天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

エリヤが強い理由。それは間違っても騎士だからではない

 だから、彼が言うのは答えではなくヒント。出口を示すのではなく、道を見失った者の足下を照らす光だった。

「君は、なぜ騎士になったのだね?」

「――――」

 その問いにハッとする。

 なぜ騎士になったのか。それは騎士のあり方ではなく動機。目的と手段とも言い換えられる、始点と今だった。

 なぜ、自分は騎士になったのだろう。そこに疑問を解く鍵がある。そして、その鍵はもう手にしている。青い鳥のようにそれは内にあったのだから。

「エリヤが強い理由。それは間違っても騎士だからではない」

 今ならラグエルの言うことが分かる。なぜエリヤが強いのか。彼の言うように騎士だからではない。それで強さが決まるならエリヤは最弱でなければならない。

 ではなにか? 聖騎士十三位、エリヤの強さはなんなのか。

 それをエノクは思い出した。知ったのではない、思い出したのだ。

「理由は、君がよく知っているはずだ、エノク」

「……はい」

 エノクは頷いた。その後顔を下げる。言葉はない。もう、二人で話すことはなくなっていた。

「では、私は仕事があるので大聖堂に戻るが、君はもうしばらくここで休んでいるといい。意識が戻ったことは私から医師に伝えておこう」

「ありがとうございます……」

「礼はいい」

 そう言ってラグエルは出ていった。カーテンは閉められ扉も閉まる音がする。

 エノクは彼が出ていったのを確認すると体を倒した。目の先に白い天井が映る。

「強さの理由、か……」

 静かな医療室の場にエノクの独り言が溶けていく。つぶやいた声は霧消し自分の意識にだけ何度も反響していた。

 エリヤ。最強の聖騎士と名高い劣悪な騎士。越えなければならない、自分の兄。

 敗北して改めて彼の強さを知った。彼は強い。とても強い。どうあがいても勝てないくらいに。

 なのになぜだろう。それを、悔しいと思う気持ちはもうなくなっていた。

「くそ……」

 エノクは寝返りを打った。自分を不甲斐なく思う。絶対に勝つと決めた相手に負けたのだ。それを悔しいと思えなくなってはもうお終いだろう。

 悔しかった。その矛先はいつしか自分に向いていた。自分はなんて情けないのだろう。

 これでは、昔と同じだ。自分はあれからなにも変わっていないというのか。

 エノクは目を瞑った。今はもう眠りたかった。連続する自己嫌悪は途切れそうにない。さっさと眠ってしまいたい。

 意識は深い底へと沈んでいく。それまでの間、エノクは自分の不甲斐なさに苛まれていた。

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