天下界の無信仰者(イレギュラー)
自分を駄目だとか言うな! 言うなよ!
それが、エノクには――
「馬鹿を言うなよ」
無性に、許せなかった。
胸の奥から熱が吹き上げてくる。それはエリヤが自分を悪く言った時からずっとだった。我慢ならない思いに両手を握りしめていく。
「なんだよ、自分は馬鹿だって。ダメな人間だって。そんなの今更だろ、そんなことみんな知ってるんだよ!」
「エノク?」
エノクの大声にエリヤが振り返る。迷惑をかけないと言ったのに、なにが勘に障ったのか分からない。
エノクは我慢ならないまま気持ちが口を動かしていく。
「でもな! そんなこと自分で言うなよ! 兄さんにな、救われた人間だっているんだぞ!」
「…………」
「馬鹿だとか、迷惑かけるだとか、そんなのどうでもいいんだよ! そんなの承知でこっちは付き合ってるんだ。いい加減で、だらしなくて、だけど真っ直ぐで、誰かを助けるために全力を出せる。命の恩人で、憧れだった! そんな人間が!」
言っていて泣けてる。エノクの目にはいつの間にか涙が浮かんでいた。なんだ、これは。胸が熱い。目の奥が熱い。視界がぼやけ、見上げる相手すらまともに見れない。
でも、そんなことよりも。
この思いを、言わずにはいられなかった。
「自分を駄目だとか言うな! 言うなよ!」
それほどまでに、エノクは悔しかった。
憧れの人に、自分が駄目なんて言ってほしくなかった。まるで自分の気持ちすら否定されているようで、悲しかったから。
なにより、そんなことを言わせてしまう自分の無力さが嫌だった。
悲しくて、悔しくて仕方がなかった。
「くそ……くそ」
「エノク……」
思わぬエノクの告白にエリヤは面くらってしまう。エノクはエノクで溢れる涙を悔しそうに拭いている。まさかこんなことになるとは思わず、エリヤはどうしたものかと立ち尽くす。
「勝負しろ!」
「はあ?」
つい素っ頓狂な声が出てしまう。
「私と戦え。あの時の続きだ。もし私が勝ったら私も協力する」
「おいおい」
これではあべこべだ。迷惑をかけたくないから出ていくと言っているのに。これでは本末転倒だ。
「なんでだよ。そんなことしたらお前まで巻き込まれるんだぞ?」
「どうした、自信がないのかエリヤ!」
「……分かったよ」
ただ、エノクの気持ちも分かる。その気持ちを蔑ろにしたくない。
エノクの気持ちは、正直兄として嬉しかった。
受けるしかない、エリヤも覚悟を決めた。表情を切り替え、鋭い目で見る。
「こいよボウズ。お前の壁がどれだけ高いか教えてやる」
「上等だ」
二人の試合が決まった。
それから二人は公園のグランドへと場所を移動していた。さすがに家の前でできるはずもなくシルフィアには少し出かけてくると伝えてある。
周りを木々に囲まれた小さな公園は夜中ということもあり誰もいなかった。静けさの中に夜風が時折吹き抜けていく。
「まさか、こうしてお前とここにまた立つなんてな」
ここは昔よく一緒に訓練をしていたところだ。エノクがまだ弟になってすぐの頃、エリヤと同じ聖騎士になりたいと言い出したので練習に付き合っていた。あの頃は楽しかった。一生懸命に剣を振っている子供のエノクとそれを退屈そうに見ている小さなシルフィアの姿はいい思い出だ。
「俺と同じ聖騎士になりたい、か」
あの時エノクが言った言葉をつぶやいてみる。それで正面に立っているエノクも反応した。
「そうだな。でも、私はまだ達成できていない」
エノクの顔を見てみる。いつになく真剣な表情だ。もしかしたら定例会議の時よりも引き締まった顔をしているかもしれない。あの時は絶対に勝つという荒々しい戦意のようなものがあったが今はそれがなく、落ち着いた闘志を全身から漲らせている。
「あなたを超えなければ、意味なんてないんだ」
エノクは剣を構える。真っ直ぐとした瞳がエリヤを見つめていた。
「フ、そうかい」
「馬鹿を言うなよ」
無性に、許せなかった。
胸の奥から熱が吹き上げてくる。それはエリヤが自分を悪く言った時からずっとだった。我慢ならない思いに両手を握りしめていく。
「なんだよ、自分は馬鹿だって。ダメな人間だって。そんなの今更だろ、そんなことみんな知ってるんだよ!」
「エノク?」
エノクの大声にエリヤが振り返る。迷惑をかけないと言ったのに、なにが勘に障ったのか分からない。
エノクは我慢ならないまま気持ちが口を動かしていく。
「でもな! そんなこと自分で言うなよ! 兄さんにな、救われた人間だっているんだぞ!」
「…………」
「馬鹿だとか、迷惑かけるだとか、そんなのどうでもいいんだよ! そんなの承知でこっちは付き合ってるんだ。いい加減で、だらしなくて、だけど真っ直ぐで、誰かを助けるために全力を出せる。命の恩人で、憧れだった! そんな人間が!」
言っていて泣けてる。エノクの目にはいつの間にか涙が浮かんでいた。なんだ、これは。胸が熱い。目の奥が熱い。視界がぼやけ、見上げる相手すらまともに見れない。
でも、そんなことよりも。
この思いを、言わずにはいられなかった。
「自分を駄目だとか言うな! 言うなよ!」
それほどまでに、エノクは悔しかった。
憧れの人に、自分が駄目なんて言ってほしくなかった。まるで自分の気持ちすら否定されているようで、悲しかったから。
なにより、そんなことを言わせてしまう自分の無力さが嫌だった。
悲しくて、悔しくて仕方がなかった。
「くそ……くそ」
「エノク……」
思わぬエノクの告白にエリヤは面くらってしまう。エノクはエノクで溢れる涙を悔しそうに拭いている。まさかこんなことになるとは思わず、エリヤはどうしたものかと立ち尽くす。
「勝負しろ!」
「はあ?」
つい素っ頓狂な声が出てしまう。
「私と戦え。あの時の続きだ。もし私が勝ったら私も協力する」
「おいおい」
これではあべこべだ。迷惑をかけたくないから出ていくと言っているのに。これでは本末転倒だ。
「なんでだよ。そんなことしたらお前まで巻き込まれるんだぞ?」
「どうした、自信がないのかエリヤ!」
「……分かったよ」
ただ、エノクの気持ちも分かる。その気持ちを蔑ろにしたくない。
エノクの気持ちは、正直兄として嬉しかった。
受けるしかない、エリヤも覚悟を決めた。表情を切り替え、鋭い目で見る。
「こいよボウズ。お前の壁がどれだけ高いか教えてやる」
「上等だ」
二人の試合が決まった。
それから二人は公園のグランドへと場所を移動していた。さすがに家の前でできるはずもなくシルフィアには少し出かけてくると伝えてある。
周りを木々に囲まれた小さな公園は夜中ということもあり誰もいなかった。静けさの中に夜風が時折吹き抜けていく。
「まさか、こうしてお前とここにまた立つなんてな」
ここは昔よく一緒に訓練をしていたところだ。エノクがまだ弟になってすぐの頃、エリヤと同じ聖騎士になりたいと言い出したので練習に付き合っていた。あの頃は楽しかった。一生懸命に剣を振っている子供のエノクとそれを退屈そうに見ている小さなシルフィアの姿はいい思い出だ。
「俺と同じ聖騎士になりたい、か」
あの時エノクが言った言葉をつぶやいてみる。それで正面に立っているエノクも反応した。
「そうだな。でも、私はまだ達成できていない」
エノクの顔を見てみる。いつになく真剣な表情だ。もしかしたら定例会議の時よりも引き締まった顔をしているかもしれない。あの時は絶対に勝つという荒々しい戦意のようなものがあったが今はそれがなく、落ち着いた闘志を全身から漲らせている。
「あなたを超えなければ、意味なんてないんだ」
エノクは剣を構える。真っ直ぐとした瞳がエリヤを見つめていた。
「フ、そうかい」
コメント