天下界の無信仰者(イレギュラー)
やはり、人間っていいものだな
「いや、もうそれはできないんだ」
空虚を感じさせる声だった。それが分かったから、ウリエルのつぶやきにエリヤもそうか、と小さく答える。
「でも」
ただ、ウリエルの言葉には続きがあった。
「なぜだろうな。私には今がちょっとだけ楽しい」
そう言う彼女は小さく笑っていた。目を細め、両手を合わせ遊んでいる指に視線を落とす。
「罪を償うと決めたのに、そのための旅のはずだったのに。まだその途中なのに。不思議だな」
ウリエルは自分の幸せを捨てた女性だ。なのに楽しいと感じている。まだ旅の途中、自分を許したわけでもないのに。けれど、楽しい。なぜなのだろうか。
「一人じゃないからだろ」
言われた言葉にウリエルはエリヤに振り向いた。
エリヤはイスに腰掛け正面を向いている。その態度は気取るでもなく平然としていた。
「一人じゃ楽しい思い出を語っても独り言だ。そりゃあ楽しくないだろ」
「ふふ、そうだな」
一人じゃない。今までずっと一人なのが当たり前だったウリエルにとってそれは盲点だったのかもしれない。彼の言うとおりだ。
「一人じゃない。誰かと一緒にいること、か」
誰かと一緒にいる。昔はそれが当たり前だったのに。それに、誰かと一緒にいるからこそ幸せを感じられるというのも分かる。
「人の心というのは、共振し合う。幸せを共感し、苦しみを分かち合える。だから、人は笑い合い、助け合う。そうして輪は広がり、幸せも広がっていく」
遠見の池で見た人々はみな誰かと一緒にいた。幸せそうな人たちは、必ず誰かと笑い合っていた。
心は共感し合う。時には辛いことも悲しいこともあるけれど、その心は重なることで初めて幸せを発揮する。
そのことに、ウリエルの表情がほころんだ。
「うん。やはり、人間っていいものだな」
「?」
人間のすばらしさ。美しさ。ウリエルが好きなもの。それこそが人間のそういう部分なのだと彼女自身思う。
エリヤはなんのことか分からずウリエルを見ながら小首を傾げているが、ウリエルは続けた。
「エリヤ。私はやはり私なんだと思う。私は、この世界をよくしたい。みんなが笑える世界にしたい。そう願ってる」
そう言う彼女は同じだった。かつて遠見の池で人の笑顔を盗み見ては微笑んでいた、あの時のウリエルと。
「ずいぶんと難しい願いだな」
「うん。だとしても」
ウリエルの瞳は輝いていた。胸が温かい。久しく忘れていた、こんな気持ち。贖罪のための人助けではない。
誰かを幸せにしたいと願う、人助け。それを思い出した。
ああ、なんて温かい気持ちなんだろう。
人を幸せにしたい。悲しんでいる人を助けてあげたい。
それができたなら、まるで自分のことのように嬉しい。
「そうしたいんだ。みんなが笑える世界。どうすればいいかなんて分からない。でも、この気持ちははっきりしてる」
みんなが笑顔でいられる世界にしたい。馬鹿げてると笑われても構わない。
この気持ちは、本当なんだから。
「そうか。お前らしいな」
「うん」
エリヤはフッと笑い、ウリエルは微笑んだ。木漏れ日のように天井の穴から日の光が注ぐ教会で、二人は笑い合っていた。
その時だった。
教会の扉が勢いよく開けられた。そこから武装した兵士たちが両方の壁際に沿って入ってくる。
「なんだてめえら!」
銃器を向けてくる兵士たちにエリヤも立ち上がる。左右に展開する兵士たちを睨むが、ウリエルは静かに立ち上がりこの事態を受け入れていた。
「ウリエル。お前を連行する」
兵士たちはみなアサルトライフルを肩にかけ銃口を向けている。ゴルゴダ共和国の軍隊は基本鎧姿だが彼らは実戦仕様の軍服だ。伝統を廃し戦闘向きな格好をしている。
デバッカー部隊だ。エリヤの表情がゆがむ。汚れ専門のこの部隊はどんな手段に出るか分からない。どんな非道も慈愛連立のための必要悪だと信じ切っている。
空虚を感じさせる声だった。それが分かったから、ウリエルのつぶやきにエリヤもそうか、と小さく答える。
「でも」
ただ、ウリエルの言葉には続きがあった。
「なぜだろうな。私には今がちょっとだけ楽しい」
そう言う彼女は小さく笑っていた。目を細め、両手を合わせ遊んでいる指に視線を落とす。
「罪を償うと決めたのに、そのための旅のはずだったのに。まだその途中なのに。不思議だな」
ウリエルは自分の幸せを捨てた女性だ。なのに楽しいと感じている。まだ旅の途中、自分を許したわけでもないのに。けれど、楽しい。なぜなのだろうか。
「一人じゃないからだろ」
言われた言葉にウリエルはエリヤに振り向いた。
エリヤはイスに腰掛け正面を向いている。その態度は気取るでもなく平然としていた。
「一人じゃ楽しい思い出を語っても独り言だ。そりゃあ楽しくないだろ」
「ふふ、そうだな」
一人じゃない。今までずっと一人なのが当たり前だったウリエルにとってそれは盲点だったのかもしれない。彼の言うとおりだ。
「一人じゃない。誰かと一緒にいること、か」
誰かと一緒にいる。昔はそれが当たり前だったのに。それに、誰かと一緒にいるからこそ幸せを感じられるというのも分かる。
「人の心というのは、共振し合う。幸せを共感し、苦しみを分かち合える。だから、人は笑い合い、助け合う。そうして輪は広がり、幸せも広がっていく」
遠見の池で見た人々はみな誰かと一緒にいた。幸せそうな人たちは、必ず誰かと笑い合っていた。
心は共感し合う。時には辛いことも悲しいこともあるけれど、その心は重なることで初めて幸せを発揮する。
そのことに、ウリエルの表情がほころんだ。
「うん。やはり、人間っていいものだな」
「?」
人間のすばらしさ。美しさ。ウリエルが好きなもの。それこそが人間のそういう部分なのだと彼女自身思う。
エリヤはなんのことか分からずウリエルを見ながら小首を傾げているが、ウリエルは続けた。
「エリヤ。私はやはり私なんだと思う。私は、この世界をよくしたい。みんなが笑える世界にしたい。そう願ってる」
そう言う彼女は同じだった。かつて遠見の池で人の笑顔を盗み見ては微笑んでいた、あの時のウリエルと。
「ずいぶんと難しい願いだな」
「うん。だとしても」
ウリエルの瞳は輝いていた。胸が温かい。久しく忘れていた、こんな気持ち。贖罪のための人助けではない。
誰かを幸せにしたいと願う、人助け。それを思い出した。
ああ、なんて温かい気持ちなんだろう。
人を幸せにしたい。悲しんでいる人を助けてあげたい。
それができたなら、まるで自分のことのように嬉しい。
「そうしたいんだ。みんなが笑える世界。どうすればいいかなんて分からない。でも、この気持ちははっきりしてる」
みんなが笑顔でいられる世界にしたい。馬鹿げてると笑われても構わない。
この気持ちは、本当なんだから。
「そうか。お前らしいな」
「うん」
エリヤはフッと笑い、ウリエルは微笑んだ。木漏れ日のように天井の穴から日の光が注ぐ教会で、二人は笑い合っていた。
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兵士たちはみなアサルトライフルを肩にかけ銃口を向けている。ゴルゴダ共和国の軍隊は基本鎧姿だが彼らは実戦仕様の軍服だ。伝統を廃し戦闘向きな格好をしている。
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