ノンフィクション作品です(タイトル未定)

戌丸愁吉

【3】タクシー帰宅

「イヌマル。お前はまずこのマニュアルを読め。読んだらシュレッダーにかけ、その後はひたすら営業をかけろ。それがお前の今日の仕事だ」
「はい!わかりました!」

部長に渡されたマニュアルはA4用紙3枚の簡素なもので、ものの数分で読めてしまうような内容だった。要約すると、警察が現れた場合は用意してあるバケツに携帯電話を全て投げ入れろ。お前がここにいる理由はDM(ダイレクトメールのこと。葉書)作成のバイトとして雇われただけだということ。事情聴取をされることとなった場合には、全てを社長と部長のせいにしろということ。社内での出来事の一切は口外禁止ということ。さらには、事務所内に置かれた資料などの一切は持ち出し禁止ということ。社長はタナカという名前で、部長はイトウという名前だということ。何を聞かれても、バイトなのでわかりません。全て社長と部長に指示されていたただのバイトですということ。他のバイト達とは話すなといわれていたので、他のバイト達の情報は知らないということ。給料は毎月3万円ずつアップしていくということ。
これらの内容が記載されていた。

マニュアルの内容を頭に入れ、シュレッダーにかける。その後に任された仕事である営業とやらをするために、部長の席に向かう。

「部長、失礼します。マニュアルを読み終えたのでシュレッダーにかけました。営業とはどのようにすれば良いのでしょうか」
「よし。営業はこの資料を上から順に電話を掛けろ。これは一度以上金融を利用したことのある人間たちのリストだ。電話を掛けたら適当な会社の名前と適当な名前を言って金を貸し付けろ。新規に貸し付けることがお前の今日の仕事だ」

今までに一度アルバイトで家庭教師の営業を経験したことがあったおれは、即座にどのような言い回しで声を掛けるべきかを考えていた。

「わかりました!」

受け取った資料に目を通してみる。どうやってこんなものを手に入れることが出来るのかがとても不思議だった。その資料には1枚につき約30人分の個人情報がズラリと載っている紙が、数百枚の束となって眼前にある。電話番号はもちろんだが、住所、簡単な家族構成など。あとでテライさんに資料の入手経路などを聞いてみたら、それらの資料は裏社会では簡単に売買されているのだと教えてもらった。1人につき10~50円くらいの値段で取引され、値段が高いほど太客率が上がるのだそう。
初めぎこちなく架空の会社の名前を語り、偽名を使い掛けていた電話も、少しずつ慣れ始め、周りを見渡す余裕も出てくると、みんなの仕事がよく見えてくる。みんなそれぞれ30~50人の顧客を管理していて、今日が支払い日ですよいつになるんですか、などといった催促の電話を掛けていた。その中でも部長は約200人の顧客を管理していて、ひっきりなしに全ての携帯電話が鳴っている。出た瞬間に毎回違う会社名を言い、毎回違う名前で電話に出ていた。
一番最初に金を貸すことになった時に名乗った会社名と名前で以降の取引を進めることとなるので、どの顧客にはどの会社名と名前を使ったのかを覚えておかなくてはならなかった。午前中いっぱいを使って営業を掛け続け、取れた契約はゼロ。電話に出ない場合もあれば、どこでうちの電話番号を知ったんだと怒り出す場合や、金なんか借りねえよとすぐに切られる場合、子供しかいない場合、借りたいと言ってはくるが、完全に無職な場合などなど。
金を貸すにも条件があり、借りる本人が安定して収入を得ることの出来る定職に就いているか、或いはその二親等以内に同等の状況の者が居て、その人物を保証人にさせるということが最低条件となる。

それがこの闇金という世界だ。

昼食時になり、一斉に全員が携帯電話を置く、部長が自らの机の後ろに置いてある金庫の鍵を開け、中から一万円札を取り出し口を開く。

「イヌマル。お前が一番下っ端だから今日からはお前が飯を買ってこい。出前であればお前が電話で注文しろ。今日はみんななにを食いたい」


みんな萎縮しているのか、部長の発言に対してのレスポンスが悪い。おれは正直怖いもの無しの精神に変わりはなかったので、どんなものがあるのかを問い掛けてみた。

「部長。頼める出前って何があるんですか。あと、買い出しに行くとしたら何があるんですか」
「テライ。お前出前のチラシ持ってるよな。渡してやれ。買い出しの説明もしてやれ」

はいと返事をしながらテライさんは自分の机に置いてあった出前用のチラシがたくさん入ったファイルを手渡してきて、このファイルの中にあるものが出前で、買い出しに行くならコンビニかスタ丼があるかな。と説明をしてくれた。未だ誰一人として意見を言わず、USENから流れる最新の音楽だけが事務所内に響いていた。闇金は電話越しに怒鳴ったりすることが多く、大きめの音量で常にUSENが流れている。
一通り目を通してみた結果、おれは決断した。

「おれスタ丼がいいです」

周りの空気が変わる雰囲気を感じたが、部長だけは違った。

「よし。じゃあスタ丼にしよう。場所はテライが教えてやれ。スタ丼ならおれはスタ丼の大盛だな」

部長に続くように他のみんなも注文し始める。

「おれはスタ丼の並盛」
「おれはスタ丼大盛」
「おれもスタ丼の並盛で」

スドウさんと部長が大盛で、テライさんとナカノさんが並盛。そして注文し終わったテライさんに場所を教えてもらったおれはピーカラ丼。前々から好きだったから久しぶりに食べれるので顔が綻ぶ。

「わかりました!場所もオッケーです!行ってきます!」
「おう」
他三名「よろしくー」
 
なぜみんながあんなに部長に緊張しているのかが理解出来ないが、そんなことより昼飯代も出してくれるのかーなどとニヤけた顔のまま外に出て歩いていくと、200メートルほど歩いた所にスタ丼があった。昼食時ということもあり、まあまあの客入りだったが、持ち帰りなのでお構い無し。
食券機で食券を買い、店員に渡してから数分、注文した品を受け取って事務所へと戻った。

事務所内の空気はやはりUSENの音が流れているだけで、どこか堅苦しく感じる。戻りましたーと声を掛けながら事務所に戻っていき、まずはすぐ部長の元へ歩を進め、お釣りと注文の品を置いてから残りのみんなにも注文の品を置いていく。最後に自分の席へと座り、買ってきたピーカラ丼の蓋を開け、頂きます!と少し大きめの挨拶を部長に向け放った。同様に他のみんなも頂きます!と部長に告げると、おうとまたいつもの返答が帰ってくる。

食事の最中はとても静かで、誰一人話さずにもくもくと食事をしている。おれは昼休憩なのにこんな空気なのは嫌なので、なんとなく誰ともなく話し掛けてみた。

「え、みんな静かすぎません?」
「確かにな。休憩なんだなら好きに喋っていいんだぞ」

返事をしてくれたのは部長だった。

「テライさん。みんなどうやって顧客を管理してるんですか?電話に出た瞬間に会社名と名前を使い分けてるじゃないですか。あれ何かやり方ってあるんですか」

スタ丼を頬張りながらテライさんが答えてくれる。

「あーおれはね、携帯の登録名のとこにそいつの名前と名乗った会社名と名乗った名前を書いて登録してるよ。みんなそんな感じじゃないかな」
「なるほど、それ以外の情報とかはどうしてるんですか」
「それ以外はノートにあいうえお順に纏めてるかな。いつが集金日なのかとか、何回ジャンプしてるとか、飛んだことがあるかないかとかかな」
「おおー。参考になります。ありがとうございます」

以前の職場で同じだったので、やはり話しやすいのはテライさんだけど、スドウさんにも興味があるし、正直興味はあまりないけどナカノさんにも声を掛けてみる。

「スドウさんはジムとか行ってるんですか?筋肉やばいですよね」

苦笑しながら答えてくれた。

「そうだね。毎日仕事終わりはジム行ってから帰ってるよ」
「まじすか!やっぱそんだけ筋肉付けるには毎日頑張らなきゃ無理ですもんね!ナカノさんは。。普段なにしてるんですか」
「普段?別に」
「そうなんですかー彼女とかいないんですか?」
「一応結婚してるし、子供ももうすぐ産まれるよ」
「え!パパじゃないすか!おめでとうございます!男の子ですか?女の子ですか?」
「男の子かな」
「いいですねー子供とキャッチボールするのとか憧れるんですよねー」
「そうだな」
「ナカノさんは鍵任されてるってことは部長を除けばナカノさんが一番先輩になるんですよね?」
「まあそうなるな。おれの次がスドウでそのあとがテライだな」
「おおー」

これが限界だった。だが結婚もしてるし子供も産まれるというのはなかなか面白い返答だった。どんな人物なのか未知な部分が多いし、見た目もすごく普通。教室の隅でカードゲームでもしていそうな特徴のない印象が印象な存在の気がする。

昼食を食べ終えるとテライさんは自分の携帯を弄ったり、机に一人一台ずつ設置されているパソコンを覗き込んだりしている。スドウさんはイスにもたれ掛かり天井を仰ぎながら目を瞑ってUSENでも聴いているのだろうか。ナカノさんはパソコンのキーボードをかちかちと叩いている。部長は顧客の管理をしていたり、そこまでで新規の依頼があった案件などに目を通したり、FAXをどこかへ送ったりしていた。
貸付けをする際の私情調査などは、また別のどこかにいる同僚やら上司やらが行っていて、審査にかける場合の参考として、貸せそうだけど微妙な顧客などについては、部長がどこかへ個人情報の詳細が記載されている用紙をFAXで送っていた。電話によって回答が返ってくる。

仕事自体は郵便局や銀行が開いている時間までで、取り立てを一段落させなければならないので、当日中に確認の取れる15時までが、世間一般に言うコアタイムで、その後の2時間は顧客が振り込みましたと報告をしてきても、実際に振り込まれているのかどうかを確認出来るのは翌日9時。
闇金を利用する人間には多くの事情や理由があるのはわかっているが、少なくても利用したことのない人間と比べると全てにルーズだ。簡単に嘘も付くし、簡単に人のことも売るし、簡単に騙されるし、簡単に逃げる。そんな人間の言葉を簡単に信じるほど貸す側は愚者ではない。だが、確認が出来ないのであれば可能性に信じるしかなく、結果嘘だとしたら、それ以降の取り立てを強めるだけとなるし、追い込みは激しいものとなる。闇金の中で生活をしていくと、電話越しの言葉だけ、抑揚の付け方、間の取り方、声の強弱、そんな少ない情報からでも相手が嘘を付いているのか、動揺しているよななどたくさんのことを読み取れるようになっていく。

初出勤したこの日は、ただひたすらに営業電話を掛け続け、結果就業時間内で四件の新規顧客を獲得することに成功した。部長からは特になにも言われなかったが、他のみんなからはよく新規取れたなとか、テライさんはおれなんか入って三日間で一件だぞ?などと笑いながら褒めてくれた。

まだまだこの業界の内情もわからないし、テライさん以外の存在についてもよく知らないし、甘さや厳しさも、とにもかくにもなにもかもを知らないおれは、ただ純粋に一仕事として全力で取り組むだけだと意識を新たに帰路に着いた。

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