天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

第一の神理、慈愛連立の神

 神愛の前方上空、そこに一筋の亀裂が入った。隙間から眩い光が漏れ出し、純白の羽が桜吹雪のように舞っていく。

 そこから、一人の人物が現れた。

 年齢は三十台ほどの長身の男性だった。白銀に輝く滑らかな長髪は腰まで届き、ロングコートの白衣は裾がいくつにも分かれている。銀の刺繍が線を描き彼を着飾っている。

 神聖の具現。この世界の中心となっている神理、その内の一つを司る神。

 第一の神理、慈愛連立の神。イヤス。

 彼が、神愛の前に現れた。

「はじめましてだね、創造主」

「!?」

 喋った。声は柔らかいとも厳しいとも言えず、親交とも挑発とも言えない、それらの感情が混在した声だった。表情も笑っているが、どこか不敵な面もちをしている。

 三柱の神との対面。神愛は警戒するがイヤスは話を続けた。

「まあ、本当はお久しぶりと言いたいんだけどね、ロンギヌス。君に殺されて以来の再会だ、嬉しいよ」

『イヤス……』

 彼の話を遮るようにミルフィアが名前を呼んだ。神愛には理解できない内容だったが彼女には分かるのだ。

 それも当然。神愛に前世の記憶はないが、ミルフィアにはある。そして、イヤスにも当然生前の記憶があった。

「君は久しぶりだね。『エルフィア』。いや、今はミルフィアと名乗っているんだったか」

『なにをしにきた』

 険しい声で質問する。彼女の星のようにきれいな瞳は敵意を露わにし、イヤスを睨みつけている。

「なにを? 当然決まっている」

 そんな彼女に臆することなくイヤスは平然としていた。不敵な自信は色を増し、口角はわずかにつり上がる。

 イヤスは右手を胸に当て、そのまま頭を下げた。

「感謝だよ」

「?」

 突然のお礼に困惑した。なにがどういう感謝なのか予想もつかない。

 イヤスは顔を上げた。その表情はさきほどよりも高揚しているように見える。そして、イヤスは興奮気味に話し出した。

「君なら知っているだろう? ルフィアの系譜よ。私は、なにより人間が大好きなんだ」

『そうでしたね』

 イヤスの告白をミルフィアは冷厳に受け止める。

 冷たい敵視は変わらない。ミルフィアは一切親交のない感情を隠そうともせず、淡々と言葉を続ける。

『あなたが抱く人間愛は異常でした。常軌を逸している』

 油断なく、愉悦もなく、彼女はイヤスを非難する。彼の生前の行いを知っているミルフィアは、考えつく限り最大の悪評で彼を形容した。

『最凶最悪の狂人』

「残念だ、君なら理解できると思っていたが」

 イヤスは嘆息しながら顔を小さく横に振った。

 神愛は黙って二人のやりとりを聞いていた。さきほどから語られる不可解な言葉は気になっていたが、軽々に口を挟もうとは思わなかった。

 それ以前に気が抜けない。巨大なのだ、イヤスの存在感、魂とも言うべき重量が。

 質量とは引力を持つ。星ならば重力とも呼ぶが、質量は重ければ重いほど強力な引力を持つ。それの端的な例がブラックホールだ。光すら飲み込むその引力は破滅的な力を持つ。

 では、神はどうだろうか。

 物に質量があるように、霊的質量と呼ばれるものがある。魂にも重さがあり、その中でも三柱の神である霊的質量は天上界の支配下と同等の重量だ。

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