月光の死神と白亜の紅舞姫 〜うちの娘が健気で強くて可愛くて〜

奈狐

プロローグ 出会いと心の目覚め

とある大陸にあるとある国。
 古来より国が多数あれば確実に起きることがある。
 それは、戦争。
ある国は、自分たちの力を強めるために他国に攻め込む。
 またある国は、領土や食料などの確保のために他国から略奪しようと起きてしまう。
  だがそんな物騒極まりない世の中、ただ一つの国だけは、平和の真っ只中にいた。
 その理由はたった一つ。
 ただ一人の少年がその国に住んでいるからだ。

 見た目はただの髪の長い十五、六歳の子供。
 その無造作に伸びた黒い髪に、時々のぞく赤い瞳。
 その瞳には子供特有の好奇心やキラキラと輝くような感情は全くもって皆無。
 髪に隠された表情は常に無。
 何事にも興味など無く、ただ降り掛かる敵を倒していた内に付けられた呼び名は『月光の死神』。
 ある一夜のスタンピード(魔物の大進行)を一瞬にて壊滅状態にした際に付けられた二つ名だ。
 『月光の死神』、シエル・オールス。
 自分を育ててくれた師匠に名付けられた少年の名であり、この世界で最強を示す、ランク【X】の冒険者でもある。
 そんなシエルには、一つだけ足りないものがある。

 地位も名誉も金もある。だが一つだけない重要な物・・・『人間の心』、それが欠けていた。
 喜びも、悲しみも、興奮も緊張も感動も何もかもが欠如している欠陥品。それがシエル・オールスという男だ。
 そんなだからだろうか、極力他人と関わり合うのを避けてきたシエルにとって最も苦手な事体に、いま頭を悩ませているのは。

 

 シエル・オールスには、生まれてから5歳ほどまでの記憶が一切無い。
 気がつけば師匠に拾われて、暮らしていた。
 師匠は厳しく自分に修行を施したが、実の孫のように可愛がってくれる老人だった。
 シエルはどんどん強くなっていった。才能やその身に宿る魔力がズバ抜けて優秀だと、師匠は言った。
 王国からそこそこ遠い場所にある森。一度足を踏み入れれば生きて帰ることは不可能とさえ言われる『死者の森』の中腹、そこにある木造の一軒家に師匠と二人で住んでいた。
 その師匠は一月前に寿命で亡くなってしまったのだが。
 昔から感情表現が苦手で、表情も凍てつくような無表情から動くことがない。
 そんなシエルだからこそ、師匠亡き後も森の一軒家で住み続けた。
 時折、冒険者ギルドに向かい依頼を受けてはまた家に戻る。
 そんな毎日を無感動と無意味が塗りつぶす、止まってしまった歯車のような毎日を繰り返していた。

 その日はいつも通り、朝早くに起床し、家の裏にある師匠の墓参りを行っていた。

 「人生ってのはつまんねえもんだよな・・・じいさん」

 毎朝、早起きして育て親の墓に人生の愚痴を吐く。
 それはもう、シエルの日課であり唯一残された師匠への『報告』なのだ。
 世界最強の冒険者など、欲しくもない称号を手にした少年の、強すぎるが故の自虐的な呟き。
 冒険者達には憧れられ、英雄などともてはやされる。
 国の中枢達には、恐怖の対象と認知されて。魔物も魔族も、魔王でさえも触らぬ神に祟りなしとばかりに逃走を選択する。
 崇拝か、恐怖の二択しかない認識。
 色褪せる事無く無情に過ぎ去る世界に、憂鬱とか絶望とか全てを混ぜ合わせた感情をぐちゃぐちゃに織り交ぜ、亡き師匠にぶつける。
 たったそれだけで、あの頃のように師匠が相槌を打ちながら優しく微笑んでくれているような気がして、少しは救われる。
 と、その時どこからか声が聞こえたような気がする。

 「・・・け・・・て」

 一般人とは程遠い身体能力を持つシエルには、そのズバ抜けた聴力を持って、聞こえた言葉を考える。
 それはそう、即ち『助けて』という懇願の言葉だった。
 さいわいその呟きの発信源は一msモールス(1500m)と少し。
 シエルの全力で駆ければ十秒とかからない距離だ。

 そうして全力で走り、たどり着いた場所には――

 「魔狼か」

 六匹の黒い狼が腹をシエルに向けて降伏のポーズで怯えていた。
 そのすぐ側にはボロ切れのような状態になった女性の死体が・・・。
 その死体に無造作に近づく。魔狼達がピクっと怯える。
 首筋を噛み切られた女性の死体、どこか死に方が不自然な格好だと感じる。
 助けを呼べるほど状況を把握していたのなら、普通は怯えるかなんとかして、普通に死んでしまっているはずだ。
 なぜこの女性は、後ろから首筋を噛み切られているのか。
 なぜ何かを庇うように、守るように地面に覆いかぶり死んでいるのか。
 その答えを確かめるために、優しく女性を抱き上げる。
 そして明らかになる現実。
 死んでいる女性になど気にもくれず、すぅすぅと安らかに寝息を立てている生後二・三ヶ月程の赤子の姿。
 
 「・・・せてて苦しませずに殺して楽にしてやるか」

 赤子を、せめて苦しませずに逝かせてやるために手を出そうとする。
 自分の力なら少しでも力を加えれば、この脆そうな赤子の首など一瞬で折れてしまうだろう。
 無論、ここで殺さなかったとしても自分が去れば魔物達に殺され、糧になるのだろう。
 そこで思いとどまる。
 この赤子を庇った女性はなんと言った?
 『助けて』、そう言った。
 少なくとも生きたいという意思はあったのだろう。
 それなのに命無きあとも赤子を庇うように倒れ込んでいた。
 それすなわち、女性は自分以上にこの赤子に生きて欲しかったのだろう。
 その思いに答えてやりたい。
 だが、自分は人の心など分からない。人と関わる事など皆無で、依頼を受ける時なども無言で依頼書を提示するだけだった。
 そんな自分が、こんな幼い子供を生きさせられるのだろうか。
 こんな事なら、もっと他人と関わっていれば良かった。
 後悔と不安が心を押し潰そうとしている。
 
 「・・・・・・」

 無言で亡き女性と赤子を抱き上げた。




 『死者の森』、その中腹にある木造の一軒家。
 その家の裏に、二つある墓に手を合わせる男の姿があった。
  一つは物語や英雄譚などに出てくる、かの有名な『叡智』の大賢者、フルール・オールス。
 もう一つは名も知らぬ女性。
 その二つの墓前にしゃがみ、目を瞑りながら手を合わせていた男は呟いた。

 「・・・じいさん、人の心なんて全く知らねえ俺だけど、訳あって子供を育ててみることにしたよ。
 あんた言ってたよな。孫が出来たら、女の子だったらめいいっぱい可愛がってやるんだって。結婚する相手なんて儂がぶっ潰してやるんだ、とか言ってたよな。
 出来たよ、俺の娘。あんたの孫だ。
 俺が五歳の頃から育ててくれたじいさんと違って、まだ赤子からだけど、頑張って育ててみるから。見守っててくれ」

 「あのの母親か・・・あんたが命張って守ってたあの娘はちゃんと生きてるよ。
 頑張って出来るだけ幸せにしてみるから、死神なんて 呼ばれる無情な俺だけど、久しぶりに世界が動き出した気がするんだ。
 無色に染まった背景のような人生が・・・なんつうか、色づいて来たって感じでさ・・・、死んじまったあんたの分まであの娘は幸せにしてみせるから。」


 そうして、最強の冒険者の見る、色褪せ止まっていたような無色の世界は――少しずつ色づいていく。

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