天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

ウリエルが、捕まった!?

 政治の中心地、サン・ジアイ大聖堂の一室にてラグエルの大声が響いた。

「ウリエルが、捕まった!?」

 受話器から聞こえてきた内容にラグエルの顔が引きつる。片手を顎に当て思案顔になる。

「分かりました。はい。出席に問題はありません。その、彼女の様子は? ……そうですか。分かりました。はい。では続きは会議にて。失礼します」

 険しい表情のままラグエルは受話器を置いた。
 今し方話していた相手はガブリエルだ。さきほどウリエルが連行され司法局によって監禁されているらしい。今後の扱いについて会議が開かれるが、おそらくこのまま軟禁。もしヘブンズ・ゲートを開く必要になれば人間によって処刑してもらうという見通しだ。
 彼女は天界の門を開くための四大の天羽、その鍵だ。しかしその資格を取り戻すためには人間によって殺害された後蘇生しなければならない。
 よって、このまま留置。殺されるのを待つだけのカゴの鳥だ。
 ラグエルは両目をつぶり眉間にしわが寄った。
 そんなのは酷だ。想像しただけで胸が締め付けられる。彼女は裏切り者で自業自得かもしれないが彼女の心境は知っている。彼女の罪は誰も裁けない。彼女に非なんてないからだ。彼女の裏切りは仕方がなかった。
 この二千年、いったいどんな気持ちで生きてきたのか。
 だというのに、自由を奪い愛した人間に殺されるのを待つだけの檻に閉じこめるなど。

「ウリエル様……」

 一人きりの部屋で、彼のつびやきが空虚に溶けていく。



 ウリエルが連行されてから、エリヤは一人で森を抜け孤児院へと戻ってきていた。まだ空には日がありいつもに比べれば早い帰宅だ。
 エリヤは玄関の扉を開けた。

「おーう、帰ったぞ~」
「おかえりなさい兄さん、今日は早かったんですね」
「まあな」

 態度はいつもと同じだ。何事もなかったかのように台所へ向かう。そこではシルフィアが夕飯の下拵えをしていた。
 そこへ弁当箱の入った袋を置く。

「いつもありがとうな、今日もうまかったよ」
「どういたしまして」

 エリヤはリビングへ向かいソファにどかっと座った。いろいろあって疲れた。気持ち的に。整理のつかない心に胸は鉛のように重い。
 シルフィアはエリヤから受け取った弁当箱を洗い場に広げた。

「今日はお早いお帰りでしたけど、お相手と喧嘩でもしましたか?」
「そんなんじゃねえよ。……って、知ってたのか!?」

 がばっと振り返りソファの背もたれに手を置く。
 シルフィアは弁当箱を洗っていた。

「兄さんが誰かと会っているなんて、ずっと前からお見通しですよ」
「そうなのか!?」

 衝撃の真実。だというのに彼女の方は平然と水洗いを続けている。

「なんで分かるんだよ?」
「なんでって……」

 シルフィアは洗いを終え手をエプロンで拭いた。顔を上げエリヤを見るが、その顔は呆れているようだった。

「いろいろありますが、決定的なのはお弁当ですね」
「二人分なのは大食いだからじゃ駄目なのか」

 自分なら二人分でも不審がられないという変な自信があったのだが違ったようだ。。

「いえ、兄さんは大食漢ですしそれならそれで納得していたのですが。理由は食べた後です」
「後?」

 眉が寄る。ますます意味が分からない。
 エリヤは聞くが、シルフィアは得意げな顔になった。

「兄さんの相手はとても丁寧な方のようですね。ごはんつぶひとつ残さず食べて。総菜の紙皿もきれいに畳んでいます。それに比べ兄さんときたらまず全体的に汚いし紙皿もくしゃくしゃ。人柄ですね。同一人物が食べたとは思えません」
「お前は名探偵か!」
「見れば一目で分かります!」

 同じ弁当箱、同じ料理のはずなのに違いが出るのだから人柄というのは素直なものだ。作り手としてはエリヤにもぜひ見習ってもらいたい。

「料理を作っている人はそういう気遣いが嬉しいというか、ちゃんと見てるんですからね!」
「へーい」

 そう言うがエリヤとしては面倒くさいだけだった。手をひらひら振っているだけで期待は薄い。
 シルフィアはもうとつぶやいた。

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