天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

君と話していると、なぜか懐かしい気持ちになる

「君に、いや、君たちに神託物を壊されてからまだ全快には至っていない。君たちが何者なのか、それはこの際どうでもいい。ただ、私のやることは変わらない」

 エノクはまだ本調子ではない。信仰心の具現でもある神託物を破壊された影響は大きい。それでも彼の戦意は衰えることはなかった。

「私の誓いを、貫くだけだ」

 六十年間守り通してきた意志は変わらない。
 エノクは再び浮上した。周囲を透明な防壁が固める。神愛はすぐに突撃しようとするがエノクの背後から巨大な光が二つ浮かび上がる。

「なに?」

 そこから出てきたのはメタトロンの腕だった。全身を顕現させるのは今のエノクでは無理だ。そのため腕だけを光の輪から出し攻撃してきた。

「があああ!」

 突然の攻撃、さらに全身以上の巨大な拳なため回避できず神愛は吹き飛ばされてしまった。さきほどエノクにした距離よりもさらに長い。崩れた建物に激突するもそれを貫通し地面に何度もたたきつけられる。
 神愛は地面に手をつけた。表情がひきつる。完全な形ではないとしてもこの力はまずい。
 神愛が通ってきた道からエノクが現れる。

「これで終いではないだろう。立て。お前の決意を見せろ」

 しびれる両腕に力を入れる。全身を立たせ神愛は笑ってみせた。

「けっ。待っててくれるとはずいぶん甘いんだな。騎士道精神ってやつか?」
「私の意思だ」
「なんのためにだ?」
「君はこれまでの戦いを彼女を救うためだけに戦ってきた。その意思の強さと行動力は瞠目に値する」
「おだててもなにも出ねえぞ?」
「君と話していると、なぜか懐かしい気持ちになる」
「?」

 どういうことか分からず神愛は眉を曲げる。

「この戦いは私の使命を賭けた戦いだ。だがそれだけではない。特別ななにか、私に課せられた試練である気さえする。それを、不本意な決着で終わらせたくはない。来い、宮司神愛。世界を守るために戦う私と、誰かを守るために戦う君。答えは戦いで決めよう」
「言われるまでもねえ、お前が恵瑠に手を出すって言うなら、俺が全力で止めてやる!」

 負けられない理由がある。守らなければならないものがある。そのためにこれまでを戦ってきた。
 その決意、見たいのならば見せるまで。
 神愛のオーラが爆発する。全身から噴出するきらびやかな金色が周囲を漂い神愛を包む。
 エノクも負けてはいない。すぐさに攻撃をしかける。神愛を囲うように配置されたいくつもの光から線が放たれる。
 それらは、すべて神愛に当たるなり弾かれた。

「ッ」

 教皇の目つきが鋭くなる。自分の攻撃がこうも利かないとは。
 神愛に弾かれた光線は地面をえぐり爆発の音が一斉に響いた。地面はえぐられ破片が飛び散る様は空襲でも受けているかのようだ。辺りが土煙に覆われるが、それを白の拳が突き破ってきた。

「ぐうう!」

 神愛は真っ向から受け止めた。両腕を当て足で体を支える。すさまじいパワーだ。神愛も負けじと力を入れる。
 が、駄目だった。神愛の体はまたも吹き飛ばされる。これは駄目だ、あまりにも力が違い過ぎる。
 神愛は地面に腕を突き刺した。杭のように穴を開けるがそれでもすぐには止まらない。もし神愛の強化が及んでいなければ片腕の骨は折れていたか根本からちぎれていた。それを無傷で行った神愛もすごいが注目すべきはなんといってもメタトロンの力だ。
 圧倒的だった。これで不完全なのが恐ろしい。慈愛連立最強最大の神託物。神愛も全力だった。だがその祈りは彼の全力を凌駕していた。
 神愛は両足をバネにして駆ける。迎い打つは神聖な拳。壁が迫るかのような猛威が近づくその様は今でも全身が震える。
 けれども神愛は拳をまっすぐと見ていた。大きさ、速度、この一撃にはすべてで負けている。だからこの一瞬、この刹那だけでいい。
 この攻撃を越える。
 黄金が最大出力で力を発揮する。強化は神愛の速度を加速させ、妨害は時間の進みを遅延する。
 この瞬間、この一瞬、間違いなく世界は一拍停止した。

「うおおおお!」

 その隙に神愛は拳をすり抜ける。それでもぎりぎり。巨大質量が生み出す嵐のような風を突き抜けて神愛は進む。まっすぐとエノクに向かって。

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