天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

変化

「自分の生き方なら自分で決めなきゃな。じゃあ俺は行くわ。お前はここ使ってろ。明日の朝方にはなんか食えるもの持ってきてやるよ」
「エリヤ」

 無理強いすることなくウリエルの意思を尊重して去っていく。その背中は大きく、こんなにも乱暴な男なのにその背は優しく見えた。

「すまないな」

 扉から出て行く前、ウリエルは聞こえる音で声をかける。
 その声が届くと、エリヤは「フッ」と笑い振り返ることなく片手を上げて出て行った。
 扉が閉められる。ウリエルは一人残されると顔を正面に戻した。ひび割れたステンドグラスを見上げ、差し込む光に包まれる。
 その中で、ウリエルはぽつりとつぶやいた。

「自分を許す、か」

 さきほどエリヤに言われた言葉を思い出す。許されない人なんていない。笑うことはできると。
 今までずっと罪を償うことだけ考えていた。自分の幸せなんて考えたこともなかった。まして笑うなんて。
 そんなこと。

「考えたこともなかったな」

 寂しそうに笑う。それは、あまりにも儚い願いだったから。自分が許される時はくるのだろうか。
 ウリエルは光を見つめ続ける。
 そこに、自分の救済を探すように。

 *

 太陽が空に上り、朝日が地上を照らし始める。今日も一日の始まりだ。ヴァチカン孤児院ではシルフィアが朝食の準備をし始め次いでエノクが目を覚まし騎士の制服へと袖を通す。二人で朝食を済ませるとようやくエリヤが降りてきてシルフィアに怒られる。静かだった時間が途端に騒がしくなるというのが、ここヴァチカン孤児院の始まり方だった。生真面目な二人といい加減な兄という、なんとも悲しいドラマが始まりそうな家族だ。
 が、最近になって変化が現れていた。

「おーい、今日はどっちのゴミ持って行けばいいんだ?」
「今日は燃えるゴミですよ兄さん! あとちゃんとゴミネットの中に入れないと駄目ですからね!」
「それぐらい分かってるよ」

 玄関口にエリヤが立つ。台所で食器を洗う妹からの指示にやれやれと頷き用意されていたゴミ袋を持つ。すでに制服にも着替えておりこれから出勤だ。

「エノク」
「ん?」

 と、たまたま近くを通ったエノクにエリヤから話しかけてきた。

「剣筋が良くなってきたな。お前は力押しするタイプじゃない。もっと重心を意識して、体が前に出過ぎないように意識してみろ」
「あ、ああ……」

 そう言うとエリヤは大きなゴミ袋を持ち直した。

「そんじゃ行ってくるわ。夕方には戻る」
「はーい。いってらっしゃい」
「……いってらっしゃい」 

 エリヤは玄関から出て行った。扉がバタンと閉じ、その扉をエノクは微妙な顔で見つめる。
 扉が閉まった音を聞いてシルフィアもエプロンで手を拭きながら玄関を覗いてきた。

「行きましたね」
「行ったな」

 二人してまじまじと兄が出て行った扉を見つめる。シルフィアはエノクに近づき横に立った。

「なにかあったんですか? あのエリヤ兄さんが自らゴミを捨てに行くなんて不審過ぎます。最近は朝も早いですし。嬉しい変化ですが怪しすぎます」
「素直に喜べないのは今までの行いか」

 シルフィアの言うとおりだ、本来なら喜ばしいことなのになぜか疑いの目で見てしまう。その残念ぷりに顔が下がる。

「あの人の行動原理は単純だ。そう複雑なものではないと思うが」
「たとえば?」

 エリヤの行動は不自然だが、心当たりがないわけではない。あの人の動機はエノクの行ったとおり単純だ。

「さあ。新しい女でもできたんじゃないか?」
「女ァアアアア!?」

 それにシルフィアが激しく反応してきた。火でも付いたかのような豹変っぷりだ。

「どこの女ですか、誰ですか私の兄さんに色目を使った女狐は!? 許しませんよ兄さんに女なんて!」
「まてまて。落ち着けシルフィア。たとえばの話だ」

 すごい反発ようだ。
 彼女はなんというか、エリヤのこととなると必死になるというか、見境がない。

「まったく。兄さんに恋人ができるのがそんなに反対なのか?」
「反対です!」

 鼻息が荒い。



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