天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

はい、行ってらっしゃい。お気をつけて

「安心しろ」

 そんな彼女の頭に、エリヤは手を当てた。

「戦争なんて起きねえし、仮に起きてもお前は俺が守ってやるよ」

 そうして乱暴に頭をなでた。

「もーう! 頭くしゃくしゃするのやめてください! せっかくとかしたばかりなのに!」

「はっはっはっは!」

 嫌がるシルフィアを無視してエリヤは豪快に笑う。手を放してやるとシルフィアは「もぉう」と言いながら両手で整えエリヤは残りの朝食をかき込んだ。

「よし、ごちそうさん」

 空となった皿をテーブルに置きソファに掛けてあった上着を羽織る。壁に立てかけておいた大剣を背負い、「行ってくるわ」と言い残し颯爽と出て行ってしまった。

「行っちゃいましたね」

「そうだな」

 シルフィアの目がエリヤの背中を追う。反対にエノクは振り返らなかった。

 まだ家を出るには早い時間だがエリヤはむしろ率先して出て行く。

 エノクとの時間をズラすように。

 いつしか自分は兄を嫌い、兄も自分を避けるようになっていた。

「エノク兄さん……?」

 正面を向いたまま俯くエノクにシルフィアが尋ねる。

 かつて憧れた、命の恩人。エリヤ。

 いつからだろう、こんな関係になっていたのは。もう、最近では二人で話をしたことがない。もしシルフィアがいなければこの家に会話というのはないのではないだろうか。

 いつからだろう。それは分からない。戻れるだろうか。それも分からない。

 二人の溝は目に見えず、修復の目処も、まだ立たない。

 エノクは朝食に手を伸ばし残りを食べ終える。

「あの、食器は置いておいてください。洗っておきますから」

「ありがとう」

 エノクは立ち上がった。そして一緒に下ろしてきた剣を腰に差す。自分とともにあるもの。騎士の証でもあるそれを身につけエノクは玄関へと向かっていく。扉を開け、背後に立つシルフィアへと振り返った。

「行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい。お気をつけて」

 エノクは出て行った。朝日が出迎える光の中へ。

 今日も、一日が始まる。

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