ノンフィクション作品です(タイトル未定)

戌丸愁吉

【2】タクシー帰宅

街の景色が車窓から見えるが、全て一瞬の出来事となり通り抜けて行く。規則正しく設置されている街灯の明かりが車内を照らしてくる。静かな夜だ。こちらが一切話し掛けたりしないのと、魂が抜けたように呆けている状況を感じ取ったのか、運転手もこちらに話し掛けたりせず、黙々と指定した住所までの道程を進んでいく。今日もいつもと変わらない静かな夜だ。



「じゃあ今度紹介するよ」
「ありがとうございます」

おれはお礼を言い、後日、教えてもらった時間に指定されたカフェへと向かった。日も落ち始めた初夏の蒸し暑い日だった。指定されたカフェ内にはおれが今日会うべき存在はまだ来ていないようだった。客の入りも斑で、静かにジャズが流れる落ち着いた雰囲気のカフェだ。
10代最後の年でもある今年はなにか大きく当ててやりたかった。まだまだ野心に溢れ、行動力もあり、逆に恐いものなんて無かった。カフェに入ったおれは、会うべき人が来るまでの間席に着き、何も注文せずにただ静かに待っていた。

「いらっしゃいませ。ご注文はいかがなさいますか」
「いま人を待っているので、来たらその際に注文します」
「かしこまりました。ごゆっくり」

ダークグレーの縦ストライプが入った黒いスーツを着て、ルビーを思わせる濃い赤色のネクタイ、ピカピカに磨かれた革靴はコツコツと木の音を軽快に鳴らし、タイピンも付け、丁寧にカフスを使って止められた袖先。黒髪で短髪、ほぼツーブロックのような髪型。かなり細目の整えられた眉毛。店員さんはどんな風におれを見たのだろうか。一体誰と待ち合わせをしていると思ったのだろうか。などと下らない思考をするほど余裕を持ち、未だ来ない人物を待っているこの時間は、ワクワクしたような気持ちがほとんどの感情を占めていた。

「きみがイヌマルくんかな。悪いけどそっちはぼくが座る席だ。申し訳ないけれど、こちらの椅子に座り変えてくれるかな」
「え?あ、はい」

突然現れたその男に言われた通り、4人用テーブルの席に備え付けられたソファに座っていたおれは、対面に準備されている椅子に移動し、腰掛けた。

「いらっしゃいませ。ご注文はいかがなさいますか」
「アイスコーヒーを二つ。」
「かしこまりました」

慣れたように男は注文し、店員が去るのと同時にすぐにまた口を開いた。

「なぜ席を変われと言ったのかわかるか」
「わかりません」
「世の中にはな、上座、下座というものがある。主に上座にはより地位の高い人物が座り、下座になればなるほど地位の低いものが座ることになっている。厳密に言えば安全面を考えてのことなのだが、一般常識として社会人は知っておかなくてはならないルールだ。これでなぜ席を変われと言ったのかわかったか」
「はい。おれが上座に座っていたからです」
「そうだ。イヌマルにはそういった常識も教えなくてはならないな」

どうやらこの人がおれが待っていた人物であり、部長と呼ばれる方だろう。短髪ではあるが、おれのように若さを出した髪型ではなく、癖毛なのかパーマなのか、少し捻りがかった黒髪であり、口髭と顎髭がダンディさを醸し出す。ノーネクタイで茶色の革靴に黒いのワイシャツ、グレーのチョッキとスラックスがとてもよく似合っていた。一見するとただのヤクザだな。というのが一番に感じた印象だったが、社会人としての常識を教えてくれた人という認識が、ヤクザっぽいという認識の上から塗り替え、なんだか大きな人だなという印象に変わっていた。パッと見た限りの印象だけでは判断出来ないのが面白いよななどと考えていると、お待たせ致しましたという声とともに、二つのアイスコーヒーが置かれた。

「じゃあ早速だけど、面接を始めようか」
「はい!お願いします!」
「まず、この業界で働いたことはある?」
「ありません!」
「この業界のことはどうやって知った?」
「現在働いている職場の先輩である、テライさんに紹介して頂きました!」
「やる気はある?」
「もちろんです!あります!」
「この業界なんだけど、基本的には外に情報を漏らすことは絶対に許されない。そのことをしっかりと弁えて仕事に従事できるか?」
「はい!」
「あとはそうだな。給料はいくら欲しい」
「給料ですか。そうですね、今まで頂いていた給料と同額くらいを想定しているので、24万円くらいは欲しいです」
「そうか。じゃあ30万円からスタートな。それと最後にいつから働ける」
「え、えっと、はい!来週の月曜日からであれば働けます!」
「じゃあ来週の月曜日に事務所へ来い。他になにか聞きたいことはあるか」
「ございません!」
「あ、あと、仕事場はノーネクタイだ。ネクタイは外して来い」
「わかりました!」

最後にまた一つ、常識外れの行動をしていたことには触れられず、もっと後になってから、ございませんと大きく返答した自分の愚かさに気付いた。面接の最後に必ず聞かれる「他になにか質問はございますか」この一文がどれほど重要なものなのかは、今回のような裏社会ではあまり重要視されていなかったようなので、あまり影響なく終えることが出来たが、一般社会では必ず質問をしなくてはならない重要なもの。良い意味でも、悪い意味でも、それまでの面接内容を覆すほどの可能性を持った質問事項なのだ。

場所や時間などはテライに聞いておけと言い、席を立ったその人はレジカウンターに向かうと、二人分のアイスコーヒー代を支払い、コツコツと革靴特有の足音を鳴らしながら自動ドアから外へと出ていった。これは合格ということで良いのか?なかなか実感の湧かない短い面接だった。あまり得意ではないコーヒーは、テーブルの上でたくさんの結露を身に纏ったグラスの中に一切量を減らすことなくコースターの上に乗ったままだ。もう一つのグラスの中は、大部分が飲み干され、下の方に氷が溜まっている。そんな苦手なものをストローを使って一気に飲み干してみる。苦い。なぜだか少し悔しい気持ちとなった。

店を出て家に帰るまでの道中は、来週からは別の職場だというワクワクした気持ちと、そういえば来週なんて言ったけど、いまの職場に言ったら許可してくれるのかなという不安感が微かに芽生えたが、まあなんとかなるかといういつものお気楽な考えがそれらを拭い取った。

月曜日。なんとか勤めていた職場の人たちに頭を下げ、仕事をやめることが出来たおれは、テライさんに指定された場所に指定された時間よりも30分も早く到着してしまった。そこはビルのワンフロアで、もちろん鍵はまだ開いてない。指定された場所に間違いがないかを確認しに一度エレベーターで下まで降り、電柱の住所などを確認してからもう一度エレベーターで上に登ったが、そこで誰かが来るのはどこか違うような気がしたので、また下まで降り、他の方の到着を待つことにした。
10分ほどすると、テライさんと筋骨隆々な背の高い男性が現れ、お、来たねー。あれ?まだ開いてないの?などとテライさんに声をかけられた。

「おはようございます!あ、あの、そちらの方は?」
「あー、この人はスドウさん。おれにこの仕事を紹介してくれた人だよ」
「この子が新しい子か。スドウです。宜しく」
「イヌマルです!宜しくお願いします!」

右手を差し出してくれたスドウさんの手を握り、分厚く大きな手と握手した。

「それにしてもアイツ遅いなー。部長来ちゃうじゃん。ほんと使えないよな」

誰のことを言っているのかはわからなかったが、テライさんはその人のことがあまり好きではないようなのは伺えた。恐らくその人が鍵の管理をしているのだろう。その人が来るまではここで待ちぼうけということになる。
それからさらに10分ほどした頃、もう一人の男性が現れた。おれを含め、全員がスーツなのは違いないのだが、その人が着ているスーツはそもそも体格に合っていないダボダボなスーツで、とてもだらしなく見える。テライさんやおれは先週までおれが勤めていた職場の先輩後輩という関係でもあり、その職場でスーツのことについては、テライさんにある程度気を使えと教えられていたので、サイズ感やデザインなどもしっかり選んだものだし、筋骨隆々なスドウさんも、スーツがはち切れそうなほどの筋肉なので窮屈そうに見えるが、高身長なのも相まって、とても格好よく見える。だが、眼前にいるこの男性のそれは少し違う。
歳は少し上のように感じたけれど、見た目にもあまりパッとしないその人からは、正直なんのオーラも凄味も感じなかった。なぜこの世界にいるのか、さらにはなぜ鍵の管理すら任されるような人間なのか。そんなたくさんの疑問が、少し不気味さを漂わせていた。

遅くなって悪かったね。などと言いながら、一階部分に備え付けられているポストのダイヤルを回して中から鍵を取り出す。慣れたような手付きで事務所の鍵を明け、室内の電気を付け、それぞれが自分の席に着いていった。おれにはまだ席が無かったので、なんとなく事務所内を見渡していると、他のみんなが室内にある二つの内の一つの扉を開け、中から掃除機や雑巾などを取り出してきて、おれにも一枚の雑巾を渡してきた。

「まずは朝の掃除だ。8時30分から仕事は始まるから、まあ30分以内くらいで掃除とか冷蔵庫の中身とか、書類の整理とかを簡単に済ませる。イヌマルはわからないと思うからとりあえずはおれと同じような行動をしてみて。これが毎日の最初に行うことだからさ」

テライさんは丁寧に仕事開始までの過ごし方を教えてくれた。はいといつものように少し大きめの声で返事をしてから、周りの方々がやっているように至極一般的な清掃を行い、独り暮らしの人が使うような小さめの冷蔵庫の中身を整えるやり方もテライさんが教えてくれた。中身は全て缶コーヒーだった。テライさん曰く、就業中の飲み物は冷蔵庫の中にある缶コーヒーが全て飲み放題で、コンビニの棚だしのように既に冷えている飲み物は前に出し、新しく投入する飲み物は後ろに毎朝置くこと。缶コーヒーは常時4種類ほどが備えられてあり、冷蔵庫の隣に段ボールでブラック、微糖、微糖、カフェラテが並べられている。
その他にも、室内を見渡すと本物なのかわからない刀が二本置かれていたり、木刀も置かれている。高そうな置物や観葉植物もあった。入り口を入ってすぐに不思議に思ったこともあり、事務所の扉を開けるとすぐ目の前に、二畳ほどのスペースを残してパーテーションで区切られ、室内は見えないようになっていた。それどころか、事務所の扉を開ける手前のエレベーターを降りてすぐに広がるフロアには、二ヵ所に防犯カメラが仕掛けてあり、常に事務所にあるモニターにその映像が表示されている。一番不思議に思ったことは、掃除など全ての作業が終わったら、それぞれのオフィス机の足元付近に、水を入れたバケツを準備することだ。これで全ての準備が終わったようだった。

「テライさん、部長はいつ頃来るんですか?」
「そうだねー、だいたいいつも8時40分とか45分くらいかな」
「そうなんですか。おれはどうしたらいいんですかね」
「とりあえずそこの空いてる席に座ってたら?」
「平気なんでしょうか」
「大丈夫でしょ。それにまだ10分以上あるのにずっと立ってるのは疲れるよ」

テライさんの助言を受け、全部で七箇所あるオフィス机と椅子の一箇所に腰をかけた。腰をかけると最も冴えない先輩が声を掛けてきた。

「きみがイヌマルくんだね。おれはナカノ。宜しく」
「あ、はい!イヌマルです!宜しくお願いします!」
「この仕事は大変なこともあるけど、頑張った分だけ給料に反映するから」
「はい!頑張ります!」

簡単な受け答えだけだったが、妙に上から目線の言い方なのが少し鼻に付くが、本来であれば目下の存在であるおれから声を掛けるべきところを、先輩社員である人から声を掛けてくれたことには好感を持てた。

周りのみんなが黙々と書類の整理をしていると、8時45分頃、部長が出勤した。と同時に全員が立ち上がり、おはようございますと丁寧に頭を下げている。おれも僅かにみんなには遅れたが、立ち上がりおはようございますと挨拶をした。おう、と簡素な返答を返した部長は、一番窓際の角に当たる席に腰掛けた。その姿は相変わらずのダンディさと大人の落ち着いた雰囲気を出し、威厳さえ感じられた。

今日からこの事務所で新しいおれの仕事が始まる。捕まる危険はあるのか、色んな世界(裏社会)の人と繋がれたりするのか、夜遊びはさせてくれるのか、給料はどれくらいのペースで上がるのか、など様々な思考が脳内を駆け巡る。
それぞれの机に置かれたたくさんの携帯電話を眺め、軽く深呼吸し、背筋を伸ばした。

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