天下界の無信仰者(イレギュラー)
私たちはいつでも会えますか?
そのままエリヤがこの場を去ろうとする時だった。
「行くのですか?」
背後から、柔らかな声がかけられた。
「まあな。ここにいる意味もねえしよ。部屋に帰って酒でも飲んでるわ」
「変わらないですね、あなたは。まだ日が出ているというのに。お酒なんていつでも飲めるじゃないですか」
「いつ呑んでもうまいじゃねえか」
「私たちはいつでも会えますか?」
そこで、エリヤは振り向いた。
女教皇マルタは優しい笑みでエリヤを見つめていた。一切動じない笑みと慈愛の雰囲気は海のように広く、それでいて存在感は山のように重い。
まるで、女神そのものだ。
「やんちゃなのは相変わらずですね、エリヤ。こんなにも派手に暴れて」
壊れた壁からは未だに強風が吹き抜けている。マルタはエリヤを諫めるがその声に険はなくエリヤもどこ吹く風と受け流している。
「それをやったのは俺じゃなくてサンダルフォンだぞ」
「あなたの責任ですよ、まったく」
エリヤの態度に笑顔を崩さず苦笑する。教皇宮殿を破損させるという大のつく不祥事ではあるが彼女の態度は柔らかいままだ。
マルタは右手を前にかざした。その手が小さな光を発する。
すると部屋の中にあった瓦礫が動きだし時間を巻き戻すようにもとの壁へと戻っていった。外に落ちていた破片も同様に一枚のガラス壁へと結集していく。
その偉業に騎士たちから声が上がった。さすがわマルタ様。奇跡の一端に感嘆がいたるところから漏れている。
「エリヤ」
騎士たちが賞賛する中マルタはエリヤへと話しかけた。
「快闊なのもいいですが、あまり無茶はしてはなりませんよ」
「分かってるよ」
エリヤは視線を逸らした。バツの悪い表情は母親から叱られる子供だ。
「ただ、あいつももう大人だ。いつまでもガキ扱いじゃかわいそうだと思ったのさ」
エリヤは渋面の中で目を細くしてそう言った。
最後の一撃。あれは本気の攻撃だった。手加減していたそれまでとは違う、全力だ。
手を抜くというのはそれだけで相手を下に見ているということ。それが正しい評価でも相手にとっては屈辱だろう。
特に騎士ならなおさらだ。
エノクの言った言葉がエリヤの心を動かした。もう子供ではない。その通りだ。エノクはもう子供ではない。だが、一人にするのはまだ心配な部分がある。
複雑な心境だった。巣立つ子供を見守る親鳥、とでもいうのか。自分の弟とどう接すればいいのかエリヤには分からなかった。思考がどんよりと沈んでいく。
「それはいい心がけだなエリヤ。だがそれでお前の不始末がなくなったわけではない」
「んだよお前かよ」
と、そこへかけられた声にエリヤの思考は一気に浮上した。
エリヤにラグエルが近づいていく。靴音は規則正しくこの場に響き、その足取りだけでこの男の生真面目さが伝わってくる。
エリヤが苦手とする規則の具現、そのもののような男だった。
「ここに来た時から思ってたんだがよ、なんでお前がここにいるんだラグエル」
彼は神官庁査問委員会委員長だ。あらゆる部門における不正を監視する、ゴルゴダ共和国の不義を暴く目。
そんなラグエルがエリヤの前に立つ。
「職務上、私は多くの場所を訪れる。そしてその権限も有している。必要とあらばお前のロッカーを開けることもできるんだぞ」
岩のように固い顔と声が容赦なくエリヤに向けられる。
「そうかい。ならいつでも査収されてもいいようにお前が好きそうなエロ本を入れといてやるよ」
「…………」
エリヤの冗談にもその表情はぴくりとも反応しない。
「行くのですか?」
背後から、柔らかな声がかけられた。
「まあな。ここにいる意味もねえしよ。部屋に帰って酒でも飲んでるわ」
「変わらないですね、あなたは。まだ日が出ているというのに。お酒なんていつでも飲めるじゃないですか」
「いつ呑んでもうまいじゃねえか」
「私たちはいつでも会えますか?」
そこで、エリヤは振り向いた。
女教皇マルタは優しい笑みでエリヤを見つめていた。一切動じない笑みと慈愛の雰囲気は海のように広く、それでいて存在感は山のように重い。
まるで、女神そのものだ。
「やんちゃなのは相変わらずですね、エリヤ。こんなにも派手に暴れて」
壊れた壁からは未だに強風が吹き抜けている。マルタはエリヤを諫めるがその声に険はなくエリヤもどこ吹く風と受け流している。
「それをやったのは俺じゃなくてサンダルフォンだぞ」
「あなたの責任ですよ、まったく」
エリヤの態度に笑顔を崩さず苦笑する。教皇宮殿を破損させるという大のつく不祥事ではあるが彼女の態度は柔らかいままだ。
マルタは右手を前にかざした。その手が小さな光を発する。
すると部屋の中にあった瓦礫が動きだし時間を巻き戻すようにもとの壁へと戻っていった。外に落ちていた破片も同様に一枚のガラス壁へと結集していく。
その偉業に騎士たちから声が上がった。さすがわマルタ様。奇跡の一端に感嘆がいたるところから漏れている。
「エリヤ」
騎士たちが賞賛する中マルタはエリヤへと話しかけた。
「快闊なのもいいですが、あまり無茶はしてはなりませんよ」
「分かってるよ」
エリヤは視線を逸らした。バツの悪い表情は母親から叱られる子供だ。
「ただ、あいつももう大人だ。いつまでもガキ扱いじゃかわいそうだと思ったのさ」
エリヤは渋面の中で目を細くしてそう言った。
最後の一撃。あれは本気の攻撃だった。手加減していたそれまでとは違う、全力だ。
手を抜くというのはそれだけで相手を下に見ているということ。それが正しい評価でも相手にとっては屈辱だろう。
特に騎士ならなおさらだ。
エノクの言った言葉がエリヤの心を動かした。もう子供ではない。その通りだ。エノクはもう子供ではない。だが、一人にするのはまだ心配な部分がある。
複雑な心境だった。巣立つ子供を見守る親鳥、とでもいうのか。自分の弟とどう接すればいいのかエリヤには分からなかった。思考がどんよりと沈んでいく。
「それはいい心がけだなエリヤ。だがそれでお前の不始末がなくなったわけではない」
「んだよお前かよ」
と、そこへかけられた声にエリヤの思考は一気に浮上した。
エリヤにラグエルが近づいていく。靴音は規則正しくこの場に響き、その足取りだけでこの男の生真面目さが伝わってくる。
エリヤが苦手とする規則の具現、そのもののような男だった。
「ここに来た時から思ってたんだがよ、なんでお前がここにいるんだラグエル」
彼は神官庁査問委員会委員長だ。あらゆる部門における不正を監視する、ゴルゴダ共和国の不義を暴く目。
そんなラグエルがエリヤの前に立つ。
「職務上、私は多くの場所を訪れる。そしてその権限も有している。必要とあらばお前のロッカーを開けることもできるんだぞ」
岩のように固い顔と声が容赦なくエリヤに向けられる。
「そうかい。ならいつでも査収されてもいいようにお前が好きそうなエロ本を入れといてやるよ」
「…………」
エリヤの冗談にもその表情はぴくりとも反応しない。
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