砂の国

柳 一

条件

里佳子の様子はあれから変わることはない。時折光也と話して、後はテレビを見たり眠ったり、リハビリをしたりする。
「ねぇ、ミツって呼んでいい?」
「……田城先生のように、ですか?」
「そう。確かそう呼んでたなと思って」
「自分はかまいませんが…」
「ありがとう。…ミツ、この前の話の続きをしたいって上司に伝えてくれる?」

この前の話の続き、と言われ光也は背筋に力が入った。それは寄ってたかって政府の人間が、里佳子に『協力してほしい』と言ったことだ。
里佳子の表情はいつも通りのようで、ことを理解していないのか?と光也は思ったほどだった。
上司に伝えて一度電話を切ると、数時間後に返事が返ってくる。
明日の14時に来る、とのことだった。

相変わらず、あの役人たちは貼り付けたような笑顔で里佳子の病室に入ってきた。
里佳子は明るめの声で挨拶をする。

「この前はすみません。父のことがショックだったもので」

里佳子はそう言うと、あまりそぐわない笑顔で笑ってみせた。

「いえいえ、無理もありません。それでですね…本題なのですが…」
「要は…子作りをしろってことでしょう?」
「……そっ…そこまで言っていただけたなら話は早いです。手順としましては…」
「こちらからのいくつかの条件を飲んでいただけるのなら、私は協力します。この国の一大事ですから」

そう言っていた里佳子の表情に、光也は本能でマズイと感じた。これは殺気に近い。この部屋の誰もがわかっていない。
田城里佳子という人間の危うさに。

「条件?」
「ひとつ、相手は私が選びます。寝てみて合わないようならすぐに候補からは外れてもらいます」
「なるほど。それはかまいません。何より田城さんの意志を尊重したいと思っております」
「開始までに候補者のリストアップをお願いします。同姓愛者や同意のない男性は決して入れないでください。こちらから指定した日に候補者を集めてくださいね。会って決めたいので」
「了解しました」
「その際の箝口令はそちらに任せます」
「そこは徹底させていただきます」
里佳子は少し話し疲れたのか、水を飲んで一息をつく。
スーツ姿の役人たちはその様子、一挙一動を見つめているようだった。
「ふたつめ。私が子作りをする環境は、田城の地盤…つまり地元でしたいと思っています。そこに警備の十分な家を建ててください。塀や監視カメラなど、防犯に徹底した家を。どうせ私はまだ立てません。3ヶ月ほど先になると思いますので」
「了解しました」
「家の中に監視カメラを設置するのはかまいませんが、私の寝室だけは監視カメラを設置しないでください。候補者と寝る時は専用の寝室でしますので、そこには監視カメラをつけてもかまいません」
「…了解しました」
「みっつ。私の身辺警護にはこの田城光也のみをつけてください。私の許可なく異動・解雇は一切認めません。家の外の警備は誰を置いてもかまいませんが、家の中に入れるのは一部専門職を除き、光也と私と候補者のみとさせてください」
「かまいません」
「よっつ。田城光也に銃の所持の許可と、光也が私の命令で人を殺すことを容認してください」
「なっ…?!」
それはさすがに役人全員が声を上げた。光也は声こそ上げなかったが、驚いた顔で里佳子を見ている。
「だって私は貴重な『女』なわけでしょ?どうするんですか、外国の傭兵に拐われたりしたら。丸腰で勝てるわけないじゃないですか」
「ですが…」
「飲めないのなら、協力はしません」
『かまわんよ』
声は天井からした。正確には天井のスピーカーだ。
どうやらここの話し合いの様子は中継されていたらしい。役人たちは声の主が誰かわかっているらしかった。
「ありがとうございます。そして最後のいつつめ。今お話しした条件を全て書面にしてしかるべき判子を揃えていただけますか。声の主の方の分も」
『なるほど。当たり前の話だね』
「この約束は、今この時点から有効になります。1つでも約束が反故になったら即時協力を終了しますのでよろしくお願いします」

里佳子は一歩も引かなかった。それどころか、笑みすら浮かべていた。
ナースコールを利用した内線を切ると、お忍びで来ていたその人物は豪快に笑って見せた。
「さすがは田城先生の娘さんだ」
彼はこの国の政治のトップだ。
里佳子の父とは党が一緒だったため、応援演説も任されたことがある。
あのとき、娘がいるがお転婆で仕方がないと言っていたなと思い返した。


役人が帰った後、里佳子は光也の方を見るとぺこりと頭を下げた。
「ごめん、流れで巻き込んじゃった」
「とても流れには見えませんでしたが」
「……うん、ごめん」
「…かまいません。先生に頼まれた時から自分の心は決まっていたので」
「射撃、得意?」
「はい。SPの研修でアメリカに行った時に元軍人の警官にかなり教わりましたので」
「そう。よかった。へっぴり腰で撃たれたら笑っちゃいそうで」
「…そろそろ冷えてきました。少しベッドを下げます」
光也がベッドのリクライニングを下げる。いつもなら終わるとベッドから少し離れるのに、光也はその場に立って里佳子を見ている。
「……先程の約束は今この時点から有効なのでしたね」
「そうだね」
「なら自分が何を貴女に話そうとも、上層部は自分をこの役職から外せませんね」
「…うん?」
「貴女の左足首には、位置を把握する衛星GPSが埋め込まれています。逃亡禁止のために」
「へー」
「それから左奥歯を思い切り噛むと、私の脳に直接SOS信号が届きます。貴女が右で噛む癖があると、歯の摩耗度で判断されたので」
「あら便利」
「貴女の身体を勝手にそんな風にして…監視カメラも…」
心を痛めている様子の光也に、里佳子は笑ってみせた。長身で、体つきのいい光也がしゅんとしているのが可愛く見えて、里佳子は笑っているのだ。
「カメラも、GPSも想像はついてたし大丈夫」
「里佳子さん…」
「でもSOS信号のやつは想定外だわ。それってミツの身体も改造されてる、みたいなもんでしょ?」
「ええ…まぁ…」
「…ごめんね、ミツ」

このときの彼女は、見たこともないような顔で笑っていた。
彼女が目覚めてからこのかた、様々の表情が見られて驚いている。
彼女の父から聞いていた、自由奔放で、頭の回転が早く、言葉をくるまずストレートに言うと。
だから不思議と彼女の回りには1人、1人と人が集まる。
もしも将来、自分の地盤を引き継いで政治家になるのなら
総理大臣も夢ではないかもしれない、と。


続く

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品