天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

ヘブンズ・ゲート。それの運用を視野に入れた準備を行うべきだと私は提案する

「初耳だな。やつに妹などいたのか」

「ええ。とはいえ四年か、五年前でしたかね? いつものごとく捨て子をあずかり自分の家族にしたそうです。まったく。そうした慈愛連立に恥じぬ行いができるのに、なぜ普段の素行は悪いのか。それさえ直れば彼も」

「名前はなんという」

 秘書は嘆息しながら言うが、ガブリエルの質問が遮った。いつにも増して真剣な問いに不思議に思いながら答える。

「ええっと、シルフィアです。よくできた子ですよ。兄が駄目だと妹がしっかりするものなのでしょうか。騎士エノクもそれはもう立派な聖騎士へと成長しましたからね」

 秘書は嬉しそうに、もしくは誇らしそうに語る。エリヤの悪評が流れる中シルフィアの献身ぶりと聖騎士エノクの評判はなお輝いて神官庁にも届いている。そこに神官も教会の隔たりもない。同じ慈愛連立の信仰者として誇らしいことだ。

「シルフィア……」

 しかしガブリエルは彼女の感想には興味を示さず、その名を聞くと眉間にしわを寄せた。珍しい、どころの仕草ではなかった。彼女が表情をきしませるなど一年に一度あるかないかだ。最近では多くなったがそれでも異常。その目つきもさきほどよりも険しく、並んで立つ二人を見つめている。

「明後日の予定だが午後はキャンセルだ。空けておけ」

「え!?」

 突然の指示に秘書から素っ頓狂な声が出る。

「緊急の用事だ。お前が知る必要はない」

「はあ。は、はい! 了解です」

 それだけを言うとガブリエルは歩き出した。秘書も慌てて後を追う。手帳を忙しくめくりスケジュールの確認をしている。

 背後で秘書が苦労している中、ガブリエルは険のある顔で正面を見つめていた。

(シルフィア。聖騎士エリヤの妹。そして未来消失。……偶然か?)

 無言のまま空気だけが張りつめていく。その脳裏ではさきほどとは比べものにならない危機感が走り回っていた。



 サン・ジアイ大聖堂のとある会議室は緊迫した雰囲気に包まれていた。スパルタ帝国の軍事演習が再び行われたのだ。先日ゴルゴダ共和国とコーサラ国による共同会見で軍事的行動は控えるよう発表したばかりだ。これはその返答であり緊張感は一層増すだけに終わってしまった。

 この事態にゴルゴダの神官たちにも危機感は広まり軍拡支持層は増えている。守るためには力をつけるしかない。話し合いでどうにかなる問題ではないと。

 ただし、ここは別の議題によって空気を張りつめさせていた。この一室にいるのは天羽の面々。そして会議されるべき内容は、彼らしか知らないトップシークレット。

「もう一度言おう」

 上座に座るミカエルが彼ら天羽の部下に向けて言った。

「ヘブンズ・ゲート。それの運用を視野に入れた準備を行うべきだと私は提案する」

 天羽の長、ミカエルからの提案にこの場にいる全員が表情を険しくさせた。

 特にラファエルは顕著だ。普段の穏やかさを消し鋭い視線をミカエルに向けた。

「ミカエル。それは、本気で言っているのよね? 今度は冗談では済まさないわよ」

「当然。私も今回は茶番で終わらせるつもりはない」

 ラファエルからの鋭利な目線にミカエルも余裕のある笑みを浮かべて答える。

「君たちも知っての通り、現在世界情勢は緊迫している。いつ、どこの国が開戦の火蓋を切るか予断を許さない状況だ。最悪の事態も現実味を帯びてきている。絶対に起こらないとは誰にも言えまい」

 最悪の事態とは三柱戦争のことだ。すべての信仰者、地上にいる人類全員で殺し合いとなる。想像しただけで恐ろしいことだ。それが本当に起ころうとしている。阻止しなければならないのはもちろんだが、起こってしまった場合についても備えておかなければならない。

 その防衛手段として、ヘブンズ・ゲートは強力だ。無限の軍勢はこと戦争において無敵の力を発揮する。

 ヘブンズ・ゲートを開くか否か。

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