天下界の無信仰者(イレギュラー)
分からねえんだよ、俺があいつにこれ以上なにをしてやれる?
「エノク兄さんが騎士になって間もない頃。エノク兄さんの練習につきあって私たち三人、よくここに来てましたよね」
「そういえばそうだったか」
忘れていたわけではなかったが、そう言われてエリヤもグランドに目を向けた。そこに過ぎ去りし日の光景が重なる。
エノクは十代だった。シルフィアはもっと幼かった。その中でエリヤだけが大人でエノクと一緒に剣を振っていた。エリヤはいつもの大剣を片手で振るい、エノクは両手で剣を振っている。シルフィアはそんな二人を時折声援を送りながら見守っていた。
仲のいい兄妹だった。エリヤはエノクを励まし、エノクはエリヤを尊敬していた。退屈したシルフィアは二人の周りを駆け回っていた。
「なんだか懐かしいですね、昔はよくしてたのに。最近はしてませんでしたから」
「まあ、その必要もなくなったろう」
「必要がないと、もうしないんですか?」
エリヤはグランドからシルフィアの横顔をのぞき込む。その顔は寂しそうで視線は下がっていた。
「最近では、三人で食事をすることもなくなりました」
「それは俺の帰りが遅いからだろ」
「夜遊びでしょう」
「それもある」
否定したところでもうどうしようもないのであっさり肯定する。
夜遊びは事実だ。酒場で飲む酒はうまい。なにより雰囲気が心地いい。それはエリヤも認める。
だが、それだけではないのも事実だった。
「どうしてですか?」
「どうしてってなにが」
シルフィアからの問いにぶっきら棒に答える。問いの主語が欠けている。だからエリヤは聞き返すが、シルフィアは振り返ることなく問いの中身を明かした。
「兄さんは、エノク兄さんを避けてるんですか?」
「…………」
エリヤは、数瞬答えられなかった。
「ふぅー。まいったな」
その後ベンチの背もたれに大きく反り返った。広げた両腕を背もたれに置く。顔を上に向ければまだ青い空が広がっていた。
「なんていうのかな」
答えに迷う。なんて言うべきなのだろうか。そんなことはない、俺たちは仲のいい家族さ、と笑えれば楽だった。だけどシルフィアは聡い子だ、そんな表面を繕っただけの言葉では虚しい思いをさせるだけだろう。
言いにくいが、本音で応えなくてはならない。それが唯一の誠意だ。
「あいつはな、俺と一緒にいない方がいいのさ」
だから、エリヤは言った。心のどこかで感じていた暗い思いを。庭のすみっこに生えていた雑草のような。別にいいかと無視していたがそれでもどこか気になる、そんな感情を。
「あいつは騎士になった。それは嬉しかったよ。弟と同じ仕事ができるんだ、喜ばない兄なんていない。だからあいつの練習にもつき合ったし、あいつの成長していく姿は嬉しかった。そうして、あいつは今や立派な聖騎士だ。誰しもが認める騎士になったんだ」
エノクのことを語る時、エリヤの表情が少しだけ和らいだ。笑顔になった。弟を誇らしげに自慢するように。
「あいつはすげえよ。最高の騎士だって言うやつもいる。そんなあいつに、俺がなにをしてやれるって?」
そう言ってエリヤは姿勢をもとに戻した。体を前に倒し両手を組む。表情はいつの間にか寂しそうだった。
「いつの間にか、あいつは俺なんか追い越してたんだ。分からねえんだよ、俺があいつにこれ以上なにをしてやれる?」
それがエノクを避ける理由だった。
「そういえばそうだったか」
忘れていたわけではなかったが、そう言われてエリヤもグランドに目を向けた。そこに過ぎ去りし日の光景が重なる。
エノクは十代だった。シルフィアはもっと幼かった。その中でエリヤだけが大人でエノクと一緒に剣を振っていた。エリヤはいつもの大剣を片手で振るい、エノクは両手で剣を振っている。シルフィアはそんな二人を時折声援を送りながら見守っていた。
仲のいい兄妹だった。エリヤはエノクを励まし、エノクはエリヤを尊敬していた。退屈したシルフィアは二人の周りを駆け回っていた。
「なんだか懐かしいですね、昔はよくしてたのに。最近はしてませんでしたから」
「まあ、その必要もなくなったろう」
「必要がないと、もうしないんですか?」
エリヤはグランドからシルフィアの横顔をのぞき込む。その顔は寂しそうで視線は下がっていた。
「最近では、三人で食事をすることもなくなりました」
「それは俺の帰りが遅いからだろ」
「夜遊びでしょう」
「それもある」
否定したところでもうどうしようもないのであっさり肯定する。
夜遊びは事実だ。酒場で飲む酒はうまい。なにより雰囲気が心地いい。それはエリヤも認める。
だが、それだけではないのも事実だった。
「どうしてですか?」
「どうしてってなにが」
シルフィアからの問いにぶっきら棒に答える。問いの主語が欠けている。だからエリヤは聞き返すが、シルフィアは振り返ることなく問いの中身を明かした。
「兄さんは、エノク兄さんを避けてるんですか?」
「…………」
エリヤは、数瞬答えられなかった。
「ふぅー。まいったな」
その後ベンチの背もたれに大きく反り返った。広げた両腕を背もたれに置く。顔を上に向ければまだ青い空が広がっていた。
「なんていうのかな」
答えに迷う。なんて言うべきなのだろうか。そんなことはない、俺たちは仲のいい家族さ、と笑えれば楽だった。だけどシルフィアは聡い子だ、そんな表面を繕っただけの言葉では虚しい思いをさせるだけだろう。
言いにくいが、本音で応えなくてはならない。それが唯一の誠意だ。
「あいつはな、俺と一緒にいない方がいいのさ」
だから、エリヤは言った。心のどこかで感じていた暗い思いを。庭のすみっこに生えていた雑草のような。別にいいかと無視していたがそれでもどこか気になる、そんな感情を。
「あいつは騎士になった。それは嬉しかったよ。弟と同じ仕事ができるんだ、喜ばない兄なんていない。だからあいつの練習にもつき合ったし、あいつの成長していく姿は嬉しかった。そうして、あいつは今や立派な聖騎士だ。誰しもが認める騎士になったんだ」
エノクのことを語る時、エリヤの表情が少しだけ和らいだ。笑顔になった。弟を誇らしげに自慢するように。
「あいつはすげえよ。最高の騎士だって言うやつもいる。そんなあいつに、俺がなにをしてやれるって?」
そう言ってエリヤは姿勢をもとに戻した。体を前に倒し両手を組む。表情はいつの間にか寂しそうだった。
「いつの間にか、あいつは俺なんか追い越してたんだ。分からねえんだよ、俺があいつにこれ以上なにをしてやれる?」
それがエノクを避ける理由だった。
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