天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

お前の兄貴はな、今から人助けに行ってくる

「うわ、なんだこいつ気持ちわる!」
「なにをぉお!」

 シルフィアはすぐに振り向き隣にいるエリヤのスネにローキックを当てた。
「ガァァァァッ、デミッ!」

 悲鳴をスラングに変えながらエリヤはスネを抱えてピョンピョン跳ねている。

「兄さんは本当に失礼千万、デリカシーのない人ですね!」
「そうだぞエリヤ」
「人が喜んでいるところにわざわざ水を差して申し訳ないと思わないんですか!?」
「そうだぞエリヤ」
「エルさんからもなにか言ってください!」

 するとウリエルが一歩前に出た。

「しゃばいと、ばいしょうを、ようきゅうする!」
「そうだそうだ!」
「うるせーよ!」

 シルフィア怒りのローキックに続きウリエルまで賛同してきた。ここに味方はいないのか。

「んだよ、お前ら初対面じゃねえのかよ」

 二人のコンビネーションは抜群だ。

「いいから、お前はそれを持ってここから出るんだ。いいな」

 エリヤは未だに痛むすねをさすりながら玄関へと向かった。まったくやれやれだ。

「兄さん、どこか行くんですか?」
「まあ、ちょっとな」

 本当のことは言えない。隠し事をすることに後ろめたい気持ちがないわけではなかったが無視した。

「こんな時間にですか?」
「大人の夜は長いんだよ、お前は子供なんだから早く寝ろよ」

 エリヤはリビングの扉に手をかけた。

「エリヤ」

 その手を呼び止めたのはウリエルだった。

「約束、だからな」

 訴えかけるような目がエリヤを見つめてくる。その瞳を見ながら、エリヤは「おう」と答えて扉を開けた。
 エリヤは家を出た。女子二人の喧噪から離れた夜空の下は静まりかえっている。そのまま歩いていき門扉に手を当てる。

「兄さん!」
「シルフィア?」

 家から出てきたシルフィアが小走りでエリヤに近づいてきた。

「どうした、なにかあったか?」

 見送りというわけではないだろう。いつもそこまでしてもらっているわけではない。
 見ればシルフィアは俯き加減でエリヤの顔を見ていない。なにやら複雑そうな表情をしている。

「その、あの」

 慌てて来たように思えたがそれにしては歯切れが悪い。

「これといって用があるというわけじゃないんです。ただ、嫌な予感がして」
「…………」

 虫の知らせ、というやつなのか。それともさっきのウリエルとのやりとりに不穏なものを感じたのか。シルフィアの浮かべる表情はいい知れない不安の表れだった。

「なんか、兄さんともう会えないような気がして……。おかしいですよね、そんなことないのに。でも、なんでか……」

 シルフィアにはなにも言っていない。なのにこうも的確に心配してくる。
 すごいな、と思った。

「兄さん、どこか行ったりしないですよね? 戻ってこないなんてこと、ないですよね?」

 少女が見上げる瞳が不安げに揺れている。エリヤは優しくその頭を撫でてやった。 

「あるわけねえだろ」

 彼女の不安をふき取るように。エリヤは腰を屈め顔を近づける。

「シルフィア。お前は俺の大切な妹だ。家族だ。俺がお前を置いてどこか行くわけないだろ」

 シルフィアの心配は的中している。エリヤはこれからウリエル脱出のため時間を稼がなければならない。そんなことをすればただじゃすまない。シルフィアも確信とまではいかないが予感があって言っている。ただ慰めるだけではこの聡明な妹は納得しないだろう。
 エリヤは頭を撫で終え、姿勢を元に戻した。

「お前の兄貴はな、今から人助けに行ってくる」
「人助け?」

 シルフィアが見上げる。

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