天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

薪を作ることしか能がないのか?

 まるで石のような男だった。その瞳は冷淡で、しかしどこかぎらついた光を放つ。ラグエルは「いえ」と一言断ってからもう一度部屋の中央へと視線を移した。

「私が口出しすることではありませんでしたので黙っていましたが、まったく。あの男はあなた様の前だというのに騎士の正装もできないとは。それどころかまともな着用すらしないのは如何なものかと。他の騎士の目もあります。あなた様からなにか一言あっていいのでは」

「そうですね。エリヤの格好はこの場には相応しくないかもしれません。ただ、彼はやんちゃですから」

「はあ。女教皇マルタ様。あなた様の懇篤こんとくは皆も認めるところですが、少々甘すぎる嫌いがあります。騎士とは規則を遵守するもの。その代表たる聖騎士の席にかような者がいるのは対外的にもまずいのでは」

「まあ、その都度注意はしていますので」

(やれやれ)

 教皇マルタとラグエル委員長の凹凸のある会話は早々に終わり、二人の関心はすぐさに二人に戻る。

 戦いはエリヤの攻勢で進んでいた。もとよりそれしか戦い方を知らない男だ。大剣を振るう度巻き起こる風圧は毎回地雷を踏んでいるかのような衝撃が襲う。

 それを前にして凌いでいるエノクもさすがだ。どのような強風も柳のように受け流すエノクを倒すことはできない。

 見入る。二人の戦いは対照的だがどちらも聖騎士に選ばれた者たち。尋常ならざる戦いに騎士たちは鎧の裏で鳥肌を立てるほど見入っていた。

 猛攻のエリヤ。無力化していくエノク。

 どちらも驚嘆に値するが、エノクの技をエリヤは笑っていた。

「みみっちいなエノク、そんなんでどうやって俺を倒すんだ? ああ?」

 粗暴な言葉が飛んでくる。断じて騎士の言葉遣いではない。むしろ酒場のオヤジみたいな言動だ。態度はでかく騎士でありながら騎士としての規則を守ろうともしない。

 それが、いちいちエノクの癇に障る。

「あなたこそ、そんな単調な攻撃でなにをするつもりだ。薪を作ることしか能がないのか?」

 エノクも負けじと言葉を返す。口は上手い方ではないが言われたままでは気分が悪い。特にこの男ではそうだ。

「ハッ。目の前の敵をぶったおす。薪割りと戦いがなんか違うのか?」

「まるで違う!」

 エノクは怒りに任せて剣を一閃するがエリヤの大剣に防がれてしまう。悔しさに声が漏れた。剣撃ならば防ぐ術はあるが口を塞ぐ術までは練習していなかった。

 エリヤは強い。だがただ強いだけだ。それが周囲におけるエリヤの評価。だからこその聖騎士十三位中、十三位。数字は序列を意味するものではないが、しかし彼に当てられた位に含むものがあるのは誰しもが思うところだ。

 けれどエリヤは気にしていない。むしろ上等だと開き直る器量でこの数字に甘んじている。

 エノクは兄が嫌いだった。いい加減な兄が嫌いだった。酒と女が好きで、横暴な兄が嫌いだった。

 なにより、そんな人物が騎士として最強であるというのが許せなかった。

「うおおおお!」

 この不出来な兄を倒すこと。それが騎士として生きることを決めた彼の、最大の障害だから。
 その壁が、今まさに襲いかかる。

 エノクの絶技を力で押し潰そうとエリヤの連撃が迫る。乱発する攻撃は竜巻と戦っているようで緊張の連続だ。かわしているのに風圧で体が揺すられる。気を抜けば一瞬で体勢が崩されそうだ。

 一度のミスも許されない。些細な見落としでも決着まで持っていかれてしまうほどエリヤは一撃性が高い。

 ゆえにすべてを見切り、すべてを精密に、すべてを行う必要がある。

 この猛威を前に一度のミスをしないという難度と過酷さ。

 その脅威に、エノクは極限まで集中していた。

 四十になるエリヤは豪快だが同時に単純だ。それは兄弟である自分が一番知っている。自然災害に例えられるのもそこに技術がないから。

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