天下界の無信仰者(イレギュラー)
シルフィアは兄さんが好きなんだな
「あんなにだらしのない兄さんにふさわしいのは私くらいなものです。はあ。私があと十五年、いや、十年でも早く生まれていれば妹ではなく妻になれたものをッ」
「ははは」
シルフィアは片手を握りしめ悔しそうにしている。それを見てエノクは笑った。子供の言うことだし微笑ましい場面だ。
「シルフィアは兄さんが好きなんだな」
「それはもう。手はかかりますが私たちの兄ですから」
手のかかる兄。それでいて大好きな兄。
それはかつてのエノクが抱いていた気持ちそのものだ。彼に憧れていて、追いつきたくて、そのためだけに努力してきた。
あの大きな背中を目指して、彼は剣を手に取った。
また、あの頃の二人に戻る時はくるのだろうか?
シルフィアの言葉を聞いてエノクの顔が笑顔のまま寂しそうになる。
それを見て誤解したのか、シルフィアが慌てて言ってきた。
「もちろんエノク兄さんのことも大好きですからね! エノク兄さんのお嫁さんもいいですが、ただ、やはりエリヤ兄さんには私がついていないと」
「はっはっは。そうだな、兄さんとシルフィアはお似合いだよ」
エリヤに合う女性といったら彼くらい気が強く、なによりしっかりした人物でなければ。その点シルフィアなら合格だ。あのエリヤを完封できるのは彼女しかいない。しかし、二人の関係は夫婦というよりも母と息子に近い気もする。
「それで、兄さんはいつもどこに行っているんだ? 謹慎中だろう」
「そういえば」
話が逸れたが問題はエリヤがなぜ変わったか、どこに行っているのかだ。謹慎直後は引きこもっていたというのに。
「あくまで噂なので真に受けていませんでしたが、聞けば町を歩いて困っている人を助けたり、そうでなければゴミ拾いなんかをしてるそうですよ?」
衝撃的な内容だった。これにはエノクも目を丸くした。
「兄さんが?」
「兄さんが」
あのルールは破るためにあるというのを地でいくエリヤがゴミ拾い。社会貢献など柄ではないだろうに。
摩訶不思議な現象に、エノクとシルフィアは再びエリヤが出て行った扉を見た。
「雪が降るんですか?」
「雷かもしれん」
二人の胸は晴れない。
*
それからしばらくして。
エリヤは廃棄された教会をめざし山道を歩いていた。木々が生い茂る緑濃い道を突き進み、開けた場所にある教会を目指す。
その顔はご機嫌だ。いつもなら鬱陶しい伸びすぎた枝もただ退かすだけで笑顔に支障はない。
今日はなかなかの収穫だ。その成果を報告することが今から楽しみだ。エリヤは教会にたどり着き扉を開けた。
「おーい、いるかー?」
ぎぎぎ、と錆び付いた金具が音を立てながら扉が開く。エリヤが声をかけた先、正面中央に飾られたステンドガラスの下に彼女はいた。
「よう」
エリヤに声を掛けられて、白の長髪をした女性、ウリエルは振り向いた。
「エリヤ」
ここにエリヤが現れたのが少しだけ意外そうだった。
「また来たのか」
エリヤにここを紹介してもらってから二週間ほどが経過していた。その間ウリエルはここを利用している。隠れ屋にするにはここはなかなかだ。だが身を隠している自分とは違いここにエリヤが来る理由はないはずだ。
だというのに、この男はちょくちょくと顔を出すようになっていた。
「またとはなんだよまたって。もともとここは俺の根城だったんだぞ。お前こそまだいたのか」
「ここは使い慣れると安らぐんでな」
「だろ?」
先客であるエリヤとしては彼女の言い分はよくわかる。むしろどこか誇らしい。
「そうだ! それで聞いてくれよ、今日は大漁だぜ。絶対に俺が勝つ」
「またそれか」
そこで本題を思い出しエリヤがずかずかとウリエルに近づいていく。それでウリエルは呆れたように顔を横に振る。
この男がここに何度も顔を出す理由などないはずなのだが、その理由というのが実はあった。本人はそれを楽しんでいるようだがウリエルは乗り気じゃない。今も愉快そうなエリヤとは対照的にツンとしている。
「ははは」
シルフィアは片手を握りしめ悔しそうにしている。それを見てエノクは笑った。子供の言うことだし微笑ましい場面だ。
「シルフィアは兄さんが好きなんだな」
「それはもう。手はかかりますが私たちの兄ですから」
手のかかる兄。それでいて大好きな兄。
それはかつてのエノクが抱いていた気持ちそのものだ。彼に憧れていて、追いつきたくて、そのためだけに努力してきた。
あの大きな背中を目指して、彼は剣を手に取った。
また、あの頃の二人に戻る時はくるのだろうか?
シルフィアの言葉を聞いてエノクの顔が笑顔のまま寂しそうになる。
それを見て誤解したのか、シルフィアが慌てて言ってきた。
「もちろんエノク兄さんのことも大好きですからね! エノク兄さんのお嫁さんもいいですが、ただ、やはりエリヤ兄さんには私がついていないと」
「はっはっは。そうだな、兄さんとシルフィアはお似合いだよ」
エリヤに合う女性といったら彼くらい気が強く、なによりしっかりした人物でなければ。その点シルフィアなら合格だ。あのエリヤを完封できるのは彼女しかいない。しかし、二人の関係は夫婦というよりも母と息子に近い気もする。
「それで、兄さんはいつもどこに行っているんだ? 謹慎中だろう」
「そういえば」
話が逸れたが問題はエリヤがなぜ変わったか、どこに行っているのかだ。謹慎直後は引きこもっていたというのに。
「あくまで噂なので真に受けていませんでしたが、聞けば町を歩いて困っている人を助けたり、そうでなければゴミ拾いなんかをしてるそうですよ?」
衝撃的な内容だった。これにはエノクも目を丸くした。
「兄さんが?」
「兄さんが」
あのルールは破るためにあるというのを地でいくエリヤがゴミ拾い。社会貢献など柄ではないだろうに。
摩訶不思議な現象に、エノクとシルフィアは再びエリヤが出て行った扉を見た。
「雪が降るんですか?」
「雷かもしれん」
二人の胸は晴れない。
*
それからしばらくして。
エリヤは廃棄された教会をめざし山道を歩いていた。木々が生い茂る緑濃い道を突き進み、開けた場所にある教会を目指す。
その顔はご機嫌だ。いつもなら鬱陶しい伸びすぎた枝もただ退かすだけで笑顔に支障はない。
今日はなかなかの収穫だ。その成果を報告することが今から楽しみだ。エリヤは教会にたどり着き扉を開けた。
「おーい、いるかー?」
ぎぎぎ、と錆び付いた金具が音を立てながら扉が開く。エリヤが声をかけた先、正面中央に飾られたステンドガラスの下に彼女はいた。
「よう」
エリヤに声を掛けられて、白の長髪をした女性、ウリエルは振り向いた。
「エリヤ」
ここにエリヤが現れたのが少しだけ意外そうだった。
「また来たのか」
エリヤにここを紹介してもらってから二週間ほどが経過していた。その間ウリエルはここを利用している。隠れ屋にするにはここはなかなかだ。だが身を隠している自分とは違いここにエリヤが来る理由はないはずだ。
だというのに、この男はちょくちょくと顔を出すようになっていた。
「またとはなんだよまたって。もともとここは俺の根城だったんだぞ。お前こそまだいたのか」
「ここは使い慣れると安らぐんでな」
「だろ?」
先客であるエリヤとしては彼女の言い分はよくわかる。むしろどこか誇らしい。
「そうだ! それで聞いてくれよ、今日は大漁だぜ。絶対に俺が勝つ」
「またそれか」
そこで本題を思い出しエリヤがずかずかとウリエルに近づいていく。それでウリエルは呆れたように顔を横に振る。
この男がここに何度も顔を出す理由などないはずなのだが、その理由というのが実はあった。本人はそれを楽しんでいるようだがウリエルは乗り気じゃない。今も愉快そうなエリヤとは対照的にツンとしている。
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