狐の婿入り

たんぼ

プロローグ

歩いていた。

今自分がどこに立って、そしてどこにいるのかも分からず、てくてくてくてくと。
 空は青く、季節は夏。
じーじーとアブラゼミが鳴く。
周りは田んぼに囲まれ、そよそよと風がふく。
それに応えて稲がざわざわと騒ぎ立てる。

はァはァと息は継ぐものの、別段疲れてはない。
汗をかき、のどがかわいたなぁと思えば田んぼの傍にチョロチョロ流れる川の水を飲むだけだ。

この水がとても美味かった。きっと向こうの方に見える森から流れている水であろう。その奥には、山が見える。これが綺麗な山だった。
八月に映える緑はいっそう凛々しく、僕を呼んでいるかのようだった。
「おいでよ、おいで。望むものは全てあるヨ」時折そう聞こえる。

だが、何故だろう。一向にその地に足を踏み入れることはない。歩いても歩いても、その歩幅に合わせたように森は遠ざかっていく。不思議なことがあるものだなぁと思ってはなんとかそこに行って木陰で涼もうと走ってみるが、やはり不可能であった。


時たま、何かが現れる。例えば古びたバス停、野菜の無人販売、駄菓子屋…。そして鳥居。
そしてそこには何者かがいる。
小学生くらいの男の子、女の子。青年や老婆。老父。

そしてそのヒトたちは、透けていた。
さらに皆、顔を見せることはなかった。なにかしらの面を付けている。
火男ひょっとこの面。おきなの面。ヒーローの面。
狐の面。

ある子は僕に言った。
「にいちゃん、入っちゃったんだね。たまにあるけどここまではっきりと入ってるのを見るのは初めてだよ。」
入ってる。子はそう言った。
僕は尋ねた。
「ココはどこ?」
子は答えた。
「えっとね、説明するのは難しいんだ。ボクも仕組みが分かってないからね。」

「きっと緩んだとこから入ったんじゃない?」

「そうだよ!きっとそうだ!」

「じじに聞きに行こうよ!」

「そうだ!それがいい!じじはなんでも知ってるもの」

「ねぇ、にいちゃん。そうしよう!連れてってあげるよ!」
異様だった。あらゆる面を付けた子どもがわらわらと迫ってくる。「いこう、いこう!」
子どもたちはそう言った。いや、騒いだ。きっと僕が珍しかったのだろう。その数は、一人、二人、四人…と増えっていった。

僕は恐ろしくなって、その子らを振り切って走った。いくらか走った。
「通りゃんせ通りゃんせ、こーこはどーこの細道じゃ天神さまの細道じゃ」
かなり走ったはずだが、彼らの声が重なってそう聞こえた。

細道、天神さまの細道。
彼らが異様だったのではない。
僕一人だけが異様だった。








この物語は少し不思議な、それでいて恐ろしい。貴方様が知らない物語であります。
ではでは早速…。襖を開けさせていただきましょう。私めがご案内させていただきます。くれぐれも離れぬように、そして何も口にせぬように…。

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