天下界の無信仰者(イレギュラー)
……くそ
微笑む妹にうなだれる兄。親子ほどの年の差がある兄妹だが上下関係は端からでもまる分かりだった。
シルフィアはエリヤからラグエルに顔を向けると頭を下げた。
「ラグエルさんおはようございます。兄がいつもご迷惑をおかけしてすみません」
「君が気に掛けることではないよシルフィア。すべてはこの男の責任だ、そしてその対処は我々大人の仕事だ。なおさら君が気に病むことではない」
ラグエルは厳しいが怖い男ではない。シルフィアからの謝罪にも態度はそのままに彼女を気遣った言葉を送る。
「なんと言っていいのか。ありがとうございます。そしてやっぱりすみません。兄は私が責任をもって連れ帰りますので」
「やれやれ。君はその年で頑張りすぎだ。この世界はバランスで成り立っている。人の精神もね。子供のうちに遊んでおかなければ大人になった時に破綻するぞ」
「それなら大丈夫ですよ。帰り途中になにか奢ってもらいますので」
「それはいい判断だ」
「よくねえよ! さっきから人を厄介扱いして、俺が世話のかかる子供みてえじゃねえか!」
「違うのか?」
「違うんですか?」
「なんでお前らそんなに仲がいいんだ!?」
立ち上がるなり抗議するエリヤだが二人を切り崩すには理論武装が足りない。というよりも矛先からぼろぼろだ。
シルフィアはエリヤの袖を掴んだ。
「それではラグエルさん、失礼します。マルタ様も」
「あまり無理はするなよ」
「エリヤをよろしくお願いしますね、シルフィア」
「はい。さあ行きますよ兄さん。兄さんにはまだまだ言いたいことがたくさんあるんですからね」
「まだ!?」
シルフィアは袖を掴んだまま強引に部屋の入り口へと歩いていく。エリヤも必死に抵抗するのだがなぜか彼女にはかなわない。バタバタ動くエリヤをシルフィアは満面の笑みで連れていく。
「やめろー! 死にたくなーい! 死にたくなーい!」
「もう、嫌ですね兄さんったら。説教で人が死ぬわけないじゃないですか。三日三晩したら寝不足で倒れるかもしれませんけど」
「…………え」
エリヤは途端に無口になると不安のまま退場していくのだった。
*
「ん……」
知覚する痛みに声が漏れる。目覚めてまず先に感じたのは痛みだ。知らず時を過ごした意識に体が教えてくれる声。
その声に呼び起こされて、エノクは瞼を開けていた。
「……負けたのか」
白い天井をうつろな目で見上げながら事実を口にした。白いカーテンに囲まれたベッドの上で目を覚ましたのだ、ここが医療室だというのは明白だ。そして、敗北したからここにいるということも自明の理というもの。
エノクは起き上がろうとしたが、腕が、足が、背中がまだ痛む。動かせないことはないが痺れがあった。
少しだけ浮いた体をベッドに沈めエノクは再び横になる。そうしてしばらくしていると、起きたばかりの空っぽの思考に感情が点滴のように垂れてきた。それは血のように巡り脈を打つ。
「……くそ」
悔しさが遅れて目を覚ました。
シルフィアはエリヤからラグエルに顔を向けると頭を下げた。
「ラグエルさんおはようございます。兄がいつもご迷惑をおかけしてすみません」
「君が気に掛けることではないよシルフィア。すべてはこの男の責任だ、そしてその対処は我々大人の仕事だ。なおさら君が気に病むことではない」
ラグエルは厳しいが怖い男ではない。シルフィアからの謝罪にも態度はそのままに彼女を気遣った言葉を送る。
「なんと言っていいのか。ありがとうございます。そしてやっぱりすみません。兄は私が責任をもって連れ帰りますので」
「やれやれ。君はその年で頑張りすぎだ。この世界はバランスで成り立っている。人の精神もね。子供のうちに遊んでおかなければ大人になった時に破綻するぞ」
「それなら大丈夫ですよ。帰り途中になにか奢ってもらいますので」
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「よくねえよ! さっきから人を厄介扱いして、俺が世話のかかる子供みてえじゃねえか!」
「違うのか?」
「違うんですか?」
「なんでお前らそんなに仲がいいんだ!?」
立ち上がるなり抗議するエリヤだが二人を切り崩すには理論武装が足りない。というよりも矛先からぼろぼろだ。
シルフィアはエリヤの袖を掴んだ。
「それではラグエルさん、失礼します。マルタ様も」
「あまり無理はするなよ」
「エリヤをよろしくお願いしますね、シルフィア」
「はい。さあ行きますよ兄さん。兄さんにはまだまだ言いたいことがたくさんあるんですからね」
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シルフィアは袖を掴んだまま強引に部屋の入り口へと歩いていく。エリヤも必死に抵抗するのだがなぜか彼女にはかなわない。バタバタ動くエリヤをシルフィアは満面の笑みで連れていく。
「やめろー! 死にたくなーい! 死にたくなーい!」
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少しだけ浮いた体をベッドに沈めエノクは再び横になる。そうしてしばらくしていると、起きたばかりの空っぽの思考に感情が点滴のように垂れてきた。それは血のように巡り脈を打つ。
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悔しさが遅れて目を覚ました。
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