村人が世界最強だと嫌われるらしい

夏夜弘

最善策 11

「その魔族は、名前は言わなかった。ただ『次期魔王』とだけ言ったのだよ」

「次期魔王?」

「そう。私とべーテルはその時は笑ったよ。自分で次期魔王を名乗る者など、余程の間抜けか、自分の力を過信しすぎた愚か者かのどちらかしかいないのだからな」

「それで、どっちだったんだ?」

「どちらでもなかった」

「戦ったのか?」

「戦ったよ。そして完敗した。私とべーテルの二人で戦ったのにだ」

「なぜ戦いになった?」

「私とべーテルの領土拡大のスピードは凄まじかった。何せこのリバースワールドで五本の指には入ると言われたからな。そして、そう言われ始めた頃だ、そいつがやって来たのは」

 昔を思い出しながら話すファンウの顔は、どこか懐かしいと思っている中に、楽しかったという表情も見て取れた。

「奴はこう言った。『お前らは強いのか? 強いなら俺と戦え。俺は俺の強さ確かめたい』とな。それで戦いになったのだ」

「随分おかしな奴なんだな。その魔王とやらは」

「ああ。だが強かった。私とべーテルは本気で戦った。それに対して奴は多分半分の力も出してなかった。流石に落ち込んだよ。そしてその時だ、この尻尾を切られたのは」

「それで、その後はどうしたんだ?」

「魔王は自分の強さを知ったやいなやどこかへ消えていった。何やらブツブツと言いながらな」

「なんて言ってたんだ?」

「気絶寸前だったからあまり覚えとらんが、確かにこれだけは言っておった。『これで人・村・烈・毅・に・は・負・け・な・い・』とな」

「俺……?」

 烈毅は何が何だか分からなくなる。何百年も前の事だ。その時代になぜ自分の名前が出てくるのか。本当に謎で仕方がなかった。

「まぁ、このくらいでええかの。長話もここら辺にして、そろそろ始めようか?」

「待て。まだ聞きたいことがある。それを聞いてからでも―」

「私に勝ったらな?」

 その次の瞬間、ファンウの体からは莫大なオーラが太陽のフレアのように放出され、辺りの空気がピシッと張り詰めたようになる。烈毅も、ワンテンポ遅れて全身にオーラを纏わせ、戦闘態勢になる。

「綺麗なオーラだ。あの次期魔王と戦って以来、ずっとそいつが口にした名前の者を探し続け、そして期待し続けた。簡単には終わるなよ?」

「簡単には終わらない。だが、お前がやろうとしている事は終わらせてやる」

「ほっほっほ。威勢のいい人間だ。では、こちらから……」

 烈毅がギュッと拳に力を込めた瞬間、ファンウはもう手の届く距離に詰めてきていた。そして、ファンウは小さな拳にも関わらず、目の前に見えたのは視野全体を覆うようかの拳。その錯覚に、烈毅は"負け知らずの最弱"を発動せざるを得なかった。

 その攻撃を躱し、烈毅はファンウの腕を折ろうと、全力で腕に殴り掛かる。が、小さな体を機敏に動かし、その攻撃を余裕で躱す。

 次に、烈毅の脇腹に出来た隙をファンウは見逃さず、そこへ強烈な蹴りを入れる。烈毅は残していた左手でその攻撃を何とか防ぐ。だが、その余りにも重すぎる一撃は、烈毅の骨身に伝わり、全身にその痛みが伝わる。

「今のを防ぐか……やはり、あの者が気にかけていただけある……だがまだあの者には遠く及ばない」

「そりゃどうも!」

 烈毅は、防御の際、ファンウの蹴り足を掴んでおり、豪快に振りかぶって全速投球をする。

 そして、入口の方まで投げ飛ばされたファンウは、その早すぎるスピードにもがくことが出来ず、外へ投げ出され塔の壁に激突する。

 烈毅も、それを追うように外へ出て、砂埃が荒く舞っている中を目を凝らして待ち続ける。

 そして、パンッ! という大きな音がなったと同時に、その砂埃は一瞬にして強風に流されていく。そして、両手を合わせて合掌をした姿のファンウが顕になる。

 お互いに、何も喋ること無く、ただ睨み合う。息は乱さず、ピクリともその体を動かさない。まだ戦って一分も経っていない。この高速のやり取りが、さらに加速する。

 烈毅もファンウも、息ぴったりかのように足に力を入れ、そしてお互いの距離を詰める。二人がぶつかった途端、両者は全力で殴り合う。

 拳と拳がぶつかり合う音が遅れて聞こえてくるほどにその攻撃は早く、激しい。その場で激しい揺れが起こるほどにぶつかり合い、塔以外の建物は次々と倒壊を始めていく。

 両者一歩も譲らず、そのとてつもなく激しい攻防は続く。

 その攻防が続くこと約一分、二人は再び距離を置くかのように離れる。

 この一分の中で、二人が殴りあった攻撃数は千を超える。その千のやり取りで、お互い致命傷と言えるほどの傷は一つもない。ただ、もしも長期戦になるとしたら、不利になるのは圧倒的に烈毅だ。

 "負け知らずの最弱"は制限時間がある。それは十分だ。使用時間合計十分を過ぎると、その日はもう発動出来なくなる。無理に発動させようとすると、全身に激しい痛みが伴い、大幅に自分の体力が削られる。

 だが、烈毅はそんな事など一ミリも頭には入っておらず、寧ろ今この状況を楽しんでいる自分がいる。

 何だろう、この高揚感……ダークドラゴンと戦った時よりも楽しい。今まで戦ってきたどの戦いよりも死ぬかもしれないと思っている。今まで会ってきたやつの中でもダントツで強いと言える。だから……。

 烈毅は一つの強い感情を抱く。


 ……だからコイツには絶対に勝ちたい。

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