天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

人を百人助けたあと、なにかやりたいことは見つかったか?

 それから、二人一緒に弁当を食べた。見た目通りおいしい味にウリエルの頬がゆるむ。その隣ではエリヤがものすごい勢いで弁当の中身をかき込んでいた。戦場で食事に困っていた兵士みたいだ。
 そんな様子を横目で見ながらウリエルも食事を進めていく。エリヤが持ってくる弁当に不満をもったことは一度もない。いつもおいしくいただいている。そのたびに彼の妹に感謝した。
 エリヤの妹に会ったことはないし自分が弁当をいただいていることも伝えてはいない。あくまで自分は姿を隠している身だ。ただ、黙って食事だけをいただいているということに心苦しい気持ちがないわけではない。
 それがウリエルには少し申し訳なかった。

「でも、いつも悪いな。私まで。妹さんにはなんて言っているんだ? 二人分用意してくれなんて不自然だろ」
「単に俺が大食いなだけだ。二つ用意してくれと頼んだら不思議がることなく作ってくれたぜ」
「そうか。私の分までお礼を言っておいてくれ」
「おう」 

 それから二人は食べることに集中した。会話が止まる。その代わり二人の箸が動いていった。
 食事はエリヤが先に食べ終わりそれからしばらくしてウリエルが食べ終わった。「ふぅ、食った食った」とエリヤが両腕を背もたれに伸ばしている横でしずかにふたを閉めナフキンで包み終える。ウリエルは空となった容器をエリヤに戻した。

「ありがとうな」
「いいって。それに俺が作ったわけじゃねえし」
「そうだが、まあ、持ってきてくれたのはお前だ」
「ハッ、そういえばデリバリー担当だったわ」

 はっはっはと大声で笑う。料理担当に比べれば地味だが一役買っていた。
 食事も終わり二人とも休憩モードになっていた。静かな教会内で穏やかな時間が過ぎていく。

「なあ」
「ん?」

 そこでエリヤが声をかける。ウリエルは顔だけを彼に向けた。

「人を百人助けたあと、なにかやりたいことは見つかったか?」
「またそれか」

 なにかと思えば以前にも言われた話題だった。ウリエルは嘆息する。

「知らん。この道をずっと続けていくと決めていたんだ。すぐには浮かばん」
「んだよつまらねえ」
「なぜ落胆されなくてはならないんだ……」

 そんなウリエルの答えを聞いてエリヤは大仰に背を反った。期待を裏切られたようだがそんな態度をとられても困る。むしろ失礼だ。

「勝手に期待するな、勝手に失望するな。私が悪いみたいだろう」
「そう言ってもだな、このペースだと百人なんてすぐだぞ」

 人を百人助けたら自分を許すというエリヤが勝手に作ったルールだが、その本人が強引に押し通した結果なんとか通じている。無理が道理を押しつぶしたというか、ここで断ってもめんどくさそうなのでウリエルももう反対していない。
 そのノルマだがもう半分を越えていた。二人がかりでさらに競争心からかその速度は段階的上がっている。百人助けるという一見多い数字だが、達成するのは思っていたよりも早そうだ。

「そう言っても、浮かばないものは浮かばない」

 むしろ、ノルマ達成よりその目的を定める方が遅れているくらいだ。
 何百年、いや、千年を越える長い時間を費やしてきた。自分が死ぬまでこうだと思っていたのだ。まだ心の整理も十分じゃないというのに目的なんて決められない。ウリエルはプイと顔をエリヤとは反対側に向けた。
 それはエリヤもわかっているので、質問の内容を変えてみた。

「じゃあよ、お前がその旅を始める前はなにがしたかったんだ? それかその時好きだったことをまたしてみればどうだ?」
「…………」

 瞬間、ウリエルの目が寂しそうに細められた。
 エリヤにそんな気がないことは知っているが、今の質問は彼女にとっては酷な質問だ。
 以前の自分が好きだったこと。
 それは、遠見の池で人の笑顔を覗いては幸福に共感していたことだ。あの時の自分はそれだけで満足だったし、それがとても幸せなことだった。
 けれど、今の自分にその気はない。
 もう、変わってしまった。仮にここが遠見の池だったとしても使うことはない。人の生活を覗こうなんて思わない。
 人にはいい面と悪い面があることを知ってしまった。だから、もう遅い。無垢と無知は違うものだが似ている。知ってしまったらもう無垢にはなれない。
 無邪気に喜んでいた自分は、もういない。

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