天下界の無信仰者(イレギュラー)
あなたは、今でも私の息子ですよ。エリヤ
「いいのか?」
「これはあなたの私物です。聖騎士隊から外れるのであれば、私たちにも保管義務はありません」
「……そうか」
エリヤは苦しそうにしている二人組から大剣を受け取った。なじむ柄に懐かしさを覚える。その場でくるくると回してから背中にくっつけた。
この感覚。今まで寂しかった背中がしっくりくる。てっきり没収されたままかと思っていたからなおさら嬉しい。まさか騎士の誇りが騎士を辞めて戻ってくるとは。
伝えることは伝え、もらうものはもらった。もうここにいる理由はない。
エリヤは今度こそ踵を返し扉に向かった。マルタとの距離が開いていく。
ただ、そこでふとエリヤの足が止まった。聖騎士を辞めるのだからもうこうして出会うことはない。
彼女になにかを伝えることも、もうできない。
「今まで」
気づいた時には言った後だった。エリヤは振り返り、その先にいる彼女へ言った。
「ありがとうな、マルタ先生」
彼女をそう呼んだのはその方が言い慣れているからだ。彼女をエリヤはずっとそう呼んできた。
孤児だった自分を拾ってくれた、優しい孤児院の先生。
彼女はエリヤにとって親同然。誰よりも尊敬する人だ。
エリヤに昔の名前で呼ばれマルタの口元が微笑んだ。
「あなたは、今でも私の息子ですよ。エリヤ」
「フ」
嬉しい言葉にエリヤもつい笑う。そのままマルタへと頷いた。
これで思い残すことはない。エリヤは教皇の間から出ていった。衛兵二人の間を通り、教皇宮殿を下りていく。その間大勢の人がエリヤを見てきた。声をかけることなく、別れを惜しむように見送ってくれた。
エリヤは一階の扉を通り外へと出た。見れば雨はすでに止んでおり雲の切れ目から光が漏れ出している。再び濡れる心配はいらなそうだ。
エリヤは門を通るが警備員の彼と目が合う。彼はなにか言いたそうだったがエリヤの背中にある剣を見て理解する。返してもらったのか。そしてそれが意味することも分かる。
警備員の二人とは目を合わせるだけでエリヤは教皇宮殿をあとにした。そこに言葉はいらない。そんなことをしなくても、もう十分に伝わっている。
エリヤは聖騎士隊から脱退した。謹慎中の身で教皇宮殿に入り、自分の口で伝えたのだ。こんなこと誰でもできることではない。彼が聖騎士エリヤだからできたことだ。
それだけ、エリヤは愛されていた。
規則は何度も破っているのに。
心は何人とも繋がっている。
本当に、めちゃくちゃな人だった。
*
司法庁が管轄する建物の一室、そこにウリエルは閉じ込められていた。バストイレが備え付けられたワンルーム。本来なら客間として使用される部屋がウリエルに割り当てられた場所だった。
彼女はなにも犯罪者というわけではない。逮捕状も出ていないしそもそもの罪状もない。あるとすればそれは二千年も前のことであり現代でそれを行うのは不自然だ。もしそんなことをしようとすれば天羽の存在も説明しなければならないためウリエルの逮捕は現実的ではなかった。
そのため彼女はとある事件の重要参考人としあくまで保護の名目でここに匿っている。牢屋ではなく客間なのはそのためだ。
ウリエルは一人、この部屋でその時を待っていた。ベッドに腰掛けた姿は背筋がピンと伸びており、閉じられた瞳には焦りは見えない。彼女の覚悟が伝播したようにここの空気は静かに張りつめていた。
自分の終わり。処刑されることを、ウリエルは察していた。
二千年前の罪と贖罪。それは大きな事件から始まった長い旅だった。それは本当に、大きくて長い、自分の人生そのもの。その最後がようやくやってくる。ハッピーエンドが欲しいなんて思わない。思ったこともない。
自分の罪が許されるなんて思っていないから。取り返しのつかないことをしてしまったと、今だって思っている。二千年経った今だって罪の意識に心が沈んでいきそうになる。
だから、これでいい。これで自分の人生が終わり、自分が犯した罪が許されるなら。
これでいいと、そう思っていた。
「おーい」
そんな時だった。この場には不似合いな緩い声が聞こえてきた。
「これはあなたの私物です。聖騎士隊から外れるのであれば、私たちにも保管義務はありません」
「……そうか」
エリヤは苦しそうにしている二人組から大剣を受け取った。なじむ柄に懐かしさを覚える。その場でくるくると回してから背中にくっつけた。
この感覚。今まで寂しかった背中がしっくりくる。てっきり没収されたままかと思っていたからなおさら嬉しい。まさか騎士の誇りが騎士を辞めて戻ってくるとは。
伝えることは伝え、もらうものはもらった。もうここにいる理由はない。
エリヤは今度こそ踵を返し扉に向かった。マルタとの距離が開いていく。
ただ、そこでふとエリヤの足が止まった。聖騎士を辞めるのだからもうこうして出会うことはない。
彼女になにかを伝えることも、もうできない。
「今まで」
気づいた時には言った後だった。エリヤは振り返り、その先にいる彼女へ言った。
「ありがとうな、マルタ先生」
彼女をそう呼んだのはその方が言い慣れているからだ。彼女をエリヤはずっとそう呼んできた。
孤児だった自分を拾ってくれた、優しい孤児院の先生。
彼女はエリヤにとって親同然。誰よりも尊敬する人だ。
エリヤに昔の名前で呼ばれマルタの口元が微笑んだ。
「あなたは、今でも私の息子ですよ。エリヤ」
「フ」
嬉しい言葉にエリヤもつい笑う。そのままマルタへと頷いた。
これで思い残すことはない。エリヤは教皇の間から出ていった。衛兵二人の間を通り、教皇宮殿を下りていく。その間大勢の人がエリヤを見てきた。声をかけることなく、別れを惜しむように見送ってくれた。
エリヤは一階の扉を通り外へと出た。見れば雨はすでに止んでおり雲の切れ目から光が漏れ出している。再び濡れる心配はいらなそうだ。
エリヤは門を通るが警備員の彼と目が合う。彼はなにか言いたそうだったがエリヤの背中にある剣を見て理解する。返してもらったのか。そしてそれが意味することも分かる。
警備員の二人とは目を合わせるだけでエリヤは教皇宮殿をあとにした。そこに言葉はいらない。そんなことをしなくても、もう十分に伝わっている。
エリヤは聖騎士隊から脱退した。謹慎中の身で教皇宮殿に入り、自分の口で伝えたのだ。こんなこと誰でもできることではない。彼が聖騎士エリヤだからできたことだ。
それだけ、エリヤは愛されていた。
規則は何度も破っているのに。
心は何人とも繋がっている。
本当に、めちゃくちゃな人だった。
*
司法庁が管轄する建物の一室、そこにウリエルは閉じ込められていた。バストイレが備え付けられたワンルーム。本来なら客間として使用される部屋がウリエルに割り当てられた場所だった。
彼女はなにも犯罪者というわけではない。逮捕状も出ていないしそもそもの罪状もない。あるとすればそれは二千年も前のことであり現代でそれを行うのは不自然だ。もしそんなことをしようとすれば天羽の存在も説明しなければならないためウリエルの逮捕は現実的ではなかった。
そのため彼女はとある事件の重要参考人としあくまで保護の名目でここに匿っている。牢屋ではなく客間なのはそのためだ。
ウリエルは一人、この部屋でその時を待っていた。ベッドに腰掛けた姿は背筋がピンと伸びており、閉じられた瞳には焦りは見えない。彼女の覚悟が伝播したようにここの空気は静かに張りつめていた。
自分の終わり。処刑されることを、ウリエルは察していた。
二千年前の罪と贖罪。それは大きな事件から始まった長い旅だった。それは本当に、大きくて長い、自分の人生そのもの。その最後がようやくやってくる。ハッピーエンドが欲しいなんて思わない。思ったこともない。
自分の罪が許されるなんて思っていないから。取り返しのつかないことをしてしまったと、今だって思っている。二千年経った今だって罪の意識に心が沈んでいきそうになる。
だから、これでいい。これで自分の人生が終わり、自分が犯した罪が許されるなら。
これでいいと、そう思っていた。
「おーい」
そんな時だった。この場には不似合いな緩い声が聞こえてきた。
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