天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

許されないってなんだよ!

 ウリエルは悩んだが、意を決した。

「殺したんだよ」

 言った。言ってしまった。自分が隠してきた真実を。
 人類の敵。そう言われたこともあった。そう言われるくらい、自分は非情だった。そんな自分が人と暮らせる? 人に愛され、人に許されるか?
 そんなわけがない。
 自分は、ずっと一人だ。

「だから」
「知ってるよ」
「え?」

 瞬間、本当に頭の中が真っ白になった。エリヤがここに来たときも衝撃を受けたが、それとは別の衝撃だった。

「なんで」
「ラグエルから聞いた」
「ラグエルから? なんで?」
「お前を助けて欲しいってよ」

 聞いて理解する。そういうことかと。でも納得できていない。
 知っている? 自分の過去を? ならなぜ嫌悪しない? そうでなくとも避けるだろう。
 どうして、この男は知ってなお救おうとする?
 そんなウリエルの疑問の表情が分かったんだろう。エリヤは答えるように教えてくれた。

「なあ、ウリエル。お前は自分がしてきたことを後悔してるみたいだがよ、お前を恨んでるやつなんて、きっと一人もいないぜ。お前はな、とっくの昔に許されてるんだよ」

(とっくの昔に、許されている?)

 その言葉は祝福のようにウリエルの頭上に下りてきた。許されている。その言葉に自分の罪が消え去り、体が軽くなる感覚さえした。
 けれど、そうだと信じ込む前にウリエルは内心で頭を振った。

「そんなこと、ないよ……」

 そんなはずがない。あれほどのことをして、恨まれないなんてことはない。知れば誰しも恐れる。自分はそれほどのことをしてしまった。

「私がしたことは、なにをしても取り返しのつかないことだ。だから、これは仕方のないことなんだ」
「そんなことねえって」
「そう言ったって」

 エリヤはそう言ってくれるが、やはり自分の中で結論は出ている。どう言われても自分が救われる道理がない。

「私は、許されないよ……」

 二千年前から続く罪と罰。始まりは羨望と共感による幸福だった。他人の笑顔で幸せになれる。そんな微笑ましい願いだった。
 その願いは形を変えて、悪を討つ炎となった。悪がなくなれば世界はよくなると、そう思っていた。けれど善と悪は表裏一体。自分は悪を討つと同時に、善も燃やしていた。
 自分は人殺しだ。悪人と同じ数だけ善人を殺してきた。その数は数え切れない。償いきれない。
 だから思う。
 自分は、許されないのだと。

「許されないってなんだよ!」
「エリヤ」

 はじめて出たエリヤの大声にウリエルは戸惑いの目を向けた。いきなりのことに驚くがなおも続いていく。

「誰が許さないんだよ!? いったい誰が許さないなんて言った? 俺が許してやるって言ってんだろッ!」
「エリヤ……」

 彼は怒っている。それは分かる。そして、その理由も分かってる。

「なら生きろよ! 許されない許されないって、結局お前の気持ちの問題だろうが! お前は生きたいんじゃないのかよ!」
「エリヤ……!」
「俺が! お前に生きてて欲しいんだよ!」

 生きて欲しい。その思いがついに弾けた。決壊した思いは口から溢れるように出て行き、大声をぶつけた。
 それほどまでに、エリヤはウリエルに生きていて欲しかった。死んでなんて欲しくなかった。自ら死のうとしている彼女が、悔しかった。
 ウリエルに差し出していた手をひっこめ目頭を押さえている。口からは深く、熱い息を吐き出していた。

「お前……、泣いてるのか?」
「アホか、泣いてねえよ」

 そうは言うがエリヤの声は湿っているように聞こえた。

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