天下界の無信仰者(イレギュラー)
六十年前の約束
エリヤは亡くなった。
その後シルフィアも姿を消してしまった。
残されたのはエノクだけだった。家族はいない。憧れだった者も、親しい者も。
だけどまだ、やらなければならないことがある。
約束だ。この身は兄エリヤと約束してしまった。あとを任すと、世界を守れと。
ならば任されよう。この剣に誓って。騎士の誇りに掛けて、この世界を守ってみせる。
偉大なる兄、エリヤの名を世間が貶めようと、自分だけは、その輝きを知っているから。
そこからエノクの新たな道が始まった。過酷な道をたった一人で進んでいく。苦しいことも辛いこともあった。
けれど、その道を今も歩んでる。
それから、六十と余年。
ゴルゴダ共和国首都ヴァルカン。美景と栄華を誇った都は崩壊し、残骸だけがかつての面影を残していた。晴れた青空には雲一つなく地上の惨劇を照らし出している。
そこには多くの戦いがあった。
多くの想いがあった。
火花を散らし、銃声と怒号を響かせて。誰かを守りたいという願いと平和であれという祈りを糧にして、両者は嘆きと死を振りまいてきた。
でも、今ではなにも聞こえない。ここは静かだ。時折吹く風の音が耳を掠めるがそこに喜びの声もなければ断末魔もない。
数多の願いは下敷きになり、戦いは終盤に入っていた。
多くのものが積み重なった戦場で、今、一人の少年と老人が戦おうとしている。
「エノク……」
対峙する教皇に神愛は怒りの混じった声でつぶやく。人類と天羽による戦争はミカエルを倒したことで終結している。これ以上の戦いに意味はない。ましてや人間同士で。
それでもエノクにはやらなくてはならないことがあり、神愛にも引けないものがあった。
「彼女にはこの場で死んでもらう」
神愛の背後に隠れる恵瑠がびくっと背を震わせる。
「それを俺が許すと思うか?」
「いいや、君は戦うだろうな」
エノクは目をつぶってそう言った。表情はどこか穏やかだが、瞼をあけた瞬間その顔は真剣なものになっていた。
「私の考えは変わらない。このような事態を引き起こさないためには鍵そのものの破壊が必要だ」
「エノク……」
恵瑠から悲しげなつぶやきがこぼれる。その瞳は辛そうだった。
「そんなの間違ってる!」
神愛が叫ぶ。
「なぜこいつが殺されなきゃいけない!? 誰よりも世界を平和にしたいって、笑顔にしたいって願ってるじゃねえか!」
恵瑠に敵意はない。かつて犯した罪がその小さな背に負っていてもそれは過去のもの。罪のない者などいない。
恵瑠は変わった。破壊と殺戮が救いだと信じた狂信者はすでになく、ここにいるのは平和を愛する少女だ。
そこでもう一人の少女が叫んだ。
「止めてくださいエノク!」
ミルフィアだ。必死な声でエノクに叫ぶ。その瞳は強い思いであふれていたが敵意はなかった。むしろ親愛すら感じさせる。
「こんなことは止めてください。なぜ戦うんですか? なぜそこまでこだわるんですか? 彼女に敵意がないことは見て分かるはずです。戦いは終わったんです」
分からないだろう。理解できないだろう。彼には。彼女の気持ちが。分かるには時間が離れ過ぎてしまった。
「だからお願いですエノク、止めてください!」
「聞けない相談だ」
「なぜ!?」
ミルフィアは必死に訴えるがエノクには届かない。
「これは私の使命だ!」
返される言葉は激しかった。固い決意が燃えている。
「この街を守ること、人を守り世界を守ること。それが私の約束だ。誰に非難されようと私は私の成すべきことをなす」
重い。まるで山のような信念だ。彼を動かすことは誰にもできない。彼が積み上げてきた信仰は想像を絶するものがある。
その後シルフィアも姿を消してしまった。
残されたのはエノクだけだった。家族はいない。憧れだった者も、親しい者も。
だけどまだ、やらなければならないことがある。
約束だ。この身は兄エリヤと約束してしまった。あとを任すと、世界を守れと。
ならば任されよう。この剣に誓って。騎士の誇りに掛けて、この世界を守ってみせる。
偉大なる兄、エリヤの名を世間が貶めようと、自分だけは、その輝きを知っているから。
そこからエノクの新たな道が始まった。過酷な道をたった一人で進んでいく。苦しいことも辛いこともあった。
けれど、その道を今も歩んでる。
それから、六十と余年。
ゴルゴダ共和国首都ヴァルカン。美景と栄華を誇った都は崩壊し、残骸だけがかつての面影を残していた。晴れた青空には雲一つなく地上の惨劇を照らし出している。
そこには多くの戦いがあった。
多くの想いがあった。
火花を散らし、銃声と怒号を響かせて。誰かを守りたいという願いと平和であれという祈りを糧にして、両者は嘆きと死を振りまいてきた。
でも、今ではなにも聞こえない。ここは静かだ。時折吹く風の音が耳を掠めるがそこに喜びの声もなければ断末魔もない。
数多の願いは下敷きになり、戦いは終盤に入っていた。
多くのものが積み重なった戦場で、今、一人の少年と老人が戦おうとしている。
「エノク……」
対峙する教皇に神愛は怒りの混じった声でつぶやく。人類と天羽による戦争はミカエルを倒したことで終結している。これ以上の戦いに意味はない。ましてや人間同士で。
それでもエノクにはやらなくてはならないことがあり、神愛にも引けないものがあった。
「彼女にはこの場で死んでもらう」
神愛の背後に隠れる恵瑠がびくっと背を震わせる。
「それを俺が許すと思うか?」
「いいや、君は戦うだろうな」
エノクは目をつぶってそう言った。表情はどこか穏やかだが、瞼をあけた瞬間その顔は真剣なものになっていた。
「私の考えは変わらない。このような事態を引き起こさないためには鍵そのものの破壊が必要だ」
「エノク……」
恵瑠から悲しげなつぶやきがこぼれる。その瞳は辛そうだった。
「そんなの間違ってる!」
神愛が叫ぶ。
「なぜこいつが殺されなきゃいけない!? 誰よりも世界を平和にしたいって、笑顔にしたいって願ってるじゃねえか!」
恵瑠に敵意はない。かつて犯した罪がその小さな背に負っていてもそれは過去のもの。罪のない者などいない。
恵瑠は変わった。破壊と殺戮が救いだと信じた狂信者はすでになく、ここにいるのは平和を愛する少女だ。
そこでもう一人の少女が叫んだ。
「止めてくださいエノク!」
ミルフィアだ。必死な声でエノクに叫ぶ。その瞳は強い思いであふれていたが敵意はなかった。むしろ親愛すら感じさせる。
「こんなことは止めてください。なぜ戦うんですか? なぜそこまでこだわるんですか? 彼女に敵意がないことは見て分かるはずです。戦いは終わったんです」
分からないだろう。理解できないだろう。彼には。彼女の気持ちが。分かるには時間が離れ過ぎてしまった。
「だからお願いですエノク、止めてください!」
「聞けない相談だ」
「なぜ!?」
ミルフィアは必死に訴えるがエノクには届かない。
「これは私の使命だ!」
返される言葉は激しかった。固い決意が燃えている。
「この街を守ること、人を守り世界を守ること。それが私の約束だ。誰に非難されようと私は私の成すべきことをなす」
重い。まるで山のような信念だ。彼を動かすことは誰にもできない。彼が積み上げてきた信仰は想像を絶するものがある。
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