたくさんの畳があるぞ!」
と、村人の一人がいった。村長は、それを集会所に敷き詰めろ、と、めいじた。
そこで、勇敢な八人の男性が畳のある建物へはいると、まったくこわれておらず、畳が几帳面にずっしりとおかれていた。時はよるであり、ライフラインも、止まったなか、そこだけは明るく、畳をとりだすのに、懐中電灯もいらなかった。男性たちは、畳を人数分持って行き、集会所に敷き詰めて一夜をあかした。
翌日、村長は、「畳のあった建物」を
訪れた。まだまだたくさんの畳が置いてあった。そのへやの隅に、片腕の男性が口に針を加え、倒れていた。彼の腕には曼珠沙華があった。
「あっ、おまえは、結城!」
部下の独りが声を上げた。
もはや、村人たちに「きたない」という言葉はなく、かれは、村役場の近くに埋葬された。
この地震は、非常に大きなもので、隣の村も、被害が大きいため、結城の畳はいくつかの村に与えられた。そして、地震がおきて、何十年経っても、畳は、捨てられることはなかったという。

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